五十四話 魔獣を知ろう
パーティの時間になり、俺達は領主ダン=クルーガー邸に集まっていた。
会場にはフィーネが言っていたように大勢の貴族、そして参加者の貴族以上に護衛が居た。1人の貴族に3人の護衛はついているだろうか。
何より目立つのは、わざわざ遠方からパーティに出席するために貴族が手配した空を高速移動できるワイバーンと、それを操る竜騎士だ。
「見て、ワイバーンよっ! 竜騎士様が居るわっ!! サ、サインとか貰っても失礼にならないかしら?」
彼らを見てからアリシア姉のテンションは天井知らずだ。遠くからワイバーンと騎士を眺めてギャーギャー騒いでいる。
そんなハイテンションな姉を落ち着かせるのを諦め、俺はふとした疑問が浮かんだのでフィーネに質問した。
「なぁ、ワイバーンも魔獣なんだろ? 言う事聞くのか?」
魔獣というのは凶暴で知能が低く、人類の敵だと認識していた。
「知能が高い魔獣も居るので、人と共存している魔獣も多いですよ」
他にも小さい頃から育てられた魔獣は言う事を聞くらしいし、野生の魔獣を調教する『テイマー』や『調教師』って職業もあると言う。
たしかに竜が売買されてたからクロと出会えたんだし、魔獣と共に生活するのは割と一般的みたいだ。
「なら強さはどうなんだ? ドラゴンなら従う理由はなさそうだけど」
人間がドラゴンを従えるって無理そうだ。レッドドラゴンが最強らしいし。
「たしかに人はワイバーンをドラゴンとして扱いますが、我々の間では『竜』なのですよ」
「氷の像で説明しましょうー!」
ユキがわかりやすく氷の彫像を作ってくれる。ビックリするほど精巧な作りのワイバーンやドラゴンがテーブルに置かれた。
ドラゴンは体内の魔石が強力な属性を持っているため魔力が高く強い。氷の像の内部が赤く光る・・・・凄いな。
竜は普通の魔獣と同じでほぼ無属性なので弱い。
古龍などの一部例外はあるが、竜は討伐難易度Bランク程度の強さなので討伐されるよりは人に従う道を選ぶ。
さらに飼われたワイバーンは、食事を貰える、自由に空を飛べる、結婚相手を見つけてくれる等の特典満載で結構充実した生活が保障される。
ドラゴンは平均的に強い、竜は最強種と最弱種の差が激しい、そして人類が知っている竜は弱いと言う。
「だから『竜騎士』って言う名前ですよ~。ドラゴン騎士って呼ばないじゃないですか~」
たしかに竜車とか言うもんな。ドラゴンの方が凄いんだな。
「なんですって!? 竜騎士様が弱いって言うの!?」
憧れの職業の人が弱いと言われては黙っている訳にいかないんだろうけど、竜騎士に憧れの眼差しを送っていたアシリア姉が驚愕すると同時に噛み付いてくる。
でもフィーネ達が同じ説明をもう一度すると、怒り狂っていたアリシア姉は徐々に落ち込んでいった。
「そ、そんな・・・・私、将来竜騎士になるか、冒険者になるかでずっと悩んでたのに」
アリシア姉の頭の中には『貴族子女』という事実は存在しないみたいだ。
まぁオルブライト家はレオ兄が継げば安泰だし、権力者との関係を深めるための政略結婚が必要なわけじゃないから問題ないだろう。
アリシア姉の人生だし、自由にしたらいいさ。
でもそんなショックを受けるほど竜騎士に入れ込んでたんだな。
「たしかに空を飛ぶってのは憧れるけど、何がそんなにいいの?」
サインを貰いたいほど好きな理由がわからない。
「だって竜騎士よっ!? まず名前がカッコイイじゃない!」
まぁ理解できる。竜とか騎士とかRPGなら最強の定番だし、響きも強そうだ。
「しかもワイバーンの相棒と一緒に空を自由に飛び回るのよ!」
それもわかるな。卵から育てた相棒と一緒ってのが魅かれるし、ワンチャン擬人化もありえる。あ、クロはオスだからしなくていい。
「さらに王国認可の正式な騎士よ!」
なるほど。厳しい試験を潜り抜けたエリートは人々の憧れだな。さぞモテる事だろう。
「なんと専用の武器を貰えるのよっ!!」
ふむ。アリシア姉が昔から憧れている炎の大剣を担いで、空から強襲して一薙ぎする光景が目に見えるな。
「最後に、空中戦とか憧れるじゃないっ!!!」
たしかに。こう、数匹のワイバーンの背中を飛び移りつつ剣で攻撃したり、ワイバーンに跨って旋回しながら高速で切り合うなんて憧れないわけがない。
アリシア姉の言い分は理解できた。
「でもワイバーンって弱いんだろ? やっぱり微妙じゃないか」
たぶん俺とアリシア姉が憧れる竜騎士の戦闘ってのはドラゴンじゃないと出来ない芸当なんだろうな。ワイバーンは移動しか出来なさそう。
「そうなの? 竜騎士って弱いの?」
「討伐難易度Bランクの魔獣なので弱い事はないですが・・・・」
「空を飛べる馬ぐらいの存在ですね~」
竜騎士という職業は、ワイバーンに人が乗ることで急旋回や体当たりが出来なくなって弱体化するので偵察と運送ぐらいしか出来ないらしい。
「憧れの竜騎士様がただの馬乗り配達屋・・・・私、やっぱり冒険者になるわ」
アリシア姉の将来なりたい職業が決定した。そして近年稀にみるテンションの落ち方をする。
「今度ワイバーンと戦ってみますか~? 野生なら結構強いですから~」
人に従う必要の無い野生のワイバーンは強く、人に育てられた温室育ちのワイバーンは弱い。
「・・・・うん、戦う」
落ち込んでいてもアリシア姉は変わらなった。むしろ自分の夢を壊したワイバーンを嬉々として討伐するだろう。
「それにしてもドラゴンと竜の定義って初めて聞いたわね。これアランに話しても良い?」
母さんが興味を示したのは魔獣に対する認識の方だった。娘の将来には触れない方向らしい。
「有名な事なので良いですよ~。それにしても人類って知らなかったんですね~?」
ユキにとってはそっちの方が驚きだったようだ。一般常識だと思っていたら誰も知らなかったんだから当然か。
「定期的に議論しているようですが、結局反論されて定義から外れるのですよ。
法律や定義には色々と利権が絡んでいるので、ドラゴンをレッドドラゴンだけにすると困る人達が居るのでしょう」
金の臭いがプンプンする嫌な裏社会だな。
「ちなみにフィーネ達が言うドラゴンって多いのか?」
レッドドラゴン以外にも居るんだろうか?
「多いですよ~。ダンジョンや大陸の深層には大抵居ますよね~」
「誰も立ち寄れない場所ならまず居ますね。好戦的ですが弱者は相手にしないので人類が平和に暮らせるのですよ」
人はアリやミジンコが勝手に繁殖してても興味を示さないのと同じか。
「それは聞かなかったことにするわね。どうせ証明できないし」
そして母さんが世界の真実から目を逸らそうとしている。
まぁドラゴン族で最弱と言われるレッドドラゴンに苦戦する人類だけど、それで平和なら良いじゃないか。
「公爵以上の地位に就くおつもりなら新種のドラゴンを王族への手土産にするべきでしょうが、現状維持を望むのなら聞かなかったことにするべきですね」
「やめてっ! 私は今の生活が気に入ってるの。公爵になるなんて絶対に御免よ」
俺の幸せな魔道具ライフのためにも絶対に止めてもらいたい。
「ちなみにドラゴンより強い魔獣って魔道具に使えたりしそう?」
ボスであるドラゴン以上の存在、つまり裏ボスが落とすアイテムに興味は引かれる。
「使えるとは思いますが、制御が難しいでしょう。以前ドラゴンを研究していた研究所で暴走が起きて都市が消し飛ぶという事件がありましたね」
「あ~。なんか大騒ぎしていた災害ってそれだったんですね~。たしかそれが原因でドラゴン研究が禁止になったんですよね~」
「最強と呼ばれているドラゴンの弱点でもわかれば、人類にとって大きな功績ですからね。無理な実験でもしたのでしょう」
はい。大人しく魔法陣の研究に勤しみます。絶対にドラゴンには手を出しません。
核実験施設を作りたいなんて思わない!
「ねえ! 最強の生物って何? 私が倒すべき相手はどんな魔獣!?」
アリシア姉が最強という言葉に食い付いてきた。
「あ、それは俺も興味ある。やっぱり古龍?」
会話には入ってこないけど、ニーナと母さんも興味ありそうに注目している。アルディア最強生物ってなんだろう?
「ん~。誰でしょうね?」
「相性もありますからね。一概に最強とは決められませんね」
フィーネ達が悩んでいる。戦い方によるだろうし、そりゃそうだ。
一応上位陣の戦力は拮抗しているみたいだな。
「じゃあ種族として強いのは?」
「「それなら竜ですね」」
2人が声を揃えて「間違いない」と宣言する。
「わかったわ! 竜を倒せばいいのねっ! クロも竜よね?」
やめてやれよ。クロは可愛いペットだろ。
「でも竜は弱いって言ってたろ。2人して即決する理由はなんだ?」
「古龍の戦闘力が桁違いな上に結構な数が居ますからね~。喧嘩を売ったら人類全滅ですよ~」
「世界中のダンジョン深層に稀に居るのですが俗世に興味がないらしく出てくる事はありません。しかし古龍を討伐したという話は聞いたことはないです」
俺達の居る大地の奥底にはとんでもない化け物が数多く居るらしい。
「古龍・・・・カッコイイ・・・・知り合いになって訓練してもらえないかしら?」
「そして機嫌を損ねて地上が滅ぶんですね~」
「「アリシア(姉)は絶対に関わらないで」」
俺と母さんが止める。
世界滅亡のカギを握ろうとするんじゃない。
「ルーク様だけは何としても私が守ります」
フィーネですら守るのが精一杯のレベルかよ。いや守れるフィーネが凄いのか?
まぁ一生出会うことはないはずだ。ユキの知り合いに居たり、しないよな? いや知りたくないから聞かないけど。
俺達が最強談義で盛り上がっていると領主様がやってきた。
「ようこそいらっしゃいました。何やら楽しそうに盛り上がっていますな。どのような話を?」
いえ、気にしないでください。世界滅亡の相談なんてしてません。
氷の像が残っていると「これはなんだ?」って質問されそうなので、証拠隠滅しようとテーブルの上を見ると、像は姿も形もなかった。領主の気配を察知したユキが消したんだろう。
「素晴らしいパーティだという話ですわ。息子と彼女にとっては初めてのパーティなので、このような場を設けていただいた侯爵様に感謝をしていたのです。ところで・・・・・・」
母さんが聞いたこともないような口調と声色で嘘を並べていく。主催者を喜ばせるための言葉が次から次へと、まぁ出るわ、出るわ。
(これが貴族パーティで鍛えられた話術か)
もちろん褒められたり、おだてられて上機嫌になる領主は最初の質問も忘れて、俺達を歓迎してくれた。
「いや~。そこまで喜んでいただけるとは、本当にこのパーティを開催して良かった。では早速、新事業の協力者を紹介しましょう」
いよいよ俺にとって初めてのパーティ(地獄)が始まる。




