35.忘れ形見
総督府(メルダ王宮)の引き渡しを終え、アウエンバッハは五人にまで減ったスカル騎士団と千名の兵士を引き連れ、メルダ―チカナミ街道を南下していた。
馬に乗るスカル騎士団が先頭を行き、索敵能力と危険察知能力が高い騎士が、盗賊や魔物の襲撃を警戒していた。アウエンバッハと騎士は皆苦虫を嚙み潰したような顔つきだったが、歩く兵士や、馬車に乗るサミッツ元総督は、ほっとしたような晴れやかな顔つきだった。
魔の森にはさまれた狭く曲がりくねった隘路である。見通しは良くない。
が、道が直線になった所で、遠くの茂みから何かが飛び出てきた。
騎士は何も言わずに臨戦態勢をとり、行進を止めた。
目を凝らしてみると小さな少女だった。十四才くらいだろうか。ボロボロの防具を身に纏い、長い剣を背負っている。
女の子は街道を見て目を輝かせ、そしてアウエンバッハたちと目が合うと動きを止め、目から真珠のような涙を流して大泣きした。
「うわあああああああああああああああん!」
騎士たちは、魔物でもなく盗賊でもない意外な珍客に戸惑った。敵なら切り捨てる。だが、幼気な少女は? 騎士団長を見ると、彼もまたどうしたものかと考えているらしい。
「団長っ!!!! オーガが近づいてきます! 八刻の方角! 距離一町!」
索敵担当が大声を出す。アウエンバッハはすぐに後方の兵団に防御態勢を敷かせた。
「ハーゲン! あの子を保護しろ!」
「はっ!」
「他! 俺に続け!」
「はっ!」
騎士たちは馬を疾駆させ、あっという間に女の子を取り囲んだ。ハーゲンは目を白黒させる少女を馬にのせると、サミッツ侯爵の馬車の後ろまで距離をとった。
森から出て来たオーガは血だらけだった。右手には血の滴る大きな肉の塊を持っている。
オーガは馬で連れ去られる清宮を見て、怒りの表情で咆哮した。
「ほごごおおおおおおおおおおおをおおおおううう!!!!」
大気がびりびりと震え、木々が葉を散らし、大地の小石が音をたてた。後方で防御陣形をとっている兵士たちは震える手で剣を構える。
「攻撃っ!」
アウエンバッハが号令をかけると、騎士はすばやくオーガを取り囲み、同時に四方から襲い掛かった。
――
目を覚ますと、まわりは魔物と人間の死骸でいっぱいだった。
おで(俺)がだれで、何をしてきてきたんか、よぐ分かんねえ。
ただ怖くて怖くて走って逃げた。いくつも山を越えて川を飛び越えた。
体中に傷があって痛かった。左肩の後ろが動くたびにすんごく痛かった。
湖に着いて水面をのぞき込むと、おで(俺)の肩の後ろに、金色に光る剣が刺さってた。手を伸ばしたけど届かねえ。何度も頑張ったけど届かなくて、とても悲しくなった。
寝る場所がないか探していると、角が生えたイノシシがいたから、殴り殺して皮を剥いで半分たべた。
窪みのある岩壁を見つけたので、そこで寝る事にした。
すぐに瞼が重くなったけど、痛くてよく眠れなかった。
しばらくすると、肩に温かさを感じた。じわじわと体中が痺れて幸せな気持ちになった。
ひどかった痛みが消えたから、目を開けたら、小さな女の子が剣を上に掲げて見ていた。
この子が抜いてくれた。痛みを消してくれたと思った。
お礼に生肉をあげた。
友達になった。
あすかは料理を教えてくれた。釣りも教えてくれた。いろんな事を一緒にした。
とても楽しかった。ずっと一緒にいたいと思った。
あすかは人間を探すと言った。とても良くない気がした。危ない気がした。
ここにずっと一緒にいたかった。とめたけど駄目だった。
だから一緒に人間を探す旅にでた。
おでが、あすかを守る。
おではイノシシを見つけたから殴り殺して皮を剥いでいた。
そんとき、あすかは道を見つけて嬉しそうに駆けて行った。
まっでと言ったけど、あすかは先に行った。
おでは急いで皮を剥いて、生肉を持って追いかけた。
――
四人の騎士とオーガの戦いは、竜巻のように凄まじかった。
騎士の斬撃は、オーガの手に持つビッグボアの肉を豆腐のように斬り裂いたが、オーガの身体に当たっても、薄っすらと表面を切るだけ。
オーガは腕を振ると、凄まじい風圧が騎士を襲い、マントが破れて吹き飛ばされていく。騎士はその場で堪え、再び前進して攻撃を与える。
「やめて! お願い!」
清宮は必死に叫ぶ。
風圧や砂礫から守らんと彼女をマントに包んで抱きかかえる騎士は「もう、大丈夫だ。俺たちがやっつけてやる」と清宮を勇気づける。
「違うの! オーちゃんをいじめないで! オーちゃんは大丈夫だから!」
清宮は騎士の腕を振りほどこうとしたが、まったく動かない。清宮はファーライノ(毛サイ)を倒せるまでの力を得ていたはずだったが、騎士の指一本動かせなかった。
「放して! お願い!」
「大丈夫だから、大人しくしてくれ」
アウエンバッハは三人の騎士を指揮しつつ、確実に攻撃を加えていった。しかし、このオーガは砦攻略時のオーガとはレベルが格段に違った。特殊個体なのだろう。
アウエンバッハが首を落とさんと剣を薙いでも、五寸程度しか刃が入らない。大岩を穿つような刺突を繰り出しても、剣先の四分の一程度しか入らない。
それでいて、オーガは一撃必殺の拳を振り回す。あれに触れれば頑丈な城壁すら破壊されるだろう。掠っただけで鎧が破壊されて飛び散っていく。アウエンバッハでもただでは済まない。
騎士が手足の腱にダメージを蓄積させていく。それでも動きはまったく衰えがみられない。オーガは徐々に清宮に近寄ってくる。騎士たちは必死にそれを防ごうと攻撃を続けた。アウエンバッハは激を飛ばす。
「絶対に止めろ! 仲間を守れ! 少女を救え! 俺たちはスカル騎士団だ!」
「おおうっ!!」騎士が吶喊する。
清宮はみるみる血だらけになるオーガを見て泣き叫んだ。
「オーちゃん! 逃げて! お願い! 逃げてよお!」
「ふがすか……」
オーガは清宮に笑顔を向けた。
そのスキを見て三人の騎士が一斉に膝裏を斬りつけた。オーガは思わず膝をついた時、アウエンバッハの激しい打突がオーガの喉に突き刺さった。
「オーちゃああああああああん!」
アウエンバッハはさらに剣を押し込もうとしたが、それ以上入らず、引き抜こうとしたが、がっちり筋肉で噛まれて抜けない。その一瞬、オーガの拳がアウエンバッハに振り下ろされた。
死を覚悟したアウエンバッハだったが、拳は彼の頭上で止まった。
何が起こったのか理解は出来なかったが、そのスキは見逃さない。
アウエンバッハは、剣のクロスガードに掌底で打撃を加えた。凄まじい猛打を繰り返し、剣が釘のようにオーガの喉深くに飲み込まれ……、延髄をつらぬき……、そして、オーガは糸が切れたように仰向けに倒れ、砂埃を巻き上げた。
オーガの死を確認した騎士たちは鬨の声をあげた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うおおおおおおおおおおお!」遠巻きに警戒態勢を取っていた兵士も腕を空に突き上げた。
一方、友達を無惨に殺された清宮は泣きに泣いた。止めどなく涙が溢れ、呼吸が痙攣する。
清宮を保護した騎士ハーゲンは、彼女を馬から降ろすと優しく言った。
「もう大丈夫だ。安心しろ、泣くな……」
――私のせいだ。私が人間に会いたいって言ったから……、オーちゃんは手加減してた。人間を殺さないって約束を守ったんだ。何で死んじゃうの! 何で逃げなかったの! ばかあ! オーちゃんのばかあ! 私のばかあ!
「うわあああああああああああああああん!」
泣き続ける清宮に、ハーゲンはオロオロするばかりであった。
清宮が、知らない外国人に監禁された後、森の中に一人きりになったと聞いたアウエンバッハたち騎士たちは、彼女は盗賊に攫われたのだと同情した。出身地を聞いたが「トーキョー」とは何処か分からず、彼女をボトスに連れて行くことにした。
泣き続ける清宮に、アウエンバッハは清宮の持つバスターソードは騎士団の参謀リュッツエンの物だったと言った。あのオーガは数多の騎士や兵を殺した危険な魔物なのだ、そう説明したが、清宮の悲しみは癒えることはない。
清宮は友達を殺された恨みを騎士たちにぶつけることなく、ただただ自分を責め、オーガとの思い出に浸って泣き続けた。
「可哀そうに……」
「よく生きてこれたものだ……」
ボトスへの道中、幕舎。
スカル騎士団の騎士たちは近くに村の宿屋があるにもかかわらず、一般兵と同じように野営し、静かに酒を飲んでいた。
「壮絶だったろう……。あの子の恩寵レベルは三十を越えていたな……」
「あんな幼気な女の子が……」
「クソッタレ盗賊め……、許せん」騎士のひとりは拳を握りしめた。
「オーガが友達だって言ってたが……」
「子供の言う事だ……、年齢だって二十一だって言ってたろう」
「どう見たって十四前後……」
「可哀そうに、今まで、ろくなもん食ってなかったんだろうな」
「いや、魔の森でひとり……、暦が分からなけりゃ、年だって数えられんし、過酷な状況では、時間は早く感じられただろう」
「不憫すぎる……」
「……それにしても、あの子が殺されなかったのは奇跡だ、そして、俺たちも……」
アウエンバッハへの攻撃をやめたオーガを騎士たちは思いかえす。何故止めたのかは分からない。止めなかったら騎士団長は死んでいた。オーガは武器を使わなかった。もし棍棒や礫弾を使用していたら全滅もありえた。それほどの異常な個体であった。
本当に友達だったのでは?と脳裏をよぎる。
だが、オーガを殺したことに後悔はない。戦友の仇だ。たとえ親友であっても戦場でまみえたら殺し合うのが騎士であり兵士である。躊躇するものから死んで行く。戦争とはそういうもの。
「あの子の……、見たか?」
「……聖騎士と鑑定士だろう」
「二つって聞いたことあるか?」
「……」
迷宮の恩寵によるジョブは、普通は一つしか選べない。騎士たちは誰も聞いたことがなく、しばらく押し黙った。
「そういやリュッツエンも聖騎士だったな……」
「……」
「あの子がリュッツエンの剣を持って現れたってことは……」
「……因縁を感じざるを得ん。あの子はもともと鑑定士だったが、何らかの理由で、リュッツエンの剣とジョブを受け継いだ、と考えることもできる……」
「……」
騎士たちはリュッツエンを想い、静かに酒を飲み干す。
彼らは各々心の内で、戦友の忘れ形見を育てたいと思っていた。
スカル騎士団がボトスに到着した頃、アンソニーや剣崎は船旅を終え、再びラビリンセントラムに戻って来た。
彼らは女王の待つメルダ大使館へと向かい、門を入るや否や、ヴィルヘルミナ女王が館から駆けて出て来て、泣きそうな顔をしてアントニーの前に立った。
女王は、しばらく何も言えない。
何かを言おうとしても、上手く話せないようだった。
アンソニーは、自分の頭を撫でてから「ただいま」と言った。
女王は、ぎゅうッとアンソニーを抱きしめ、そして熱い口づけを長く交わした。
その傍ら、剣崎は黙って二人を睨みつけていた。(ビットオ外交官およびギルベイル護衛官視点)




