五十八話 アクアでの成果
俺達がアクアで目的を果たした帰りの道中。
帰りだから時間短縮の必要は無いんだけど、楽しんでいるのか暇なのか、ユキとクロが競争していた。
当然アリシア姉とニーナも短時間だけど一緒に走っている。君ら走るの好きだね~。
「今更だけど本当にドギュン=クルーガーの報復とかは大丈夫なんだよな?」
領主が教育するとは言っていたけど、あのチャラ男が言う事を聞くとは思えない。そもそも教育に失敗したからあんな性格に育ったわけだしな。
「ロア商会に影響がなければ、領主側の取り分で何をしようと自由ですから」
まぁたしかに塩の配分が決まっている以上は、それに手出しすることはあり得ないだろう。完全に契約違反になって、最悪アクアの取り分0にすることすら可能なのだ。
でもそれ以外にも復讐の方法なんていくらでもありそうだ。
「工場の管理をするらしいので『これ以上何かするようならアクアが大変なことになります~』って言ってきました~」
その言い方だとユキが従業員への指導中に何かされたらしいな。その時に力の差を見せつけて、二度と逆らえないレベルのトラウマを植え付けたんだろう。
だから俺達に被害が出ることはないらしい。
報復がない事で安心した俺は、ユキが話した内容が気になった。
「ユキって手加減できるんだな」
「当たり前じゃないですか~。
はは~ん。さては私の事をバカだと思ってますね~」
正解だよ。俺の脳内じゃユキと書いて、バカって変換されてるんだぞ。
パーティの時にも、久しぶりの対人戦で手加減出来ないかもって言ってたじゃないか。
「対戦した護衛さん達の魔術を見て、それを参考に手加減すれば完璧じゃないですか~。周囲に合わせるのが一番無難なんですよ~」
俺の予想に反してユキが正論を言ってきた。
クッ。ま、まさかユキから協調性を説かれるとは思わなかったよ・・・・間違いなくその通りなんだけどさ。
でもユキなら素手で殴るだけで人が飛ぶんだろ? うっかり手で扇いだら竜巻とか起きそうじゃん。
え? フィーネもユキも出来る? 今度人通りの多い場所で見てみたいな。主にスカートを履いてる女性が多い時に。
帰りは特にイベントもなくアクアを出て4日後、俺達はヨシュアに到着した。
「ヨシュアよ! 私は帰って来たー!」
「ルークどうしたの? 実はホームシックで早く帰りたかったの?」
母さんが心配そうな顔でこっちを見ている。
いやなんとなく、そんな気分だっただけです。ほら長期旅行から帰ってきたら成長した気がして変なテンションになるじゃん。
「ルークは早く休ませるとして。アリシアはアクアに行って何を学んだのかしら?」
いや、ホント大丈夫なんで・・・・一応、心は大人なんで。
ん? アリシア姉が学ぶ? 何の事だろうか。
「もちろん戦いの技術よっ!」
そう言えばアリシア姉とニーナがなんでついて来れたのか知らなかった。勉強のために学校を休んできたのか?
「元々学校は休みだった」
アリシア博士のニーナが教えてくれたけど、ヨシュア学校は今、夏休み真っ最中だったらしい。
収穫期の長期休み。通称『春休み』『夏休み』『秋休み』『冬休み』
春夏秋冬で収穫できる作物が違うので地域によって期間は違うけど、収穫期には休校にして平民や農民は仕事の手伝いをする。
積雪が多い地域なら冬休みが長く、山岳地帯なら秋休みが長い。雪の中や秋の山中でしか採れない作物も多いらしい。
貴族は長期休みを利用して観光したり、親戚を訪ねて勉強するらしい。
ヨシュア学校の夏休みは約3週間、アクアに行っていた期間とほぼ同じだ。
アリシア姉は夏の長期休暇を使ってアクアへ修学旅行と言う名の旅行をしたので、学んだことを今から披露するらしい。
修学旅行って実際は学ぶ事あまりないんだけどな。完全な旅行だろ? アレ。
しかしアリシア姉はしっかり実践で経験値を得てきたから披露できると言う。これで「何も学んでませんでした~。楽しんだだけで~す」とか言ったら二度と旅行させてもらえなくなるんだろうな。
「じゃあユキ、魔獣役やって」
「フッフッフ~、演技力には自信があるので、本物そっくりで拍手喝采ですよ~。
いいえ、恐怖のどん底を体験することになるかもしれませんね~」
いや。大根役者だって聞いてるぞ。
そんな訳でオルブライト家に帰って来たけど、休む間もなくアリシア姉とユキの寸劇が始まろうとしている。
フィーネが父さんに帰宅した事を知らせに行ったからいいか。
敷地内にある訓練場でアリシア姉とユキが対峙して、説明しながら魔術を放っていく。
「スカイフィッシュがこう来たら、火で一撃だったわね」
「ぎゃー」
キングオブ雑魚の異名を持つ魚を丸焼きにするアリシア姉。
体をビチビチさせて地面に倒れ込むユキ。
「シャーク系は口を開いて襲って来るから、そこに火を叩き込むっ!」
「しゃー」
捕食の瞬間が一番の攻撃チャンスとばかりに魔術を放つアリシア姉。
両手を広げてアリシア姉に近づくと同時に魔術で吹っ飛ばされて、また地面でビチビチするユキ。
「メタルフィッシュは素早くて固いから味方との連携が鍵ね」
「ぎょぎょー」
ニーナに立ってもらって前後で魔獣を挟むように立ちまわるアリシア姉。
アリシア姉に突進しては回避されて、やっぱり地面でビチビチし始めるユキ。
ユキは魔獣役としてアリシア姉に襲い掛かってるんだけど、シャドーボクシングと同じように仮想の敵を相手にすればいいんじゃないだろうか。
「・・・・・・なぁユキ必要か?」
「バカねっ! 私が魔術を使えないと寂しいじゃない!」
たしかにアリシア姉は全力で再現するために、魔術を放って魔獣役のユキを攻撃していた。
もちろんユキは全てを無力化させていてダメージは負ってないから、毎回地面に倒れるのは攻撃された魔獣を再現してるんだろう。
「シャークとか迫真の演技だったでしょう~?」
両手を上下に開いてシャークの口を表現してたけど、本当に『しゃー』って鳴くのか?
どうせなら得意の氷や水魔術を魔獣の形にしたらいいんじゃね?
「まぁ本人達が必要だって言うなら部外者の俺は黙ってるよ」
コッソリとフィーネが教えてくれたけど、アリシア姉の戦闘訓練にならないように気を使っていたらしい。フィーネやユキと戦うのはもっと成長してからだから、今はあれで良いんだとか。
その後もアリシア姉の『アクアで倒した魔獣の対処法講座』がしばらく続いた。
俺、風呂入ってきていいかな。って言いそうになった頃、ようやく全演目が終了した。
そんな大量に魔獣退治してたのか・・・・勝敗は半々だったみたいけど、本当に浅瀬に出没する全魔獣と戦ったんじゃないか?
俺は尊敬とか驚愕とは程遠い、呆れ果てた顔でアリシア姉とニーナを見ていた。
「ちゃんと学んだみたいね。合格よ!」
そんな俺とは違い、母さんは納得したらしい。
娘の演技から何かを感じ取ったのか、あるいは本当にアリシア姉達がしていた架空の魔獣戦が見えたのか、俺には到底理解できなかった。
「そうでしょ! 海の魔獣は完璧よ!」
「魚おいしかった」
「良かったですね~。私も協力した甲斐があります~」
アリシア姉とニーナとユキはずっと一緒に魔獣討伐してたからな。
ニーナはウェイトレスとして、調理方法や食べれる部分の勉強が出来たらしく「アクアに行って一回り成長した」と自慢している。
俺も何か変わったのかな?
フィーネの身体を目を瞑っても正確に描写できるようになったぐらいか。
温泉には一緒に入ってたし、普段も風呂を一緒に入るから出来るかな~と思って浜辺で砂像を作ってみたら余裕だった。
誰かに見られる前に潰したけど。




