三十五話 3匹の猫
起きたばかりの少女から話を聞く。
自分の治める土地の問題だったので、アランは聞かなければならなかった。
「傷は痛むかい? 良ければ詳しい話を聞かせてもらいたいんだ」
もちろん無理をさせるつもりは無いので、休息が必要なら出直すつもりだった。
「大丈夫」
しかし彼女はむしろ話したい様子だ。
フィーネが最初に会った時のようなトゲトゲしさが無くなっている。家族の命を救ってもらったことで味方と思ってくれたようだ。
彼女は生まれてからずっと別の街のスラムに住んでいて、親の顔も知らないと言う。
しかしスラム街が縮小されることになり、住む場所が無くなったので山で暮らしていた。その時に石化病で動けなくなっている母親とまだ小さい妹を見つけ、見捨てる事も出来ないので住処に連れ帰った。
が食料はすぐに無くなるので、何度も毒や食当たりで死にそうになりながら山で果物や雑草を採って生活していたと言う。
母親は娘を産んで直ぐ石化が発病して倒れたのだろう。
数年は生活出来たが、妹と一緒に食料調達していた時に魔獣が襲ってきて大ケガを負ってしまい、ヨシュアの街中に逃げて休息していたら老朽化していた住処が崩壊。
なんとか動けるようになり配給をもらいに行ってフィーネと出会ったと。
ギリギリの人生だ。
力のない子供が山の中で魔獣に襲われず数年生活できるとは思えない。
「奇跡的に魔獣に発見されなかったのかしら?」
「いえいえ~。体がボロボロだったので魔獣から襲われながら逃げただけですね~」
エリーナが疑問を口にするが、ユキが否定する。
「妹、腕無くなった」
本当に生きているのが不思議なぐらいの生活を送っていたようだ。
30分ほど彼女の壮絶な体験談を聞かされたルーク達。皆が何かを思いつめて静かになっていた。
「わかった。ありがとう、スラムはすぐに何とかしよう。ゆっくり休んでくれ」
「ここに居ていいの?」
「もちろんだ。動けるようになるまで休んでくれて構わないよ。仕事場も探そう」
ここで追い出すほど非情ではない。一生世話するわけにはいかないが、彼女の様子から数日で回復するだろう。
「それは無理ニャ」
突然隣のベッドから否定する言葉が放たれた。
母親が目を覚ました。
おそらく少女の話の途中から起きていたが、黙って聞いていたのだろう。
(猫人族だから語尾がニャなんだ・・・・・・不謹慎だけど感動だ)
治療が終わって頭を覆っていたフードが無くなって気が付いたのだが、彼女達3人とも猫人族だった。母親だけで少女の語尾は普通だったので必ずしも言うわけではなさそうだ。
「あら、目が覚めたのね。調子はどう?」
エリーナが心配そうに尋ねる。同じ母として思う所があるのだろう。
「助けてくれた事は感謝するニャ。でもアタシも娘も治らない病気で短い命ニャ」
「いえ完治していますよ。私と彼女が治療しました」
「イエーイ。治しました~」
母猫に現状を説明する。
やはり彼女も命を諦めていた。
それほど石化病は不治の病なのだろう。
娘は生まれた時から体が弱く、この世界では生きていけないと言う。
もちろん治療済みだ。むしろ身体能力は同年代の子供の中でもトップクラスになっている。
「ニャるほど、本当に治ったのニャ。ありがとうニャ」
彼女は涙を流しながらお礼を言う。3人でこれから楽しい人生を歩んでもらいたい。
「血の繋がりは無いけど、もう家族だろ? 一緒に頑張れよ」
「少しだけ覚えてるニャ。彼女がアタシと娘を世話してくれたニャ」
「放っておけなかった」
「これからもよろしくニャ。アタシは『リリ』ニャ」
「わたし、名前ない」
そう言えば少女の名前が無いままでは不便だな。
「娘も名前つけてニャいからお願いするニャ」
リリはそう言ってフィーネとユキの方を見た。
「私達ですか~? なんでですか~?」
「これから新しい人生にニャるからニャ。アタシの名前も決めていいニャ」
(いやリリはそのままで良いだろ。そして何故2人してこっちを見るんだ? 俺か? 俺に決めろってか?)
何故かフィーネ達がこちらを見ている。つられてリリ達も見てくる。
「本当に俺が決めていいのか? この件にあまり関わってないぞ」
「ルーク様の部下として雇おうと思っていますので是非」
そう言えばロア商会の従業員として雇う目的で少女を探してたのだ。ルークはスッカリ忘れていた。
「いや、でも彼女達が自分で決めた方が良いだろう。一生の問題なんだぞ?」
全員が譲り合うから言い争いに発展しそうだった。
他人の名前を決める覚悟はさすがに無い。
「ケンカしたらダメだよ!」
いきなり娘さんが跳ね起きて怒ってきた。
「意識が戻ったようですね。我々の騒ぎで起こしてしまったのでしょう」
フィーネが冷静に状況を説明する。もしかしたら起きている事に気づいていたのかもしれない。
「わたしはあなたに名前を付けて欲しいの。お姉ちゃんも一緒に」
ご指名を受けてしまった。姉も否定していないところを見ると異論はないようだ。
「なら娘さんは『ヒカリ』、君は『二ーナ』」
前世で飼っていた猫の名前だ。
自由奔放なニーナと皆のムードメーカーのヒカリ。彼女達にもそうなってもらいたい、という願いを込めて付けた。
「よろしくニャ、ニーナ」
おや? 『な』を普通に言えてる?
「あれ? ニャって言わないのか? ニーニャになるんじゃ」
「ニャ? あぁ言えない訳じゃないニャ、落ち着かないから『な』は『ニャ』になる事が多いだけニャ」
衝撃の事実だ。
猫人族は普通に意図的にニャ語尾に付けているっ!!
『な』が発音できないものだとばかり思っていた。でも言われてみればたしかに『名前』とか言っていた気がする。
獣大好きなケモナーとしては試したい。
いや試さずにはいられなかった。
「『斜めに並んだ鍋』って言ってみ」
まずは母猫リリだ。
「なニャめにニャらんだ鍋」
微妙に言えてない。でも可愛い。
汚れているからわからないけど3人とも相当可愛いかもしれない。
「斜めに並んだ鍋」
何故か対抗するようにニーナが言ってきた。会話に入りたかったのもしれない。
しかし・・・・・・。
「良いかニーナ。これからは自由に生きていいんだ、猫人族なら心のままにニャと言っていいんだ! ニャと付くのは恥ずかしい事じゃないっ! さぁ心のままにっ!!」
猫が喋るのにニャと言わないのはルークには許せなかった。
他の種族は構わないが、猫だけはニャと言うべきだ。絶対に譲れない。
「斜めに並んだ鍋」
ニーナはちょっと怒ったように同じ言葉を繰り返す。
まだ子供だからニャの発音が難しいのかもしれない。
「まぁ良い。感情を覚えたら自然と言えるようになるだろう。必要なのは猫になりきる心だ。
ヒカリは言えるかな?」
「ななめに並んだなべ」
舌っ足らずな発音でたどたどしく言う。
か~わ~い~い~。超絶可愛かった。
(俺と同い年ぐらいに見える。つまり今から教育すれば将来は猫っぽくなるかもしれない。語尾はニャ、天職は盗賊か短剣使いで、当然ツルペタのスレンダーボディだ。髪型は短髪で・・・・)
変態思考が止まらないルーク。
「ルーク、遊んでないで。
喋れるぐらいには回復してるみたいだし、また明日来るよ。今日はもう休んで良いよ」
父さんの言葉で解散になった。
(へそ出し、短パンルックは必須だよな。戦闘中に瞳孔が開いて能力が向上する『覚醒』状態になったり・・・・)
両親に部屋から連れ出されながら、ルークの妄想はいつまでも続いた。




