帰還と報告
2020/9/11 改稿
「やっと戻ってきましたね」
猫耳族の野営地から歩くこと半日、遠くに見えたハルヴォニの外壁に思わず立ち止まった俺は安堵の声を漏らした。滞在期間は短いとはいえ、ここ数日の出来事があまりに濃かったせいで実際よりも長い間人がいる場所から離れていたような気がして、漸く見えた人の営みを連想させる光景にそんな声が出てしまったのだ。
「ああ…」
言葉数こそ少ないもののスギミヤさんの顔にも安堵の色が見える。何よりスギミヤさんからしてみればエリーゼちゃんのことが心配だろう。
「もうすぐ会えますよ」
俺は小さく呟くと逸る気持ちに押されるようにしてまた歩き始めた。
「やっと戻ってきた―ってなんだか空気が重いですね…。門の前も物々しかったですし…」
「そうだな…。恐らく蒼月の雫と夢幻の双牙が持ち帰った情報の影響だろう」
入場手続きを終え、3日ぶりに街に入った俺はその雰囲気に驚く。街自体の景色が変わった訳ではないが、門の警備は増強され、道行く人々もどこか重たい雰囲気を纏っていた。スギミヤさんの言うように俺たちと森に入った2組から大移動の情報が伝えられたからなのだろう。
(次は必ず護る!)
俺はポケットに仕舞った物を密かに握り締める。そこにはあのとき回収した俺が助けられなかった冒険者たちのギルドプレートが入っていた。
「それでこれからどうしますか?ギルドへの報告は俺が行きますから、スギミヤさんは先に宿に戻ってもらってもいいですよ?」
「気遣いは無用だ。それに俺たちは一応別々に依頼を受けたことになっているんだから俺が報告に行かないのは拙いだろう」
そう言うとスギミヤさんはさっさとギルドのほうへ歩き出してしまった。
(素直じゃないなぁ)
「おっと、やべっ!ちょ、ちょっと待ってくださいよっ!スギミヤさんっ!!」
心の中で苦笑していた俺だったが、スギミヤさんがこちらを振り返ることなくスタスタと歩いていくので慌てて後を追い掛けた。
「申し訳ないが副ギルド長に取り次ぎ願えないだろうか?」
「いらっしゃいま―スギミヤさんっ!ニシダさんっ!ご無事だったんですねっ!!」
「えっ!?あのっ!ちょっ!!」
「おいっ!どうしたっ!!」「なんだっ!?なんだっ!?」「ついにクリーチャーが来たのかっ!」「ん?あれってもしかして―」
閑散としたギルドに受付のおばさんの声が響く。俺はその声の大きさに慌てるが時すでに遅し、声を聞いたギルド職員たちが何事かと次々奥から飛び出してきた。フロアが一気に騒がしくなる。
「ああっ!ご無事だったんですねっ!今まででどちらにいらしたんですか?戻ってこられたのならもっと早くギルドに顔を出して頂けたら、って私ったら嫌だわ!そんなことより報告が先ですよねっ!」
「いや、あの、ええとですね―。」
「これは一体何の騒ぎなんですか?」
俺が騒がしくなったフロアに負けないほどの勢いで次々と話し掛けてくるおばさんの対応に四苦八苦していると奥からそんな声が聞こえてきた。
「いや、これは…」「ええと…」「う、受付っ!」「そう!受付から急に大きな声が聞こえてきまして、その、それで…」
「受付?受付がどうしたんですか?ってあなたたちはっ!?」
騒がしかった職員たちが口々にそんな言い訳を始める。その言葉に困惑気味に応じた声の主がこちらに近付いてきた。そうして受付が見える位置まで来た声の主、副ギルド長カルヴァ・アルヴォネンは俺たちの顔を見ると固まった。それに合わせるかのように職員たちの視線も俺たちに集まってくる。
「ええと、その、ノブヒト・ニシダ及びレイジ・スギミヤ、ハルヴォニの森の調査依頼より只今戻りました」
俺は集まる視線に気まずいものを感じながら帰還を告げた。
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「………」
「………」
「………」
室内を何とも言えない沈黙が支配している。
あれから俺たちは漸く再起動した副ギルド長に、引き摺られるようにして別室へと連行された。それから数分、机を挟んで向かい合って席に着いた俺たちだったが、誰一人口を開かない。
俺たちの正面に座る副ギルド長は腕を組み、目を閉じたまま身動ぎ一つしない。隣に座るスギミヤさんも副ギルド長と全く同じ姿勢のまま動く気配がない。
「あ、あの…」
ついに沈黙に耐えかねた俺は恐る恐る副ギルド長へ話し掛けた。副ギルド長がゆっくりと目を開いてこちらを見る。
「失礼しました。少々今回の件について考えておりました。はぁぁぁ…正直私でも判断出来ませんので、お2人の処遇は後日改めて通達します」
彼はそこまで言うともう一度大きく溜息を吐いた。どうやらお咎めなしとはいかないらしい。
「やはり、何らかの処分が…?」
俺は副ギルド長の顔を窺うように聞いてみる。
「無しという訳にはいかないでしょうね。帰ってきた2組の報告では今回の合同調査依頼のリーダーはアルバン君だったんですよね?」
「はい…」
「そのリーダーの判断に反抗してのクリーチャーの群れへの無謀な突撃と撤退指示の拒否です。今回に限って言えばそれは依頼の中にある『日暮れまでのギルドへの報告』への違反、契約不履行にあたります。正直ギルドとしてもある程度厳しい処罰をしなければ示しがつかないんですよ」
副ギルド長は「困ったものです」と言うと再び腕を組む。
「……申し訳ありませんでした…」
俺はそれだけ搾り出すと副ギルド長へ頭を下げた。隣では同じようにスギミヤさんが頭を下げる気配がする。
「頭を上げてください。先ほども言いましたがこの件は今話しても結論が出ません。それよりも次の話をしましょう」
副ギルド長に言われて俺たちは顔を上げる。
「さて、蒼月の雫と夢幻の爪牙から報告は受けていますが、2組が撤退後に何があったのか報告してもらえますか?」
そう言われた俺たちは2組が撤退した後に何があったのか報告し始めた。3匹いた変異種のうちの1匹をスギミヤさんが討伐したことを報告したときには、
「っ!?それならば大移動はもうっ?」
と言ってさすがの副ギルド長を身を乗り出してきた。が、
「いや、俺が倒したのはあくまで3匹いた変異種の中でも小さな個体だ。大本であろう一番デカい奴には逃げられたから状況はそれほど変わっていないだろう」
「そう、ですか…」
副ギルド長はスギミヤさんの言葉を聞いて、副ギルド長は力なく椅子へと背を預けた。
「それではあなたたちは助けられた後は猫耳族の野営地に逗留していたということですか?」
「はい」
あらかたの説明を終えた俺たちに副ギルド長が確認してくる。彼は俺が頷くを確認すると「そうですか」と言って考え込んだ。
俺たちの説明にはもちろん勇者の欠片の話は含まれていない。これは帰る途中であらかじめ打ち合わせをしていた通りだ。
1つの勇者の欠片が複数へ分割される――その可能性が示された以上、現地人に欠片について話すことはほぼ不可能となった。
欠片の効果がどのようなものかは分からないが、変異種を見ても分かるように取り込んだモノを何らかの形で強化することだけは確かだ。どこまで細分化されるのかは不明だが、分割することで自我を保てる可能性も高い。
この話が広がってしまえば安易に力を求める者が徒党を組んで襲い掛かってくることは目に見えている、だけでない。欠片を集めることが困難になり、誕生した魔王を倒す方法がなくなるというこの世界からすれば最悪と言ってもいい未来が待っている。もちろんそれは俺たちが元の世界へ帰ることが出来なくなるということも意味しているのだ。
この世界のためにも、自分たちのためにも、俺たちはこの話を徹底的に伏せることにした。
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「……報告ありがとうございました。実際に戦ってみた感触を伺ってもいいですか?」
俺たちの報告を聞いて暫く考え込んでいた副ギルド長が口を開いた。
「そうですね…とにかく統率が取れています」
「統率…それは通常の人喰い蜥蜴にも言えることでは?」
俺の言葉にいまいちピンッときていない様子の副ギルド長は首を傾げる。
「いえ、全く別物だと思ってください。獣の群れではなく“人間の軍隊”だと思ってもらったほうがいいと思います」
「なっ!?そこまでなのですかっ!」
俺の言葉に副ギルド長が驚愕して目を見開く。
「ええ、とにかく奴――あのリーダーの変異種は知恵が回ります」
「知恵?クリーチャーが?」
「はい。先ほども話したように奴は状況を判断して援軍を呼んだり、こちらの狙いを読んで先回りをしたり、誘引や待ち伏せといった狡猾な手も使います。普通のクリーチャーだと思っていると犠牲が増えるだけです」
俺がそう言い切ると副ギルド長は「そうですか…」と呟いて暫し呆然としていた。
「あっ、私としたことが失礼しました。あまりに衝撃的なお話だったのでつい…」
暫くして再起動した彼はそう言って頭を下げる。
「いえ、今まででは考えられないことでしょうから」
「そうですね…。報告ありがとうございました。お2人の報告を元に今後の対応を協議したいと思います。私からは以上ですが、他に何かありますか?」
「あの…今の話と関係ないことでもいいでしょうか?」
「ん?それは構いませんが?」
副ギルド長から了承をもらい、俺は思い付いたことを頼んでみることにした。
「実は訳があって人を探すことになったんですが、大移動発生前後に行方不明になった冒険者の教えていただくことは可能ですか?」
俺は言いながらちらりとスギミヤさんの方を見る。彼は意外そうな顔をした後、俺がそんなことを言い出した理由が分かったのか納得する様に頷いた。俺は視線を副ギルド長へと戻す。
「別にそれは構いませんが、名前などを教えて頂ければこちらでお調べしますよ?」
副ギルド長はそう提案してくる。まあ当然と言えば当然の反応だろう。
「いえ、それが名前が分からなくて…。」
「名前が分からない?それでは名簿を見ても分からないのでは?」
俺の言葉に副ギルド長はこれまた当然と言える疑問を返してきた。
「名前を分からないのですが俺たちのようにこの辺りでは少し変わった名前だと思いますので、名簿を見せてもらえば確認出来ると思います」
やや苦しい言い訳だがここはこれでなんとか乗り切るしかない。
「はあ、まあいいでしょう。明日には確認出来るようにしておきます」
よし!やや釈然としない表情をしながらも副ギルド長は了承してくれた。これで人喰い蜥蜴に食われたであろう勇者候補を調べることが出来る!
俺は礼を言って副ギルド長に頭を下げた。
「そのくらいなら構いませんよ。他に何もなければ今日は帰ってもらって構いません」
「分かりました。ではこれで失礼しま――あっ!」
席を立ち掛けた俺はもう1つ大切なことを思い出した。
「まだ何かありましたか?」
首を傾げる副ギルド長の前に「これを」と言ってポケットから出した物を置く。
「ん?これは…っ!?」
「俺たち、いや、俺が助けられなかった冒険者のギルドプレートです。3つしか回収出来ず申し訳ありません…」
俺が彼の前に置いたのは回収した亡くなった冒険者たちのギルドプレートだった。
「……ありがとうございます…」
彼はそう言うと俺が置いたギルドプレートを握り締め、静かに目を閉じた。それを見た俺は「失礼します」と呟くと席を立った。
扉の前で待っていたスギミヤさんと2人で部屋を出ようとしたとき、
「ニシダさん、スギミヤさん」
副ギルド長に名前を呼ばれた。
「厳しいことも言いましたが、お2人が無事で本当に良かった。遅くなりましたがお帰りなさい」
そう言われた俺たちは振り返ってもう一度深々と頭を下げた。




