そして幕が開かれた
ギルドの個室を出た俺たちは受付フロアへと向かった。
「では、俺は街のほうを調べてみる」
「分かりました。俺は引き続き書庫を調べます」
俺たちはここで別れ、スギミヤさんは街へ、俺は受付へと向かった。
「ああ、ニシダさん!お話は終わったんですか?」
受付にいたのはいつぞやのおばさん。俺を見るなりそう声を掛けてきた彼女に俺は「長い時間お部屋をお借りしてすみません」と頭を下げた。
「構いませんよ。それでこちらにお越しになられたのはその報告ですか?」
「いえ、また前回の件で書庫をお借りしたいんですが構いませんか?」
「ああ、そちらの件ですね。構いませんよ」
おばさんから了承の返事をもらった俺は案内を断ってすぐに書庫へと向かった。
扉を開けると再びあの埃とインクと古い紙の臭いが飛び込んできた。俺はハンカチを取り出すと口と鼻を覆って後ろで結ぶと部屋に入る。例の一人しか座れない椅子に座ると急いで資料を広げた。
「これだけしかいないのか…」
今しがた自分が書き写したメモを見ながら、俺の口からはそんな言葉が漏れた。そこには2名の名前しか書かれていない。前回のパール級の冒険者に比べると半分以下、内訳もエメラルドのみであった。
そもそもエメラルドよりも上のランクとなると世界的に見てもその数は限られていて、ハルヴォニの冒険者にはルビーが3名ほどいるだけである。もし、彼らが行方不明ともなればそれだけでこの街は大騒ぎになっていることだろう。
「名前を見ても異世界人とは考えにくい、か。そうなるとやっぱり…」
俺はそこで言葉を切る。頭には先ほど名前を知った人物が過ぎった。だが、俺はなんとなくそれを認めたくないと思っていた。
自分と同じ世界から来た人物。彼が納得してこの世界に来たのか、それとも俺と同じように仕方なくこの世界に来たのかは分からない。だが、どちらにしてもその結末がこの世界の人間の理不尽によって齎されたとしたとは思いたくなかったのだ。
もちろんそれがあちらの世界でも起こりえるだというのは俺も頭では分かっている。それでも一度この世界の人たちを『自分たちとは違う』と思ってしまった俺にはどこか受け入れがたいことになっていた。
「はぁー」
口からは溜息が漏れる。分かってはいる。分かってはいるのだが、どこかに否定出来る部分があるのではないかという思いを抱えて、俺は他に勇者候補と思われる人物はいないかと改めて数百名が記載されたリストの名前とジョブを一人一人見返し始めた。
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「それで他に勇者候補らしき人物は見つかったのか?」
「……いえ、それが全く…」
スギミヤさんの問いかけに俺は肩を落とした。あれから数時間、何度もリストを見直した俺だったが他に有力な人物を見つけることは出来なかった。もちろんリストアップした2名のエメラルド冒険者も登録は何年も前であり、勇者候補である可能性は殆どないと言ってよかった。
そんな俺の様子を見たからかスギミヤさんはそれ以上深くは聞いてこず、代わりに「俺のほうでは多少だが収穫があった」と言って報告を始めた。
「まずはギルドで確認したところ、彼の年齢は25歳、茶髪に青い瞳をした青年だったそうだ」
「ということは名前から考えるとハーフですか?」
なんとなく聞いた俺にスギミヤさんは「ああ」と答えて続ける。
「俺が知っている限りではベレスフォードというのは英語圏の姓だな。ギルドや直接話したことがあるっていう人に聞いた話だと目を合わせずどこかおどおどした感じで話す奴だったそうで、特定の親しい人間いたという話はなかった。元々そういうタイプだったのか、それともこの世界に来てそうなったのかまでは分からないがな」
「そう、ですか…」
スギミヤさんの話に昼間考えていたことを思い出して俺の気は重くなる。そんな俺の様子を横目で見ながら、尚も彼は話を進めていく。
「あとは基本的に昼間聞いたような話ばかりだったんだが、その中に一つ興味深いものがあった」
「興味深いものですか?」
スギミヤさんの話に俺はやや顔を上げて首を傾げる。
「ああ、覚えているか?昼間の話で彼を森に置き去りにした冒険者の話があっただろう?」
正直あまり思い出したくない話ではあったのだが、俺が気を重くしている最大の原因はその話であり、残念ながらしっかりと覚えているので、仕方なく俺は頷いた。
「どうもそれを行ったのがあのヘルゲって冒険者のパーティーらしい」
「えっ!?ヘルゲってあの?」
「ああ、あのとき森で襲われていた冒険者パーティーのリーダーだった奴だ」
「なっ!?」
俺は絶句する。つまり本人たちは互いに知らないからもしれないが死の原因を作った者と殺したかも知れない者が襲い、襲われていたかもしれないのだ。ある意味因果応報とも言えるが…
「事実…なんですか…?」
俺は搾り出す様にそれだけをなんとか口にした。それが嘘であってくれと願いながら、しかし、真実なのだろうと確信して。
「ああ。実際に手を下したヘルゲのパーティーメンバーが話していたらしい」
「そう…ですか…」
俺はそれだけ呟くのがやっとだった。そんな俺の気持ちとは別にスギミヤさんの話は続く。
「どうもヘルゲって男とは自己顕示欲や承認欲求の強い人物だったようだな。最初は周囲の冒険者に乗せられてマサキという人物に意見をしたらしい」
「意見?」
どうも少し俺が思っていた話とは違うようだ。てっきり一方的にマサキという人が犠牲になったのだと思っていた。
「ああ。何でも自分が先輩として冒険者のルールやしきたりを教えてやるとしきりに彼をパーティーに誘ったそうだ。周囲へのアピールもあったんだろうがかなりしつこく誘っていたらしい。だが、マサキって奴は無視し続けた。ヘルゲは自信家でプライドが高い人物でもあった様だからそれが気に入らなかったのかもしれないが、実際に手を下したのは彼ではなく彼を慕うパーティーメンバーだったようだな」
俺は特に反応せずにスギミヤさんの話を聞き続ける。
「実際に話してるのを聞いたって奴の証言によると実行犯は女性のパーティーメンバーだったそうだ。例の“セトラデウズの巨木”の下で倒れているフリをして、近付いてきた奴を麻痺毒を塗ったナイフで切り付けたらしい。あとは動けなくなった奴を放置してから街に戻ったそうでその後どうなったかまでは知らないと話していたそうだ」
「……」
俺は何も言えなかった。
もし、彼が表面的にでもヘルゲの話に耳を傾けていたら?今回の様な悲劇は起こらなかったかもしれない。いや、そうでなくてももう少し冒険者の不文律を正しく認識していれば、もしくは街を離れる決断をしていれば…次々に浮かんでる考えに俺はどんどんと気が重くなった。
「……もし、彼の目的が殺されたことへの復讐なのだとしたら、もうその願いは叶えられた、ということでしょうか?」
暫しの沈黙の後、俺は漸く重い口を開いた。その俺の言葉にスギミヤさんは「どうだろうな?」と疑問を返してきた。
「えっ?」
「少なくとも俺はあいつの目的が復讐、いや、ヘルゲたちへの復讐だけだとは思えないんだ。あいつの中にはもっとドロドロとした言い知れぬ悪意のようなものを感じたんだが…お前はどうだ?」
「……」
スギミヤさんに問われた俺は再び黙り込んだ。思い出すのはあのとき交わした視線、そこにあったのは―恐らく嘲笑。あいつは俺を、いや、もしかると人間を嘲笑っていたのではないか?
その考えに至ったとき、俺は言い知れぬ恐怖に背筋が冷たくなるのを感じて体が震えた。
「恐らく奴は―」
―カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!―
スギミヤさんが何かを言い掛けたとき、外からけたたましい鐘が響いた。
「何だっ!?」「どうしたっ!?」「何が起こったんだっ!?」
表の騒ぎに俺たちは慌てて立ち上がる。
「……」
「……」
俺たちは顔を見合わせると頷き合い、俺たちは表へと駆け出した。それがこれから始まる長い夜の始まりとも知らずに…




