諦め side 正樹・ベレスフォード
2020/8/23 改稿
僕は誰も信じない。
僕は誰にも必要とされない。
皆は僕が嫌いだ。
だから僕も皆が嫌いだ。
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「おいっ!外国人っ!自分の国に帰れよっ!」
彼らはそう言いながらニヤニヤとした笑みを浮かべ、荷物の中身をぶちまけた。僕はそれを何の感情も持たずに眺めていた。
最初のうちは彼らに縋りつき止めようと試みていたけれど、毎日繰り返される行為に心が麻痺してしまったのか、もう何も感じなかった。
「おい。お前舐めてんのか?」
そんな態度が良くなかったのか、リーダー格の奴がこちらを睨みつけてきた。
「いや、あ、あの、ぼ、僕は、そんな…」
何とか誤解だと言い返そうとするが、その睨みに竦んでしまい上手く言葉が出ない。
「あぁぁんっ!っんだその態度はっ!」
「い、いや、あの、ちょっ!ぐぇっ!?」
その態度に苛立ったのか奴は僕に近付くと腹へ一撃を見舞われた。衝撃にその場に蹲ると嗚咽を漏らす。
「うわぁ~。汚ぇっ!」「おいおい、外国人は情けねぇなぁ~」「ただワンパンもらっただけでおおげさ~」
他の男たちが囃し立てる。
(クソ!クソ!クソ!クソ!)
あまりの悔しさに涙がこぼれると、それを見た男たちは更にからかう様に囃し立てる。
「クソがぁぁぁぁぁっ!」
そう叫んで勢いよく跳ね起きた。周りを見回すがあの男たちは見当たらず、目の前には薄暗い見慣れぬ部屋が広がるだけだった。
「そうか…夢か…」
頭がはっきりしてきて、僕はようやく今の状況を思い出したのだった。
僕の名前は正樹・ベレスフォード。25歳。父親がイギリス人なのでこんな名前だが日本で育ったので、イギリスに行ったこともなければ英語も話せない。
父と母は僕が生まれてすぐに離婚してしまったので、父親がどういう人だったかは知らない。母も教えてくれなかったし僕も興味がなかった。
僕は小さい頃から誰かも必要とされていなかった。母は僕に興味がなかった様だし、父譲りの茶髪で青い瞳は学校では「外国人」と言われていじめられた。
最初のうちは母に助けを求めたけれど、うっとうしそうにするだけの母を見て頼るのを諦めた。学校の先生も上辺では「味方ですよ」と言うけれど、結局何もしてくれないのでやはり頼るのを止めた。
そうして僕は誰かに頼ることも信じることも諦めた。誰からも必要とされず、誰も信じられない僕は毎日をただ生きていた。
そんなある日、僕は気付くと薄暗い空間にいた。少し驚いたけれど、(どうせいつもの嫌がらせだろう)と思うと心が冷えていった。
「いえいえ、僕はあなたが必要ですよ?」
僕がそんなことを考えていると突然男の声がした。慌てて振り返ると、先ほどまで誰もいなかった場所がうっすら光を放って、そこに1人の男が立っていた。
ボサボサの黒髪にメガネ、反射で瞳は見えないがその口元には笑みを湛えている。
背は高いがヒョロヒョロの体にアイロンの掛かっていないヨレヨレのシャツとスラックスを着て、その上からこれまたヨレヨレの白衣を羽織った男だった。
「正樹・ベレスフォードくん。僕にはあなたが必要ですよ」
男はもう一度そう言うと耳まで裂けそうなほどに笑みを深くした。僕は何故かその笑みに悪寒を感じて体を震わせた。
こうして勇者候補になった僕は彼の指示に従って、3つある扉の1つから異世界へと足を踏み入れた。
僕が選んだ扉の先はアーリシア大陸というところに繋がっていた。
この大陸は森と湿地がほとんどを占めていて、湿度が高くジメジメした空気が少し不快な場所だった。
住んでいるのはゲームやファンタジー小説なんかでお馴染みの『獣人種』という動物と人間を掛け合わせた様な種族が殆どだそうだ。
彼らは種族ごとに小さな集落で纏まり、主に狩りをして暮らしていた。祖先の霊を崇め、同種の繋がりを何よりも大切にする彼らは、はっきり言って僕には嫌いな種族だった。
なので僕は彼らには極力近付かず、隣のフェルガント大陸人が多くいる港町ハルヴォニを拠点として冒険者をしている。
それでも最初の頃は「新しい世界に来たのだから」と他の人たちとパーティーを組んでみたりもした。だけど、僕のジョブが【付与騎士】という上級職だったため、僕を利用しようとする人や上級職への妬みからくる嫌がらせなどが増えると誰かと組むのを止めてしまった。
そう、この世界に来ても結局僕は1人だったのだ。
僕のことを必要だと言ってくれたあの“神様”には申し訳ないけれど、僕にはこの世界も、この世界の人も好きになれそうにない。正直に言えばこの世界がどうなろうと興味がなくなってしまった。
日に日にモチベーションは下がり、この世界でもただ生きるためになんとなくクリーチャーを狩る日々が続いた。
そんな態度がいけなかったのだろうか?どうしてあんなことになってしまったのか今でも僕には分からない…
その日も僕は1人で森にやってきた。今いるハルヴォニ近郊の森くらいなら、上級職の僕には危険なことは殆どない。奥で大物を狩れば数日は森に潜る必要がないので、その日も僕は森の奥へと足を進めた。
小物は無視して、それなりの値段になるクリーチャーばかりを狩りながら森を奥へと進んでいるときだった。
ちょうどこの森全体で言えば中間くらいの位置になるだろうか?冒険者たちが目印にしている周りよりも一際大きな木の根元で蹲っている人を見つけた。
どうしようかと少し迷ったが、(様子を見るくらいなら)と思って近付いてみる。
どうやら倒れているのは女性のようで、長い灰色の髪を後ろで束ねているのが見えた。年齢はかなり若い、というかまだ少女と言えるくらいの年齢に見える。
あちこちに細かな傷があって、着ている革鎧も破損が見られるけど、大きな怪我はしていない様だ。顔色が悪く苦しそうな表情を浮かべていることから、恐らく魔力切れなのではないかと思われる。
(なんでこんな所に女の子が1人で?)
疑問に思って辺りを見回すけど、彼女の仲間らしき冒険者の姿は見えない。
たぶんそれは気紛れだったのだろう。知らない世界に来て、誰とも会話をしないことに思ったよりも心が弱っていたのかもしれない。僕はその少女を助けることにした。
「あ、あの…だだだ、大丈夫、で、で、ですか?」
人と話す、ましてや女の子と話すのなんて久しぶり過ぎて思いっきりどもってしまった。恥ずかしい。
「うっ…だ、大丈夫、で、す。魔、力切れ…です、か、ら…少し、や、休め、ば…」
僕が恥ずかしさで顔を赤くして俯いていると、少女は苦しそうに答えた。
「と、とにかくこれを、の、飲んでください!」
僕は腰のポーチから魔力回復用のポーションを取り出して彼女に渡そうとした。
「す、すみま…せん。か、体をう、動かす…の、も、つ、つらく…て…」
どうやら手を伸ばすことも厳しい様子だ。仕方なく僕はポーションの蓋を開けると彼女に飲ませるために隣へ移動した。
「って!」
僕が彼女にポーションを飲ませようと抱きかかえた瞬間、脇腹に痛みが走った。
思わず少女を突き飛ばし、距離を取って脇腹を確認する。するとそこには深々とナイフが刺さっていた。
「上級職って聞いてたから、どれだけ強敵なのかと思ったら意外にウブなのね。拍子抜けだわ」
僕が自分に刺さるナイフを見て呆然としているとそんな声が聞こえてきた。
僕が声のした方を見ると、先ほどまで苦しそうに呻いていたはずの少女がこちらを小馬鹿にした様な表情で見ていた。
「な、何故…こん、な…」
「貴方目立ち過ぎなのよね。はっきり言って邪魔なの」
状況の飲み込めない僕に、彼女は顔を顰めて吐き捨てる様にそう言った。
「邪、魔…?」
「ええ、そうよ。あちこちからパーティーの誘いがあったでしょ?こちらが声を掛けてあげてるのに上級職だからって無視してあちこち荒らされたんじゃこちらの商売上がったりなのよ。だからちょっと痛い目にあってもらおうって皆で相談したの」
彼女はそう言って、また小馬鹿にした表情で僕を見下ろす。
彼女の言葉を信じるなら、冒険者になった頃に誘われたパーティーから逆恨みされていたらしい。
「そ、そん…な、か、勝手、な、こ、こと…い、言われ、て…も…」
僕は逆恨みだと訴えようとするが何故か呂律が回らない。
おかしい。ただナイフで刺されただけなのに…。
「漸く効いてきたみたいね。そのナイフにはちょっとした毒が塗ってあったの」
「なっ!」
「ああ、安心して。死ぬような毒じゃないわ。暫くは痺れて動けなくなる程度の毒よ」
僕が驚愕の声を上げると彼女は愉快そうに顔を歪めた。
そして、「まあその怪我で動けないまま森に放置したらどうなるか分からないけどね」と付け加えた。
「さて、そろそろ私は街に戻るわ。生きていたらまた会いましょう」
「ちょっ、待っ!」
僕の言葉を聞かずに彼女は背を向けると、僕が来た方へと歩いていく。
僕はなんとかポーチから麻痺回復用のポーションを取り出そうとするけど、体が痺れて上手く動けない。
どうにかして体を動かそうとしていると、「グギャァァァッ!」という雄たけびが聞こえてきた。
その雄たけびはどんどんとこちらに近付いてきている。
(おい!おい!おい!おいっ!嘘だろっ!!)
現れたのは『人喰い蜥蜴』と呼ばれるクリーチャーだった。
体長は2mほどとそれほど大きくはなく、数匹ならばそれほど対処は難しくないのだけど、とにかく獰猛で、集団で襲われると高ランク冒険者でも対処に苦労するクリーチャーとして知られている。
その『人喰い蜥蜴』が今、目の前に3匹ほど現われたのだ!
(まずい!まずい!まずい!まずい!)
僕は焦ってとにかく体を動かそうとするのだが、麻痺毒に犯された体は思うように動かない。
その間にも奴らはゆっくりと僕に近付いてくる。
そうして僕のそばまで来ると、ゆっくりとその口を近付けてきた。だらだらと零れる涎と顔に掛かる生臭い息が気持ち悪い。
「あ、あぁぁっ、あぁぁぁ、あぁぁっ」
上手く動かない口からは声が漏れ、下半身から生暖かい感触が伝わってくる。
奴らの目が、まるで怖がる獲物を甚振るのを楽しむ様に細くなり、僕のことを笑っているように見えた。
それはちょうどあの頃、あいつ等が僕をいじめていたときの表情と同じだった。
(畜生!畜生!畜生!畜生っ!!)
心の中で声を上げたところで僕の右足が『かぁぁっ』と熱くなった。耳には「バリッ!ボリッ!」という何か硬いものが折れる音と、『グチャグチャ』という柔らかいものを混ぜている様な音が聞こえてくる。
幸い、と言っていいのか分からないけど、麻痺毒のせいで感覚のない僕には自分がどうなっているかの分からない。だけど、きっと奴らが僕を貪り始めたのだろう。
(こいつ等は勇者候補を食べたんだ。きっと暴走する。街の奴らは僕にこんなことをしたことを後悔すればいいんだっ!)
自分が貪り食われる音をどこか他人事の様に感じながら、僕は投げやりにそんなことを思っていた。
這い上がってくる熱さを感じながら、そこで僕の意識は終わった。
次話で第3章終了です!




