空振り
2020/9/12 改稿
「うーん…やっぱりこのリストには記載されてないか…」
俺は大移動発生前後の行方不明者リストを見ながら頭を抱える。名前から勇者候補の特定が難しいかもしれないという可能性に気付いた俺は、スギミヤさんの助言もあってギルド登録日と行方不明時のランクから勇者候補の特定を試みることにした。この方法は以前に俺が勇者候補の情報を集めようとした方法と同じだ。
通常ギルドのランクはパールへ昇格するのに3年、エメラルドに昇格するのに5年は掛かると言われている。俺たちのように数ヶ月でエメラルドまで昇格するなんてことは本来この世界では異例を通り越して異常なことなのだ。
しかし、少なくとも俺は自分の昇格スピードについて何かを指摘されたことはない。もちろん驚かれはする。だが、それはどちらかと言えば俺の年齢でエメラルドに達したことに対してで、彼らは『その若さですごい』という感覚しか持っていないように感じる。
(異常なことが起こってるはずなのに誰も言及してこないのは欠片の影響なのか、それともこの世界がどこかおかしいのか)
―閑話休題―
つまり俺たちのようにスピード出世している人間がいれば、勇者候補である可能性を疑ったほうがいいということではあるのだが…
「はぁぁぁ。しょうがない。二度手間になるだろうけど、一旦ランクを絞って抽出して登録日は別で調べるか。よし!とりあえずはパールからやってみよう」
一通り悩んだ俺は気持ちに諦めをつけるとリストの行方不明者からパールのランクだった冒険者を抜き出す作業を始めた。
なぜパールを選んだかといえば、これは単純に勇者候補であれば比較的簡単に昇格出来るからである。昇格の条件に護衛依頼があるため他者とのコミュニケーションが苦手な人物だと厳しいが、一般的な社交性さえあればそれほど苦労することなく昇格可能だと判断した。
「あれ?意外と少ない?」
そろそろ四つ目の鐘が鳴ろうかという時間だ。作業としては5時間程なのだが行方不明者のリストからパールの冒険者を抜き出す作業が終わってしまった。もちろん全リストから抽出した訳ではない。昨日と同じように行方不明者が増え始めた2ヶ月前と3ケ月前のリストからのみの抽出だ。
「この期間の行方不明者が全部で267人、そのうちパールは18人で7%弱か。まあ普通はそうだよな…」
掛かった時間に対して対象者の少なさに徒労感は否めない。
「はぁー。とりあえず受付で登録日を調べてもらえないか確認して昼に行くか…」
俺は溜息を吐くと作ったばかりのリストを持って席を立った。
「あれ?ニシダさん調べ物は終わられたんですか?」
俺が受付フロアに出ると朝のおじさんに声を掛けられた。
「いえ、ちょっとお昼を食べてこようと思いまして」
俺の言葉におじさんは納得したように頷く。
「ああ、なるほど。あれ?その手に持ってる物は何ですか?」
「これですか?一応リストの中から探してる人物に近い条件の人を抜き出してリストにしてみたんですよ」
俺は手に持ったリストをおじさんに見せる。おじさんは「拝見します」と言って俺からリストを受け取ると、「ふむふむ」と頷きながら上から目を通している様だった。視線が上から下へと動く。
おじさんはリストに一通り目を通すと「お返しします」と言ってこちらにリストを差し出してきた。俺はそれを手で制す。おじさんが不思議そうな顔をする。
「そのリストのことで少しお願いがあるんですがいいですか?」
「ええ、構いませんよ。どういったことでしょう?」
おじさんは俺に返そうとしたリストを一旦自分の手元へ引っ込める。
「実はそのリストに書いた人たちの冒険者ギルドへの登録時期を知りたいんですけど教えてもらうことは可能ですか?」
「申し訳ないんですがそういった情報を開示するのは…」
おじさんは申し訳無さそうに眉をハの字にする。この世界にも一応は個人情報保護みたいなルールがあるのか…。刑罰の考え方に対してアンバランスな気もするが、そういう反応がある可能も考えていた俺は別の方法をお願いしてみる。
「そうですか…。いえ、こちらこそ無理をお願いして申し訳ありません。ちなみになんですが、直近―そうですね、この半年くらいで登録した方がいるかいないかだけでも教えてもらうのは難しいでしょうか?」
俺が改めて切り出すとおじさんは少し悩む素振りを見せた。
「そのくらいなら。でも、この方たちって皆さんパールですよね?普通はいませんよ?」
「それは分かってはいるんですが短期間で昇格されてる可能性がある方でして…」
OKの返事に俺は内心ガッツポーズをしながら、それを悟られない様におじさんの質問を愛想笑いで誤魔化す。おじさんも特にそれ以上は興味がないのか「分かりました」と言うとリストを脇へ置いた。
おじさんから「人数も少ないので戻ってくることには終わってると思います」と言われる。俺はお昼から戻ったら再度受付に寄ることを伝えると一旦ギルドを出た。
「おかえりなさい。調べておきましたよ」
俺が昼食から戻ってくると早速受付でおじさんに声を掛けられた。礼を言ってリストを受け取りすぐに目を通す。
「結論を言えばリストに載っている方でやはり伺った期間で新規に登録された方はいませんでしたね」
「そうですか…」
おじさんの話に返事をしながらリストを確認すると、それぞれの名前の横に小さく『×』が書かれていた。恐らく該当者ではないという意味なのだろう。俺は全ての名前の横に『×』が付いていたのを確認するとリストから顔を上げ、おじさんに礼を言ってフロアを後にした。
「はぁぁぁ。これで振り出しか」
書庫に戻るとリストをテーブルに投げ出して、背もたれに倒れ掛かる様にして椅子にドカッと腰を下ろした。口からは溜息が漏れる。
さて、どうしたものか…
このままパールより上のランクを調べてみることは出来る。ただ、果たして短い期間でそこまでランクを上げることは可能だろうか?
(そもそもこの世界に来た時期が俺たちよりもっと早かったとか?でも、そんな人がクリーチャーに殺されるか?)
大移動が発覚する前であれば分からなくもないのだが、平時の森でそんなミスを犯すような人間が簡単にエメラルド以上に昇格出来るだろうか?
(簡単に昇格出来たから油断したとか?)
そういった可能性も無くはないだろうがどうもしっくりこない。考えがまとまらないままなんとなく手近なリストを手に取ってぼんやりと眺める。
「あれ?これジョブなんかも書いてあったのか」
今まで日付とランクと名前しか気にしてなかったで気付かなかったが、リストをよく見れば所属パーティー名やジョブの記載もされていた。
「うわっ!この人なんて魔法騎士だ!上級職でも犠牲になるのか…」
上級職とはジョブを習熟することで発現することがある上位のジョブのことだ。この魔法騎士のように複数のジョブが組み合わさって発現するものもあれば、一つのジョブを突き詰めることで発現するケースも存在する。今のところ詳しい発現のメカニズムは分かっていないと言われている。
「ん?なんだこれ?」
完全に行き詰ったこともあって行方不明者のジョブを見ていたところ、あまり聞いたことのないジョブを見つけた。
「付与騎士…?付与って言うくらいだから、たぶん自前で装備に魔法効果を付与出来るんだろうけど珍しいジョブだな…えっ?アイアンッ!?なんで…?」
珍しいジョブ持ちなので高ランク冒険者だと思ったのだが、その行方不明者は何故かランクがアイアンだった。
―コンコン―
「あっ、はいっ!」
俺がその人物の名前や所属パーティーを確認しようとしたとき、入り口がノックされた。慌てて返事をする。
「調べ物をされているところ申し訳ありません」
扉を開けて入ってきたのは受付のおじさんとは別の男性だった。彼は入ってくるなりペコリと頭を下げる。
「構いません。どうしたんですか?」
特に俺の方では用事がないのでどうしたんだろうと首を傾げる。
「蒼月の雫と夢幻の爪牙の皆さんから伝言をお預かりしたのですが…」
男性はやや言い出しづらそうな顔にそう切り出した。
「っ!?本当ですかっ!すぐ教えてくださいっ!!」
男性の言葉に俺は飛び上がると、そのまま男性に詰め寄る。
「は、はいっ!あ、明日の朝なら、両パーティーとも時間が、と、取れるそうです」
どうやら男性を驚かせてしまったようで、彼はしどろもどろになりながらも伝言を伝えてくれた。
「あ、すみませんっ!」
俺は慌てて男性から少し距離を取って頭を下げると、両パーティーに了承と伝えてもらうようお願いする。
「今日はこれで帰りますっ!すぐ片付けをしてしまうのでちょっと待っていてくださいっ!!」
両パーティーへの謝罪にはスギミヤさんも同席してもらう予定なのですぐに明日のことを伝えなければならない。俺は急いで片付けを始める。
「あ、そうだ!一応メモっておこう」
片付けている途中で先ほど気になったレアジョブの持ち主の詳細を念のためメモした。アイアンだと勇者候補の可能性は低い気もするのだが、珍しいジョブや上級職の人物というのはアプローチとしてはありな気がする。
「よし、と。すみません!お待たせしました!」
メモを取って懐にしまうと俺は待たせていた男性に声を掛けた。恐縮する男性に礼を言って俺は宿に帰るべく足早に書庫を後にした。




