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48.退場



 シシーが張り詰めた声で叫んだ瞬間、私は過去の記憶を思い返していた。


 マルクスと私にそういった関係がなかったわけではない。だけど、マルクスはいつも望んでそうした行為を行わなかった。理由を聞いた時に彼は「子供が出来たらどうするんだ」とひどく恐れた様子で答えた。


 シシーは涙を流しながら愛おしそうに腹を撫でている。

 長い沈黙の後、レナードは扉の近くに控える衛兵を見た。



「実は……もう一人、重要参考人を呼んでいます」

「殿下!私を責め立てるのはもう止めてください!お腹の子供に何かあったら貴方はどうしてくれるのですか!?」

「そ…そうね、出来たものはしょうがないし……ドット公爵家としても跡取りは必要だもの…」


 力なくそう言うキーラは、それでも顔を上げない。


「その参考人は、最近重罪を犯しました。公爵令嬢に薬を飲ませて強姦未遂を犯したのです」

「………っひ、」

「夫人もお会いされたことがあるかもしれませんね。イメルダ、君さえ良ければこの場に呼んでも良いかな?」


 私は少し離れた先でこちらを窺うレナードを見た。

 エメラルドの瞳を見据えて、静かに頷く。


 それを確認した王子は参考人を部屋に連れて来るように命じた。再び開かれた扉から入って来た男は、何かに躓いたのかつんのめったように二、三歩進んで床に膝を突く。


「デリック大公子ではないか!」


 驚きを露わにしたのはベンジャミン・ドットだった。

 それはそうだろう。国王の従兄弟にあたる大公の息子が拘束具を着けられた姿で無様に倒れているのだから。



「デリックは昨日、あちらにいらっしゃるルシフォーン公爵家の令嬢に薬物を盛りました。医者の対応が遅ければ、命の危機にあったでしょう」

「………薬物…だと?」


 ベンジャミンはオウムのように言葉を繰り返す。


「はい。シシーお嬢様はよくご存知ですよね?」

「……あ… いえ、私は…」

「シシー!君が渡して来たんじゃないか!君は合法だと言っていた!ただの惚れ薬だって、飲めばイメルダは僕を好きになるって…!君が言ったのに……!」

「使ったのは貴方でしょう!?私のせいにしないで!」


 収拾のつかなくなった場を眺めて、国王は溜め息を吐いた。

 王は隣に座るフェリス王妃を見遣る。


 王妃はただ、穏やかな笑みを浮かべて、ことの成り行きを見守っていた。その片手は、膝の上で寝そべる小さな丸い子猫を撫でている。



「全員、死刑にしましょうか」


 コーネリウス国王が慌てて立ち上がったのを見て、フェリスは「冗談よ」と口元を押さえて笑った。


「ドット公爵家の資産の凍結、そしてドット商会の永久業務停止命令……貴方の従甥の処遇はレナードに任せるわ」

「そうだな。では、併せて爵位の剥奪も行う」

「ま…待ってください!平民になるということですか!?公爵家の私どもを、平民にまで落とすと…!?」

「ただの平民ではない」


 追い縋るベンジャミン・ドットを国王は一瞥する。

 温厚な国王の姿はそこにはなかった。


「ドット公爵家はラゴマリア王国を危機に貶める重大な犯罪を犯した。今も薬物による被害者は増え続けている。お前たちから差し押さえた資産は、被害者の救済に充てるつもりだ」

「………そんな……私は…何も、」

「知らなかったと言えるか?だとしたら、より重罪だな。子供の管理もろくに出来ていなかったのだから」

「………っ!」

「ドット公爵家は罪人として収容施設に檻送してくれ。刑の重さは後ほど専門家を交えて決定しよう」


 控えていた執務官にそう言い伝えて、コーネリウスはまだ座ったままの妻の元へと歩み寄る。


 取り乱す者、怒る者、涙を流す者。それぞれが多様な反応を示していたけれど、王妃だけは何も変わらない笑顔を見せていた。私は、昨日庭園で見かけた時のフェリス王妃の言葉を思い出す。


 事態を収めるために奔走するレナードと国王に対して、彼女は「待つ者の気持ちも考えてほしい」と言っていた。しかし、ただ大人しく待てるというのはフェリス王妃が二人を信用しているから。いつも穏やかに笑えるのは、(ひとえ)に彼女自身が如何なる時でも自分を保っているから。



「イメルダ……!貴女だって!貴女だって、涼しい顔は出来ないくせに!お兄様の見ていない場所で貴女は…!」


 兵士に取り押さえられて(もが)くシシーを見た。

 怒りに歪む顔を、私は眺める。


「シシー、私は犯罪に手を染めてはいないわ」

「………っ!」

「マルクスのことを愛してはいない。貴女に恨みもない。だけど、一つだけ私から質問をさせて」

「な…なによ!?」

「本当にマルクスの子供?」


 連行されて前を歩いていたマルクスが勢いよく振り返る。

 躍起になって私に掴み掛かろうとするシシーの叫び声が、開いた扉を抜けて廊下中に響いた。兵士に連れられて彼らが部屋を去り、重厚な扉が完全に閉まっても暫く、その声は消えなかった。



「……家へ帰ろうか、イメルダ」


 父親から声を掛けられるまで、私はぼうっとしていた。


 昔より皺の増えた手を取って席を立つ。

 眩しい太陽の下を黙って二人で車まで歩いた。




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