ハルヴォニ防衛戦
今回は三人称視点です。
ここで時間はノブヒトたちがクリーチャーと戦闘を始める少し前へ戻る。
「グギャァァァァッ」「ギュギャァァァァァッ」
「屍喰鳥接近ッ!!数は6ッ!!」
ハルヴォニを囲む外壁、その四隅に設置された物見櫓のうち、北西の物見櫓で警戒にあたっていた衛兵からクリーチャー接近の声が上がる。
「街に近付けさせるなッ!!」
「照準合わせーッ!」
「弓兵隊用意ッ!!」
報告を受けた外壁の上の衛兵たちが慌しく動き始める。北、西、南の外壁に各4基ずつ設置されている弩のうち、西と北に設置された弩が接近する屍喰鳥へと向きを変える。
「東4基、発射用ォォ意ィィ――撃てェェェッ!!」
隊長らしき衛兵の号令に合わせて西側に設置された4基から「ボシュッ」という音とともに一斉に矢が発射される。空高く舞い上がった矢は頂点に達するとやがて放物線を描きながら落下軌道へ入る。屍喰鳥たちは慌てて散開を始めるが、逃げ遅れた中央付近の2羽が羽に矢を掠めて落下した。
「着弾を確認!2羽が落下していきます!!」
「よし!弓兵隊前へ!弩の次弾装填まで奴らを近付けさせるなッ!!」
物見櫓からの報告を受けて隊長が矢継ぎ早に指示を出す。呼ばれた弓兵たちが弩の前へ並んで一斉に弓を構える。
「放てェェェッ!!」
号令と同時に夜空へ次々と弓が上がり、屍喰鳥たちへと降り注ぐ。しかし、屍喰鳥たちは体を起こすと大きな羽を羽ばたかせ、前方へ風の壁を作って殺到する矢を弾き返す。
「隊長ッ!矢が届きませんッ!!」
「構わんッ!あの状態なら奴らも街に近付くことは出来ないはずだッ!!そのまま矢を放ち続けろッ!!」
物見からの報告に対し、隊長を矢はあくまで牽制と割り切って継続の指示を出す。
「グギャァッ!グギャァッ!」「ギャァァッ!ギャァァッ!」
「北北西より新たに飛行型クリーチャー接近ッ!」
「クッ!北側に迎撃の指示をッ!!」
新たなクリーチャー接近の報に隊長は即座に北側の外壁へ迎撃指示を出す。
(持ち堪えられるか?)
飛び交うクリーチャーに隊長の胸に不安が過ぎった。
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上空で衛兵と飛行型クリーチャーの攻防が繰り広げられている頃、地上でも冒険者たちとクリーチャーの戦闘が始まっていた。
「おりゃァァァァッ!!」
革鎧を身に付けた剣士風の男が振り下ろした剣で吸血蜂を真っ二つにする。
「次ィィッ!」
男は落下する吸血蜂の残骸を無視して次の蜂へと飛び掛った。
別の場所では銃士の男が鎧甲虫を次々と撃ち落し、その近くでは巨大なタワーシールドを正面に構えた重騎士の男が戦斧猪の突進を受け止めている。
「火球ッ!」「石雨ッ!」「風刃ッ!」
前衛の冒険者たちが敵を食い止めている間に魔法使いたちが詠唱を終える。放たれた炎の球がクリーチャーを焼き、石礫の雨が貫き、風の刃が切り刻んでいく。しかし――
「グォォォォォンッ!!」「ギィギャァァァァァッ!!」「ギャゴォォォォォッ!!」
クリーチャーたちはひるむどころか怒涛のごとく押し寄せてくる。
「キャーッ!」
ある女盗賊が吸血蜂に囲まれ悲鳴を上げる。
「止めろッ!止めッうわぁぁぁぁッ!!」
武闘家の男が人喰蜥蜴の群れに引きずり込まれていく。
「怪我人は後方で回復を受けろッ!」「押し返せッ!」「街に近付けるなッ!」
あちこちで悲鳴と怒号が飛び交う
「クソッ、キリがないッ!いつまで耐えればいいんだッ?」
「文句を言っても仕方ない。俺たちは俺たちの役割は果たすだけだろう」
悪態を吐く戦士の男に同じパーティーらしい騎士の男が苦言を呈す。
「ほら、次に行くぞ」
騎士に促された戦士は「チッ、分かってるよッ!」と吐き捨てると、2人は次のクリーチャーへ向かって駆け出した。
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壁の外で衛兵や冒険者たちが必死の防衛を続けている頃、壁の中では門に近い西側の住人を中心に反対の東側にある港の倉庫への避難が行われていた。
倉庫の中は多くの住人がひしめき合っている。
「ママ、いつおうちにかえれるの?」
幼い少女が傍らに立つ母親を見上げて不安げに問いかける。
「ごめんねぇ…ママにも―」
母親が娘の頭を撫でながら答えようとしたとき、「邪魔なんだよッ!!」という声とともに突然男から突き飛ばされた。母親は「キャーッ!」という悲鳴とともに倒れこみ、娘が「ママーッ!」と言って慌てて駆け寄る。
「おいッ!いつになったら帰れんだよッ!!」
突き飛ばした男は母親の方に目も向けず、連れらしい男たちとともに入り口の衛兵へと詰め寄った。
「今戻るのは危険ですッ!状況が落ち着くまではここにいてくださいッ!」
「ハッ!知るかよッ!!だいたいお前らやギルドの連中がヘボだからこんなことになってるんだろうがッ!!俺らが被った損害はきっちり補償してもらうからなッ!!」
若い衛兵は危険であることを説明するが、詰め寄る男は語気を強める。周りでは男の連れらしき男たちが一緒になって騒ぎ立てる。周囲では住人たちが眉を顰める。
「その前にこちらの方に謝ってくださいッ!」
「ああん?」
衛兵へと詰め寄っていた男に突然強い抗議の声が掛けられた。男が声の方をギロリッと睨む。
「おい、嬢ちゃんよぉ、まさか今の言葉は俺に言ったんじゃないよな?」
男が顔を向けた先には腰に手を当てて自分に厳しい視線を向ける少女が立っていた。彼女の隣には先ほど男が突き飛ばした母娘が蹲って震えている。
「あなたたち以外に誰がいるんですか?」
少女は低い声で凄む男に振るんだ様子もなく毅然と男へ言い返した。
「謝れだぁ?俺が?どうして?」
「先ほどこの人を突き飛ばしたじゃないですか!」
苛立たしげに言う男に対して少女は傍らに蹲る母娘へと手を向ける。
「はんッ!こんなところで突っ立ってるのが悪ぃんじゃねぇかッ!」
男は少女を鼻で笑う。周囲の男たちもニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「突き飛ばす必要ななかったじゃないですか!避けて通ればよかっただけです!」
だが、少女は一歩を引かない。男を見据えて言い返す。
「ガキがうるせぇなぁ!――ん?よく見れば可愛い顔してんじゃねぇか」
それまで少女を睨んでいた男の顔が下品に歪み、少女の頭の上から足の先まで嘗め回す様に視線を上下させる。周囲の男たちにも下卑た笑いが広がっていく。
「ちょうどいいや!お嬢ちゃんには俺たちと来てもらおう!それで今の俺への態度は許してやるよ!」
男はそう言いながら下品な笑みを浮かべて少女へと手を伸ばす。
「おい、俺の連れに何してんだ?」
男の手が少女へ届こうとしたとき、横から伸びてきた大きな手が男の腕を力いっぱい掴んだ。
「痛てててッ!て、てめぇッ!何しやが――て、ア、アンットの旦那ッ!」
男は自分の腕を掴んだ手に文句を言おうと顔を上げたが、その相手――アンットを見て震え上がった。
「アンットの旦那っじゃねぇよ。俺は俺の連れに何しようとしてんのかを聞いてんだ」
「ア、アンットの旦那のお連れだったんですね。い、いや~、可愛いお嬢さんですねぇ!」
いつもより一段低いアンットの声に男はダラダラと汗を流しながら慌てて言い訳する。
「へぇー。それでお前らは?」
アンットは自分に腕を掴まれて震える男を一瞥すると周囲の男たちへと視線を向ける。
「い、いえ、俺たちは何もっ!な、なぁ?」「そ、そうです!」「アンットの旦那のお連れさんに何かするはずないじゃないですかッ!」
アンットに視線を向けれた男たちは引き攣った笑みを浮かべながら口々に言い訳を始める。
「はぁぁぁ。くだらない騒ぎ起こしてないでおとなしくしてろ」
アンットは男たちの様子に溜息を吐くと掴んでいた男の手を離した。開放された男はアンットの手形が残る腕を擦りながら「す、すいませんでしたッ!!」と言って慌てて倉庫の奥へと逃げていった。周囲にいた男たちも慌てて男を追い掛ける。
「大丈夫ですか?」
アンットが少女――エリーゼに顔を向けると、彼女はしゃがみこんで蹲っていた母娘に声を掛けていた。母親は娘を抱き締めながら彼女に何度もお礼を言うと、立ち上がって娘の手を引き男たちとは別の方向へと歩いていった。
「エリーゼさん、大丈夫ですかッ?」
立ち去る母娘に手を振っているエリーゼへレオナールが駆け寄る。
「大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「嬢ちゃん、揉め事は勘弁してくれよ」
レオナールに頭を下げるエリーゼに近付いてきたアンットが呆れた様に声を掛けた。
「ごめんなさい。だけど、どうしても見過ごせなくて…」
「ま、まあ、あれはあいつらが悪いからしょうがねぇな!」
自分の言葉にシュンッと項垂れてしまったエリーゼを見て、アンットは慌ててフォローをする。そんなアンットにエリーゼはもう一度「ご迷惑をお掛けしてごめんなさい。助けていただいてありがとうございました」と頭を下げた。
「しかし、あいつらがイラつくのも分からない訳じゃないな」
漸くエリーゼが落ち着いたところでアンットが呟いた。
「こんな状況じゃ皆さん不安になりますよね……」
レオナールはやや周囲に控えめな視線を向けながら小声でアンットの呟きに応じる。
「……ぶですよ」
「えっ?」
そこへ突然エリーゼが何かを呟いたのでレオナールは聞き返した。
「レイジさんとノブヒトさんが頑張ってるんです。大丈夫ですよ」
聞き返されたエリーゼは改めて先ほど呟いた言葉を口にする。その表情はとても穏やかなものだった。思わずレオナールはアンットと顔を見合わせる。
「そうですね」
「ああ、そうだな」
彼女の表情に何故かそれまでの緊張が解けた2人はそう呟くと彼女の視線の先、西の方角へと目を向けた。




