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『溺愛以外お断りです!』15



「………おかしいわ」


 扉を潜った先にメイドの姿はすでになかった。


 ガストラの運転手は変わらず門の前に待機しているから、車に乗ったわけでも無さそうだ。緑が茂る豊かな庭を見渡して私は目を凝らした。


「敷地の外に出たと思う?」

「分からない。だけど、塀の外は見張りが居る。それにそんなに速くこの庭を横切れるとは思わない」

「そうなると、」


 私たちは壁に固定された梯子を見上げる。

 白く塗られた壁を彼女は登ったのだろうか。


「どのみち俺たちが此処で二人して待っていても意味は無いだろうな。俺が梯子を登るから、君は戻って父にこのことを伝えてくれ」

「分かったわ……!」


 私は頷いて踵を返す。コーネリウス国王たちが待つ客間に向けて地面を蹴って走り出した。




「なんだって、敷地内に……!?」

「はい。すぐに捜索を命じてください。外に逃すわけにはいきません。彼女が私たちの視界から消えたということは、何か知られたくないことがあるという意味です」


「おい!すぐに門番に伝えてくれ…!不審な女の姿を見たら捕まえるんだ。誰も外には出すな……!」


 バタバタと衛兵たちが外へと駆けて行く。


 指示を出す国王の向こうで、私は呆然とした顔でこちらを見るグレイスの姿を見つけた。信じていた相手がこんな形で彼女を裏切るのは辛いこと。どんな言葉を掛けたら良いか分からずに、私はおもむろに小さな背中を抱き寄せようと手を伸ばした。


「ちょっと待って、」


 鋭い声が飛んで来る。

 その場で固まった私の前でグレイス・デ・ランタは小さなノートをポケットから取り出した。拍子には赤い万年筆が挟まっている。私はそのペンが、いつかの彼女の誕生日に自分が贈ったプレゼントであることを思い出した。


「今、インスピレーションが沸いたの。こんな劇的な展開って滅多にないわよね?」

「え?」

「自分の家は爆破されて、命の危機…!頼れるメイドが急に裏切り者の可能性を持って逃亡する。これは…これは……!!」

「………グレイス?」

「あぁ、アイデアの神様ってこういう時に舞い降りるのね。私はまだ見捨てられていなかったわ。ごめんなさい、ちょっと背中を貸してくれる?」


 私は黙ってグレイスに背中を見せる。

 服越しにノートが押し当てられ、彼女が何かをすごい勢いで書き殴る音が聞こえた。思わず小さな溜め息が漏れる。


「………貴女のこと、尊敬するわ」

「ありがとう。私もイメルダが好きよ」


 明るく笑ってグレイスは「自慢の友達だもの」と言う。

 私は心の中の硬いしこりが徐々に溶けていくような気がした。レナードが伝えてくれた言葉、グレイスやミレーネが見せてくれる優しさ。


 自分の中でそれらが少しずつ、形を結び始めていた。

 私が目指したい理想の姿を形作るために。




 その後、衛兵を引き連れて部屋に戻って来たレナードの後ろには両手を拘束されたデ・ランタ家のメイドが立っていた。先ほどまでの甲斐甲斐しい姿とは打って変わり、厳しい目付きで周囲に睨みを飛ばしている。


「黒百合会から派遣されて来たのか?」


 レナードの質問にメイドは答えない。

 床に唾を吐いたのを見てグレイスが短い悲鳴を上げた。


「グレイス嬢、君の家のメイドだが……こちらで預かっても良いかい?色々と聞きたいことがあるんだ」

「あ……ええ、もちろん…」


 デ・ランタ伯爵も娘の隣で大きく頷く。グレイスによく似た伯爵夫人は青白い顔で次女の肩を掴んで震えていた。


「父上、セイハム大公をすぐに呼んでください」

「そうだな。もう手配は掛けている」

「今回の件は僕が引き受けても?」

「あまりやり過ぎるなよ。アゴダは親戚だ」

「相手が犯罪者であってもそう言えますか?」


 ハッとしたようにコーネリウス国王は息を呑む。

 王妃の頭の上で彼女の小鳥が小さく鳴いた。



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