最悪の結実
―バリバリ―
―ボリボリ―
―グチャグチャ―
そんな音が響いている。ボタボタと零れる血の臭いが周囲に充満する。
俺もスギミヤさんも動くことが出来ない。今、目の前で起きていることが理解出来ない――いや、頭では理解しているのだ。ただ、それを受け入れることを心が拒んでいる。
俺たちの目の前では食事が繰り広げられていた。クリーチャーの食事――本来であれば珍しくもない光景だ。仲間が仲間を喰っている光景でなければ…
「フンフン」」と鼻を鳴らし、リーダー変異種は小変異種を貪る。
俺に向かい口から魔法らしきものを吐き出したリーダー変異種は、俺がそれを躱す間に戦っているスギミヤさんと小変異種へと突っ込んだ。スギミヤさんに尾を斬られ、倒される寸前の小変異種を助けるためだと思った行動は、しかし、奴が小変異種の喉元へと喰らいついたことで食事へと様変わりした。
最初は抵抗していた小変異種も次第にぴくぴくと痙攣するだけになり、今ではその姿の殆どを肉塊へと変えている。
「……一体…何が……」
漸く俺は一言だけ搾り出した。未だ頭の中が混乱して上手く思考が纏まらない。
「ハッ!しまったっ!!拙いぞッ!!」
突然隣でスギミヤさんが叫ぶ。
「ど、どうしたんですかっ!?」
俺は弾かれた様に隣へと視線を向ける。
「欠片だ!」
「欠片?」
スギミヤさんの言うことが上手く頭に入ってこない。
「奴は欠片を取り込んでるんだ!!俺があの小変異種を倒す前にな!!」
「なっ!?」
スギミヤさんの言葉に俺は慌ててリーダー変異種へと視線を向け直す。小変異種はすでに大半がリーダー変異種の胃袋へ収まっている。
「で、ですが、そんなことしたら…」
俺はその先を口にすることを躊躇う。俺たちの仮説ではあのリーダー変異種が今まで理性を保っていられたのは取り込んだ欠片が完全ではなかったからだ。恐らくもう1匹の変異種の欠片は倒したスギミヤさんが取り込んでいると思うが、それでも追加で欠片を取り込んだリーダー変異種がどの様な状態になるかは想像もつかない。
「クッ!抜かった!ニシダ、すぐに奴を――」
そこでスギミヤさんの言葉が止まる。
「スギミヤさ――」
俺が何故か言葉を詰まらせたスギミヤさんに問いかけようとしたその時――
「えっ?」
ドクンッという音が聞こえた気がした。俺は視線をリーダー変異種へと戻す。何故か視界がゆっくりと動く。自分の体はずなのにもどかしい。
(早く奴を!)
心の中で自分が叫ぶ。やがて視界が奴を捉える。
「なんだ…あれ……?」
俺の口からそんな呟きが零れた。
奴の体中を浮かんだいる血管のような赤い筋、その筋が赤く発光し脈打っている。光はどんどん強くなり、脈打つ感覚はどんどん早くなる。そして――
「グギャァァァァァァォォォォォォォッ!!」
それは歓喜の雄叫びか、それとも奴の中にいたマサキ・ベレスフォードの断末魔か、奴が咆哮をする。
「な、なんだッ!?」
「クッ!」
咆哮に合わせる様に奴の体から魔力が噴出し周囲を猛烈な風が吹き荒れる。俺たちは咄嗟に腕で顔を覆い、飛ばされないように踏ん張る。そして、暫く噴出を続けていたかと思うと逆に奴に集まる様に渦を巻き始める。今度は奴に引き寄せらられないよう後ろからの風に耐える。
長い、とても長い咆哮だった。
咆哮が止むと同時に吹き荒れていた風が止んだ。
「何だったんだ…?」
スギミヤさんの呟きを聞きながら、俺はゆっくりと顔を上げた。
「何…だ…あ、れ…」
「どうした、ニシダ?ニシダ?」
言葉が出てこない。隣でスギミヤさんが何か言っているのが聞こえる。
「あ、あれ…」
俺は震える腕をなんとか持ち上げるとゆっくりの目の前のそれを指差す。
「一体何が…?なっ!?」
俺の指を追って視線を動かしたスギミヤさんが絶句する。俺たちの視線の先にはそれまでと全く別の生き物が立っていた。
体長はそれほど変わっていないと思う。ゴツゴツとした黒い肌には体中を這っていたあの血管のような筋はなくなっている。額の角はより太くなり、左右の口に下へ伸びていた牙を更に大きく鋭くなっている。だが、何よりも違うのは体から突き出した水晶のような突起だ。肩、背中、尾、とにかくいたるところから青白く発光する突起が突き出し、バチバチと帯電でもしているように光を飛ばしている。
「何なんですか、あれ…?」
「分からん。だが――」
搾り出した俺の問いにスギミヤさんが答えようとしたとき、奴が閉じていた目を開いた。真っ赤に充血した目がぐるりっと回ると俺たちを正面から捉える。
「拙――」
「グガァァァァッ!!」
スギミヤさんが何かを言おうとした瞬間、バチバチと水晶の周りを走っていた光が奴の額の角に集まった。そして、奴が咆哮するのに合わせて口から光弾が放たれる。
「うわッ!!」
「クソッ!」
俺たちは慌てて左右へ転がる。一瞬遅れて巨大な光弾が俺たちの横を通過して後ろへと着弾した。
―ドゴォォォォォォンッ―
「アルバンさんッ!みんなッ!!」
凄まじい音ともに俺たちの後方にいたクリーチャーを巻き込み爆発すると地面に大きな穴を作る。泥や石が周囲へと飛び散り土煙を上げる。俺は慌てて後方で戦っていた蒼月の雫の面々に向かって叫ぶ。
「クッソ~、なんだんだよッ!」「何が起こったッ!?」「もう!何なの!!」「何よ…あれ…」「マジかよ…」
どうやら無事だったようだ。彼らの声が聞こえて俺はホッと胸を撫で下ろす。
「ニシダーッ!!」
俺が蒼月の雫の無事に胸を撫で下ろしていると、反対へ転がったスギミヤさんが俺に向かって叫んだ。
「スギミヤさんッ!!」
俺は彼へと駆け寄る。
「無事だったようだな」
「なんとか。スギミヤさんは?」
「俺は大丈夫だ。だが、あんなのを何発も撃たれる訳にはいかないぞ」
言いながらスギミヤさんは奴を睨む。
「ですが、どうやって倒せばいいか…」
つられて俺も奴を見る。まだ動揺していることもあるのだろうが、正直俺には奴を倒すビジョンが浮かばない。
「ここでこうしていても仕方ない。とにかく接近して一当てしてみるしかないだろう」
戸惑う俺にスギミヤさんが言い切る。
「なんとか俺が接近する。お前は何でもいいから奴の気を引いてくれ」
「クッ!分かりました。気を付けてください!」
「お前もな!」
そう言うとスギミヤさんは奴の左へ回り込む様に走り出した。俺は反対、奴の右側へ向かって駆け出す。とにかくスギミヤさんが接近して奴へ攻撃するチャンスを作るしかない。俺はホルスターから魔法銃を取り出すと奴に向けて構える。照準は奴の顔。俺は走りながらゆっくりと引き金を引いた。




