どこにでもある話
行方不明者リストに載っていた不思議な人物。上級職でありながらランクはアイアンというちぐはぐな印象を疑問に思った俺は、ちょうどいい機会だとエメラルドパーティーの面々にその理由を訊ねてみたのだが、返ってきた答えは意外なものだった。
「それって…単純に友達がいなかった、てこと、ですか…?」
ジルベールさんがいまいち信じられなくて、俺は改めて聞いてみた。
「そうだよ、なぁ?」
俺の問いかけにジルベールさんは頷くと他の面々にも確認するが、皆一様に頷いてみせた。
「ええ…本当にそんな理由なんですか…」
俺はそれが本当だと聞いてなんだか力が抜けてしまった。
「いや、何を期待してたか知らんが実際はそんなもんだって」
俺の反応にエルネストさんが肩を竦める。他の面々も苦笑している。
「はぁー」
なんとも期待外れな答えに溜息が漏れた。
「そもそもどういう人物なんだ?」
落ち込む俺を余所に、今度はスギミヤさんがその人物の詳細をエルネストさんに聞いた。聞かれたエルネストさんは「アルバン、任せた!」と言って今まで黙っていたアルバンさんに話を振る。アルバンさんは「お前なぁ」と呆れた様にエルネストさんを見るが、彼は「悪い、悪い」と言うものの自分で説明する気はない様だ。
アルバンさんはエルネストさんの様子に「はぁー」と溜息を吐くと、諦めたのか俺たちへと向き直ってから「俺も聞いた話だから詳しく知っている訳じゃないぞ?」と断ってきた。俺とスギミヤさんは顔を見合わせると、アルバンさんに向かって頷いた。
「元々そいつがどこで何をしていたのかは知らないが、この街に現れたのは半年くらい前だそうだ。当時俺たちは護衛依頼で街を離れていたから実際に見た訳ではないが、そいつが冒険者登録したことはかなり話題になったらしい」
「えーと、何故冒険者になっただけで話題に?有名な人だったんですか?」
「いや、そうじゃない。そいつは冒険者登録をした時点でジョブが上級職だったんだ」
「えっ!?それって本当はどこかの街で冒険者だったんじゃないんですか?」
俺はアルバンさんの言葉に驚く。上級職というのは複数のジョブを持っている人に発現するか、一つのジョブを極めた人に発現するというのが一般的と言われているからだ。
「ああ、勘違いしている様だがこれまでもそういったことがなかった訳じゃないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
俺の表情から考えを察したのか、アルバンさんが付け足すようにしてくれた説明に俺はもう一度驚く。
「確かに例は多くないが両親が上級職などの場合、子供が最初から上級職を持っていることがあるんだ。まあ珍しいことに変わりはないがな」
「へぇー」
才能ということだろうか?やはりまだジョブには未知の部分が多いようだ。
「それで?」
俺がジョブについて考えているとスギミヤさんがアルバンさんに続きを促す。
「エルネストとジルベールはああは言ったが、そいつも最初から人の輪を外れていた訳じゃない。よくある話だが、そんな状況になってしまったのは言ってしまえば“冒険者の闇”が原因なんだ」
「“冒険者の闇”ですか?」
アルバンさんの言葉に俺は首を傾げる。少なくとも俺は冒険者になってからアルバンさんの言う様な“冒険者の闇”というのは感じたことがなかった。
アルバンさんは俺の言葉に「ああ」と頷くと続けて説明してくれた。
「新人相手にはたまにあるのだが、『教育』や『お試し』などと称して臨時パーティーを組んでは“授業料”や“役に立たない”と難癖を付けて最初に約束した取り分を支払わなかったり、ひどい奴になると散々に酷使した上で森に置き去りにする様なこともあるんだ」
「ひどい…」
アルバンさんの説明に俺はそんな呟きを漏らした。俺を見たアルバンさんはやや気の毒そうにしながらも話を続ける。
「冒険者というのは良くも悪くも実力主義で自己責任の世界だ。自分を大きく見せるためにハッタリを言う奴もいれば他人を蹴落としてでものし上がろうとする奴なんかはいくらでもいる。大抵そういう奴はよくて中堅で燻っているんだが、その分下の人間との接点は持ちやすい。そして、上に行くためにまた他者を利用することを繰り返すんだ」
それまで色々な冒険者を見てきたのだろう。アルバンさんの言葉には実感がこもっていた。もしかすると過去に苦い経験があるのかもしれない。
「それでそいつはどうなったんだ?」
「ああ、そうだったな。上級職ということもあり、そいつにもかなりパーティーの誘いがあったそうだ。いや、上級職だったことを考えれば普通の新人の比ではなかっただろう。そいつも最初のうちは色々なパーティーに加わっていたそうだ。だが、次第に一人で森に入るようになった」
「何故ですか?」
スギミヤさんに促され、再開されたアルバンさんの説明に俺は再び疑問を口にする。
「先ほど話した“冒険者の闇”が理由だ」
「でも、上級職なんですよね?いくら自分よりランクが上でも力で言えばその人のほうが上だったんじゃないですか?」
先ほどの話でいけば確かに搾取の対象にはなりそうだがなんと言っても上級職なのだ。きちんと相手を見極めればそう簡単に食いものにされることはないように思えた。
俺の言葉を聞いたアルバンさんは少し困った様な顔をしながら「そう簡単な話でもないんだ」と続けた。
「そいつは上級職とはいえ戦闘は素人だったらしい。もちろんそれが分かった上で誠意を持って接していたパーティーもいたそうだが、大半は上級職を自分たちのハク付けに利用しようとする者か、手っ取り早く能力を利用して自分がのし上がろうとする者だったらしい。本人もあまり人付き合いが得意なほうではなかったみたいで人間不信になってしまったのか、次第に親切なパーティーとも距離を置くようになったそうだ」
アルバンさんの話に俺は遣り切れない思いを抱いた。その人物が何故冒険者になったのかは分からないが、生まれ故郷を離れて訪れた街でそんな扱いを受けてしまっては人間不信になっても仕方がない。
「それで結局その人物はどうなったんだ?行方不明になっているのは分かるが…」
「ああ、ある日森に入ったまま帰ってこなかったと聞いている。まあきな臭い噂がない訳でもないんだが…」
先を促したスギミヤさんに対してアルバンさんはそこで言葉を濁す。
「きな臭い噂?」
「ああ、何でも『実際は森で殺されてるんじゃないか』って話だな」
スギミヤさんの言葉に反応したのは言葉を濁したアルバンさんではなく最初にアルバンさんに説明を投げたエルネストさんだった。
「そんなっ!?どうしてっ!?」
エルネストさんの説明に俺は思わず身を乗り出して大きな声を上げた。いくらなんでもそこまでしてしまうとそれはもう犯罪だ。
「うおっ!?びっくりした!いや、あくまで噂だぞ?」
俺の声と反応に驚いたエルネストさんがやや体を仰け反らせる。俺はそんな彼の様子にお構いなく詳しい話をする様に目で訴える。
「ああ!もう!分かった!話す!話すから落ち着け!」
エルネストさんにそう言われた俺は一つ息を吐いて心を落ち着けると、乗り出した体を元に戻した。彼は「ったく何で噂にそう熱くなるんだよ…」とぼやいている。
「ええと、それでなんだっけ?ああ!殺されたって噂か。何でもそいつ、結構恨みを買ってたみたいだぜ?」
「どうしてですかっ!?少なくとも今までの話でその人が恨まれる様なところがありませんよねっ!?」
エルネストさんの言葉に俺は再度身を乗り出す。彼は「だから落ち着けって!」と俺を押し戻すと呆れた目で俺を見ながら話を続ける。
「大半は逆恨みだな。『上級職とはいえ新人の癖に生意気だ』だとか『誘ってやってるのにパーティーに加わらない』とかな。あとはそいつのやり方も拙かったのはあるな」
「やり方?」
「ああ。冒険者には“暗黙のルール”ってやつがあるだろ?」
「ああ、あれですか」
エルネストさんの言う“暗黙のルール”とはギルドのルールとして明記されているものではない。冒険者になると先輩冒険者から最初に教わるルールなのだが、明記されていないだけで冒険者ならば必ず守るべきものとして認識されていた。
そのルールとは『同じ狩場で一定数以上の狩り・採集は行わないこと』である。
これだけ聞くと何のことだか分からないと思うのだが、このルールは冒険者が守られないことは冒険者にとって死活問題と言えた。
何故こんなルールがあるかと言えば、理由は2つある。
1つは資源の枯渇を防ぐこと。
前提条件の異なる大河の森では当てはまらない部分もあるのだが、同じ場所で同じ獲物や素材を狩ったり採集し続ければいずれ枯れてしまう。そうなれば新しい狩場を見つける必要があるのだが、見つけることは容易ではないし森を奥に行けば行くほど危険も多くなる。そのため狩場の独占はもちろん、狩り尽くしてしまうような行為は冒険者から忌避され、行った場合は最悪街を追い出されることもある。
もう1つは値崩れを防ぐこと。
どちらかというとこちらが死活問題なのだが、いくらおいしい獲物でも供給量が増えてしまえば値崩れを起こす。今のように大移動が起こっているときは別だが、平時は冒険者でも感覚的に需要と供給のバランスを考えながら討伐を行っているのだ。このバランスが崩れるようなことがあれば食い詰める冒険者が出てくる可能性もあり、原因を作った者はそれこそ袋叩きにされても文句は言えないと言われている。
どうやら該当の人物はその不文律を破ってしまっていたようだ。
「でも、どうしてそんなことを?普通は冒険者になったときに先輩から習うような基礎中の基礎ですよ?」
俺の場合はイリスに教えてもらったし、そうでなくても普通は冒険者をしているうちになんとなく耳にする類のルールなのだ。そんなルールをどうしてわざわざ破ったのか分からない。俺の疑問にエルネストさんも「さあな」と肩を竦める。
「知らなかったのか、忘れていたのか、気にも留めてなかったのか、実際のところは本人しか分からないが、とにかくそいつは数日おきに同じ狩場に潜っていたそうだ。おかげで一時はかなり値が下がった素材もある。それだけでかなり恨みは買っていたことは確かだ。かなり物騒な話をしていた奴も多い」
「……」
エルネストさんの話に俺は言葉も出ない。同情すべき点はある。だが、本人が行っていたことも拙いのは確かだ。どう考えても上手くいっていたとは思えない状況でその人物は何故この街で活動していたんだろうか?
「ん?そういえばそいつはなんて名前なんだ?」
そこでスギミヤさんが思い出した様に疑問を口にして一同を見回した。
「ええと…なんだったっけ?」
「いや、俺は名前までは知らないな」
「私も」
「聞いたような覚えはあるが…」
皆が口々に話すがどうやら誰も覚えていないらしい。
「あっ!たぶん俺分かります!」
そこで俺は先ほどのメモに視線を落とす。慌てていたのでよく覚えていないが確か名前もメモしたはずだ。
「えーと…あった!これだ―えっ?」
メモに書かれていた名前を見て俺は固まる。
「どうした?」
訝しんだスギミヤさんが俺の手からメモを取ると視線を走らせる。
「これはっ!?」
メモを見たスギミヤさんも目を見開く。
「マサキ…マサキ・ベレスフォード…」
俺が呟いた名前はあちらの世界の匂いがしていた。




