大移動の思わぬ影響
2020/9/12 改稿
翌日、俺は皆より早くに朝食を済ませるとギルドに訪れた。時間的に朝の受付で込み合っているかと思ったのだが、入り口から覗いてみたフロアは思っていたよりも人が少なかった。もちろん平時に比べれば人は多いのだが、受付ではなく何故か買取表を確認している人が多い。
その様子に首を傾げながら俺は空いている受付へと向かった。
「おはようございます」
「ああ、ニシダさんおはようございます!本日はどういったご用件で?」
俺が声を掛けたのはいつものおばさんではなくおじさんの受付だった。
「ええと、昨日から調べ物で職員用の書庫をお借りしてるんですが、今日もお願い出来ますか?」
俺が用件を伝えるとおじさんはがさごそと手元のメモを確認し始めたが、すぐに目的の物を見つけたのか「ああ、この件ですね。聞いてます」と言って頷いた。
「では、すぐにご案内しますか?」
「あっ、その前に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「構いませんよ」
「あの、皆さんどうして受付ではなく買取表を眺めてるんですか?」
俺はそう言いながら買取カウンターの方を指差す。そちらを見たおじさんが「ああ」と何やら納得した様な顔をした。
「普段は見ない光景ですもんね。あれは大移動が起こっているからなんですよ」
「大移動だから?」
俺はおじさんの言っていることがいまいちピンと来なくてもう一度買い取りカウンターの方を見る。よく見れば皆、熱心にメモを取っている。だが、それだけで何のことだかさっぱり分からない。
「えーと、どういうことなんでしょう?」
いくら考えても大移動と買取表が結びつかず、ついに俺はギブアップとばかりにおじさんに聞くことにした。
「ははは、まあ普通は分かりませんよね」
おじさんは軽く笑うと説明を始めた。
「大移動は冒険者にとって買取だけで十分に稼げるんです。普段は森の奥に入らないと出会わないようなクリーチャーが森の外で狩れたりしますから低ランク冒険者には一攫千金のチャンスでもあります。その分、危険も多いですけどね」
ふむ、そう言われれば確かにそうだ。もちろん大移動なので捌き切れないほどのクリーチャーが押し寄せてきたり、相手が希少種ならそもそも実力不足で勝てないという危険性はあるが、狩れれば一気に大金を手に出来るチャンスとも言える訳だ。
おじさんの説明を自分なりに咀嚼しながら、俺は理解したことを示す様に頷く。それを確認したおじさんが話を続ける。
「そうして狩られた希少なクリーチャーをギルドが買い取る訳ですが、その数があまりに多ければ当然値崩れが起こります。今はほぼ毎日買取価格に変動が起こるため、皆さんああして毎朝その日の買取価格をチェックしてる、という訳です」
そう言っておじさんは再度視線を買取カウンターへと移す。
なるほど。確かに古い情報で高額だと思っていた獲物が実際の買取段階になって安くなっていたら困るだろう。倒す際に使った道具や薬のことを考えると下手をすると赤字、なんてことも有り得る訳だ。
そこまで考えて、俺はそれだと困ることがあるのではないかと気付いた。俺は後ろにある掲示板へ視線を向ける。そこにはたくさんの依頼書が貼られている。
確かに冒険者は買取で稼ぐことが出来るかもしれない。だが、それでは依頼が消化されずギルドとしては困ったことになるのではないだろうか?俺がそのことをおじさんに聞いてみたところ、おじさんからは「それがそうでもないんですよ」と意外な答えが返ってきた。
「えっ!どうしてですか?」
予想外の答えに俺は思わずカウンターに前のめりになる。おじさんはそんな俺に驚いた様な顔をするが、その表情はすぐに苦笑いに変わった。
「ちゃんとそちらも確認してるから、というのは当然なんですが、そもそもこの状況で討伐や護衛の依頼を出す人が少ないんですよ。大移動の中を移動するのはよっぽど特別な事情がある人だけで、普通は街からの移動を控えます。討伐依頼も普段は手に入らない素材のために出すことが殆どで、依頼を出さなくても入手出来るならギルドから仕入れますからね」
おじさんは最後に「むしろ依頼の手数料が掛からない分、経費が浮いて喜ばれます」と冗談だか本当なんだか分からないことを言った。
「でも、それだと採集系の依頼はどうなるんですか?」
クリーチャーの素材はそれで賄えるが、薬草やその他の植物・鉱物系の素材はどうなのだろう?俺たちも最初にハルヴォニで依頼を選んだときはそういった依頼を狙って選んでいたし、やはり不足してしまうのではないだろうか?
俺がそのことを訊ねると、おじさんはあっさり「指名依頼になりますね」と答えた。
「えっ、指名依頼になるんですか?」
「はい。とくに今は森に入ることが制限されていますので、ギルドで依頼の優先度を決めて高ランク冒険者の方々に持ち回りでお願いしています。こればかりはギルドに所属している義務として報酬は度外視してもらっています」
そういうことになるのか…。まあ移動制限に近い状況では仕方ないのだろう。そう考えると処分が決まるまで実質謹慎のような状況の俺たちは更に迷惑を掛けてしまっているのかもしれない。
「あっ、お仕事中に長々とすみませんでした。書庫への案内をお願いしてもいいでしょうか?」
俺は申し訳ない気持ちになりながらおじさんに告げる。おじさんは「構いませんよ。仕事の話みたいなものですから」と、とくに気にする様子もなく席を立つと奥へと歩き始めた。俺も続いて受付を後にする。
おじさんは俺を書庫へと案内すると、「帰るときには声を掛けてください」と言って受付へと戻っていった。俺はまた埃とインクと古い紙の臭いが充満する部屋に入ると、昨日と同じこの部屋で唯一座るこの出来る椅子に座って木箱からリストを取り出し始める。
「あっ!そうか。昨日スギミヤさんに言われたことを確認しないと…」
昨日の夜、スギミヤさんから話のあった、登録期間にランクが見合っていない冒険者のリストアップをしないといけない。つまり昨日の昼間に確認したリストももう一度調べ直さないといけないのだ。
「はぁー」
先ほどのおじさんとの会話のこともありつい溜息が漏れる。
「うじうじ考えててもしょうがない。やるぞっ!」
俺は両手で自分の頬を叩くと気合いを入れ直してリストを手に取った。




