掴んだもの
「ここは…?」
知らない天井を見上げながら、俺はぼんやりした頭で記憶と辿る。
「確か訓練場でスヴェアさんと…ハッ!どうなったんだっ!?痛ッ!」
記憶を思い出して勢いよく体を起こすが節々の痛みに顔を顰める。
「なんだ?気が付いたのか?」
「っ!?」
隣から声がして慌ててそちらに顔を向けると、ちょうどスギミヤさんが部屋に入ってくるところだった。
「ス、スギミヤさんっ!勝負は、勝負はどうなりましたっ!?っていうかここはどこなんですかっ!?」
身を乗り出す俺を、スギミヤさんは「落ち着け」と寝ていたベッドに押し戻しながら自分は近くの椅子を引き寄せてベッドの横に腰掛けた。
「まずは結果か?最後、お前の右ストレートに彼女はその外側から回り込む様にして左フックを合わせた。それがカウンターで決まってお前は気絶したんだ。覚えてないか?」
スギミヤさんの話に俺は再度自分の記憶を辿る。
「ええと…右ストレートが『決まった』と思ったのはなんとなく…」
「そうか…。まあ俺としてはベテランエメラルドを相手によくあそこまで戦ったと思うがな」
スギミヤさんは最後にそう付け足した。俺も一矢報いるつもりで戦っていたのでよくやったとは思うのだが…
「それからお前が気絶してしまったんでな。今日のところは一旦解散になった。ここは治療院だ」
「そう…ですか…。結局俺はどうなるんでしょう?」
俺は自分の信念を賭けて戦った。だが、結果として負けてしまった以上は彼女のほうが正しかったということになるのだろうか?
「俺には何とも言えんが明日同じ時間にもう一度集まることになっている。そこで彼女から話があるだろう」
顔を俯かせる俺にスギミヤさんはそれだけ言うとあとは黙ってしまった。ただ、声は気遣わしげだったので一応励まされているらしい。
治療は終わっているとのことで、「もう帰ってもいい」と言われた俺たちは宿へと戻った。
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翌朝、俺たちがギルドへ行くと再び前日と同じ部屋へ通された。
ただし、昨日と違うのはすでに中で蒼月の雫と夢幻の爪牙の面々が待っているということ。
俺たちは受付で案内を断ると部屋の前にやってきた。
「……」
「大丈夫か?」
部屋の前で立ち止まる俺をスギミヤさんが気遣わしげに覗き込む。
「……すみません。大丈夫です。行きましょう」
俺はスギミヤさんに頷くと部屋の扉をノックした。中から「どうぞ」と声がして俺は一度息を吐くと扉を開けた。視線が俺たちに集まる。
「っ!?」
「…行くぞ」
思わず立ち止まったしまった俺にスギミヤさんはそう声を掛けると先に中に入っていく。俺も慌てて後に続き、昨日と同じ席に座った。
「……」
「……」
誰も口を開かない。
ただ、全員がチラチラと俺とスヴェアさんの様子を窺っているのは分かった。
「…あー、その…なんだ。とりあえず昨日はお疲れさん」
「いや、そうじゃないだろ」
視線に押される様に口を開くスヴェアさんにいきなりエルネストさんがツッコミを入れる。
「うっさい!あたいにはあたいの話し方があるんだよっ!―コホンッ!あー、まあ色々あったけどあたいは昨日の勝負で水に流すことにする。あんたらもそれでいいか?」
「いや、そもそも2人の謝罪受け入れなかったのスヴェアだけだからね?」
自分たちの方を見るスヴェアさんにヴェロニカさんがそう言うと他のメンバーを一斉に頷いた。
「あー!もう!うっさい、うっさい!この話はこれで終わり!!あとはアルバンに任せる!」
スヴェアさんは周りからの声にそう言うとそっぽを向いてしまった。振られたアルバンさんは「やれやれ」と肩を竦めると俺たちへと向き直った。
「そういうことだそうだから俺たちは全員君たちの謝罪を受け入れよう」
アルバンさんの言葉にスヴェアさんを含めた全員が頷く。
「ありがとうございます。でも、俺は負けてしまったのに…いいんでしょうか?」
結局負けてしまったのにこんなに簡単に受け入れられてしまっていいのか、俺がそう口にするとアルバンさんは不思議そうな顔をした。
「ん?君は自分が間違っていたと思うのか?」
「それは…皆さんを巻き込んでしまったことは間違っていたと思います。でも…」
「ヘルゲたちを助けようとしたことは間違っていたとは思っていない、ということだろ?」
言い淀む俺の言葉をアルバンさんが引き継いでくれたので、俺はおずおずと頷く。
「確かに冒険者として見れば君の行動が短絡的だったのは確かだし、ヘルゲの行動は自業自得と言えるだろう」
そこまで言うと、アルバンさんは一度全員を見回してから再度俺と目を見て「だが」と続けた。
「君は格上のスヴェアと戦ってまで自分の信念を示した。あれだけ殴られ、蹴られてもその意思を曲げなかった。あれを見てまで君たちを受け入れないほど我々は狭量ではないつもりだ。それにああは言ったがヘルゲも同じ冒険者だ。俺たちだって助けたい気持ちがない訳じゃない」
アルバンさんの言葉に他の面々も同意する様に頷いている。スヴェアさんも「フンッ!そういうことだよ」と同意している。相変わらず視線はこちらに向けてくれないけど。
全員がそれを笑いながら見ていたが、ふとアルバンさんが表情を真剣なもの戻して俺を見た。
「今回はいい。だが、もしかするといずれ今度は本当に仲間か他人どちらかしか救えないような場面が訪れるかもしれない。人一人が抱えられる命は限られている。そのときは選択を間違うなよ?」
奇しくもそれは先日ユキが口にしたものと同じ言葉だった。
もし、今後そんな場面に遭遇したら…俺は答えが出せないままだった。
「あっ!そういえばあんた!あれはなんなんだよ!!」
謝罪の一件が終わったところで突然スヴェアさんがそう言って俺の方に身を乗り出してきた。
「えっ!?何のことですかっ!?」
俺はその勢いに体を仰け反らせながら首を傾げる。
「あたいがあんたと吹っ飛ばした後、剣を拾ったところでいきなり雰囲気変えただろ!あれはなんだったんだ?」
ユキのマネをしてみたときのことだろうか?自分では上手く出来ていたか分からないが、俺は猫耳族の野営地で立ち合ったときの話をしてそれをマネてみたことを説明した。
「ほう、その人物は相当出来るらしいな」
「おもしれぇっ!あたいもそいつと立ち合ってみてぇなっ!猫耳族の野営地…よし!早速行ってみるかっ!」
「賛成ーっ!でも、戦うのは私が先だよぉー!!」
「ちょっとスヴェア!あなたさっきまで『仲間を危険に晒して~』って怒ってたのに何さらっと危ないこと言ってるんですかっ!ヴェロニカも自重しなさいっ!」
俺の話にアルバンさんが感心している隣では先ほどまでとうって変わって戦闘マニアっぽい発言をしながら目を輝かせるスヴェアさんとそれに便乗するヴェロニカさんをカーリンさんが叱っている。ドグラスさんとランヴァルトさんは巻き込まれない様にするためか存在感を消している。
「あの動きは俺も取り入れたいが原理が全く分からん」
「へぇー、どんな動きなんだ?」
「うーん…相手の姿がブレたと思った瞬間にはもう目の前にいる、と言えば伝わりますか?」
スギミヤさんの言葉に蒼月の雫のジルベールさんが興味を示したので、俺は動きを見た印象を伝える。
「早く動いた、て訳じゃないんだよな?」
「ああ、少なくとも俺には少し体をズラした様にしか見えなかったが…?」
話に加わってきたエルネストさんの疑問に答えながらスギミヤさんがこちらを見たので俺も同意する様に頷く。
「うーん、分っかんねぇなぁー」
「……“予備動作”じゃないかしら?」
俺たちの話にエルネストさんとジルベールさんが首を捻っていると、それまで静かだったディーサさんがポツリと呟いた。
「予備動作?」
「えっ!?ああ!ごめんなさい!声に出ちゃってたみたいで…」
呟きに反応したエルネストさんに、声に出していたことに気付いてなかったらしいディーサさんが驚く。
「ええと、予備動作というのは?」
気になったので俺もそう訊ねる。エルネストさんの方を向いていた彼女は俺からの質問に振り返って驚いた顔をしたが、「聞いた話なので確実じゃないわよ?」と断ってから説明してくれた。
「私たちが動くときってその前の準備、って言えばいいのかな?まあ動き出しの動作をしてるらしいの。分かりやすいところでは走ったり跳んだりする前に足を曲げたり、剣を振るときに振り被ったりね。それを“予備動作”って言うらしいんだけど、私たちはその予備動作を見て相手の動きを予想してるんだって。
で、ここからは私の予想も入っちゃうんだけど―もし、その予備動作を無くすか極限まで小さくすることが出来たらどうなると思う?」
「ええと、動きの予想が出来ない?」
彼女は俺に質問した様なので俺は少し考えてそう答えた。
「うーん、たぶん少し違うの。きっと私たちは相手が『動いた』ということが認識出来ないんじゃないかと思うの」
「認識出来ない?えっと、どう違うんですか?」
自分の答えと彼女から返ってきた答えの違いが分からず俺は首を傾げる。
「言葉で上手く伝わるか分からないんだけど…さっきの説明で言えば相手が前屈みになって足を曲げると私たちは『こっちに向かってくるぞ』って分かる訳じゃない」
そう言って彼女が一度こちらに確認の視線を送ってくるので俺は頷く。
「その動作がないってことは私たちはそもそも相手が動くと思えないんじゃないかって。さっきの彼女の動きで言えば、予備動作が小さかったから2人には『少し体を揺らせた』くらいにしか認識出来なかったんじゃないかなって」
彼女はそこまで言うと「もちろんその後で目の前に現われたのは別の技術だと思うけどね」と肩を竦めながら付け加えた。
なるほど、予備動作か…。もしかすると俺たちもそれを減らせればもっと有利に戦えるようになるのかもしれない。
「話を変えて申し訳ないが、この中にハルヴォニで俺たちの様な名前や容姿の人間を見たことがある者はいないか?」
俺たちがユキの動きについてあれこれ考察していると、突然スギミヤさんが思い出した様に一同に聞いた。
「ん?それはどういう意味だ?」
「あー、説明が足りなくてすまない。俺やニシダの様に変わった名前や黒髪で黒目、そうでなくとも俺たちの様な顔立ちの者を見たことはないか?」
アルバンさんの疑問にスギミヤさんは説明を付け加える。蒼月の雫と夢幻の爪牙の面々は俺たちの顔をまじまじと見たり互いに顔を見合わせたが、
「いや、すまないが…」
「俺も見たことないな」
アルバンさんとエルネストさんの返事を皮切りに皆「見たことがない」と首を横に振った。
「そうか…。いや、変なことを聞いてすまなかった」
その様子にスギミヤさんが肩を落とす。
「あのー、俺からも聞いていいですか?」
「ん?なんだ?俺たちに分かることだといいが…」
肩を落とすスギミヤさんを見ながらアルバンさんがやや自信なさげに言う。
「すみません。ええと…ああ、これだ!皆さんは『付与騎士』ってジョブをご存知ですか?」
俺は先日ギルドで取ったメモを見ながら全員に訊ねる。このことを話すのを忘れていたのでスギミヤさんは何のことかと首を傾げている。
「そう言えばちょっと前に話題になったな!でもそれがどうかしたのか?」
俺の話にエルネストさんが反応する。上級職だしやっぱり話題になったのか。
「いや、実は戻ってきてから人探しで少しギルドの冒険者の資料を見せてもらってるんですが、その中にこのジョブの人を見つけたんです。でも、上級職なのに何故かランクがアイアンだったので不思議だったんですよ」
俺が疑問を口にするとエルネストさんは「あー」と言って、何故だか気の毒そうな顔をした。他の面々も似た様な表情をしている。どうしたんだろう?
「そいつって確か行方不明になってる奴だろ?」
「えっ、はい、そうです」
俺が皆の反応に首を傾げていると、エルネストさんがそう聞いてきたので慌てて返事をする。
「そいつなら単純に仲間が出来なくて昇格試験の資格が得られなかっただけだな」
エルネストさんの言葉を引き継ぐ様にしてジルベールさんが理由を教えてくれたけど…えっ!そんな理由なのっ!?




