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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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19/19

人のような

 曲がり角を何度も曲がり、複雑な道を二人は進む。理由は、先程の鬼を撒くためだ。土地勘のある僕たちだからこその道であり、中には田んぼと田んぼの間を通るような細い道を通って、フェンスをよじ登って、ある時は大通りを素早く横断しながら二人は無言で走る。それから、ある程度距離を取った所で、例の川の上流にある洋館から離れていることに気がつくと、道を修正するように進むことにする。

 そしてたどり着いたのは、長い道路であった。広さは二車線程で、人一人が通れるぐらいの白線が道の脇に引かれてあるこの道は山を超えるために使うもので、この道を使うことで山の向こう側に簡単に行ける道だった。もちろん、この辺りにスーパーなどのお店は少なく、コンビニとガソリンスタンドが少しだけあり、他は殆どが民家である。またもう少し進めば、進行方向左手にゴルフのコースがある。

 もはや周りに先程の制服を着た鬼の気配はなく、また周りに僕たち以外には人や鬼のような生物の気配はないみたいだ。

 だから僕は心の底から安堵した。

 この町にいる鬼の数は未だに分からない。おそらく神宮凛子が何体か殺しているだろうが、ここに来るまでに数多くの鬼の姿を見た。一体一体姿形が違い、特性も違うような鬼達を。これまでの鬼は全て力こそは人を遥かに超えていたものの、足の速さは亀のようであり、どれも逃げ出すのは簡単だった。この町のどこかに足の早い鬼がいることを想像すると、僕は発狂したくなる。


「……どうやら、この町には僕達以外の人もいるみたいだね」


 最も、その一人は先程死んでいたのだが。


「うん。でもあの……男子は、私達の高校だよね? 秋空君はあの男子のことを知っているの?」


 向日葵さんは、喰われた男子生徒とは言わなかった。言えなかったのだろう。

 その気持ちはよく分かる。何故なら人を死んだ場面を見るのは本日で二度目なのだ。あの時の衝撃はたとえ二度目であっても変わらない。体の芯から震え、思考は止まり、感情が黒く塗りつぶされる。

 気を抜けば、両手で体を押さえなければならないほど僕は体が震えていた。

向日葵さんの顔色が悪いのはきっと、今まで走り続けてきたのが理由ではないと思う。


「……名前は知らないけど、顔は見たことがあるよ。この前、黒点橋を神宮さんに案内した時に着いてきた男子の一人だよ。どうやら神宮さんを追ってオレンジの霧の中に入った後、行方不明になっていたみたいだけどここに来ていたみたいだね」


 つまりは世間では僕たちも行方不明になっているとは言えなかった。


「それって、あの時に橋を通った人は全員ここに来たってっことかな?」


「……どうなのかな? もしも全員が来たのなら行方不明者が少なすぎると思うけどな。そもそも車に乗っている人は一人もいなければ、橋を通った男子生徒はもっといたと思うよ。だからオレンジの霧を通ってたまたまここに紛れ込んだのが僕達だと思うんだ」


 今話していることがどこまで合っているかについて自信はないけど、大きくは外れてないと思っている。


「そうなのかも知れないね」


 向日葵さんの返事はどこか他人事だった。諦観しているのかも知れない。


「うん……」


「ねえ、秋空君――」


 向日葵さんは青くなった唇で言った。


「何……?」


「私ね、思ったことがあるの。先程の鬼を見て思ったこと。あの鬼は確かに私達と同じ制服を着た男子生徒を食べていたけど、その食べている鬼も――制服を着ていた。血まみれだったけど、あの胸元にあるものは私達と確かに一緒だったと思う」


「……」


 僕は向日葵さんに何も言えなかった。

 何故なら同じ考えを、その前に見た鬼で想像してしまったからだ。

 どうやら向日葵さんも僕と同じ考えに達し、その事実に大きなショックを受けているようだ。


「ねえ、あの鬼って元々は――人なのかな? 私達と同じ人なのかな? 元々人だった〝モノ〟が、人を食べているのかな? ねえ、秋空君はどう思う? あれは人だと思う? 人だったと思う?」


 まくし立てるように向日葵さんは言う。

 どうやら気づいてしまった事に、頭の整理が追いついていないようだ。声は大きくなり、目を大きく見開いて僕の肩を掴んで、不安そうな眼で僕の目を覗き込んでくる。


「……確かに僕も同じことを考えた。だが、あれが人かどうかは、やっぱり確信が持てないよ。そもそも人はあのような姿になるの? と思うんだ。特殊メイクならまだしも、あれは明らかに異形のものだ。そもそも僕は人を引き裂いて食べる怪物を、人だったとは思いたくない」


 自分の考えを告げた。


「……そうだよね。でも、私は――」


 向日葵さんの声はそこで終わった。何故なら全てを言い終えるより先に、目の前の小さな影が大きくなったからだ。それは山に沈む夕日に浮かぶ小さな黒点であり、それは微かに揺れ動きながら徐々に大きくなる。最初はそれを気にも止めていなかったが、徐々に大きくなるに連れ、その正体が分かるに連れて、僕は背中に不快な汗をかいたからだ。

 道を降りてきたのは一体の鬼だった。

 その鬼は地面に赤い血の尾を引きながら山から降りてきた。のそのそと片足を引きずりながら歩いている。その鬼が歩いてきた道には赤い線が引っ張ってある。どうやらこれより先の山から真っ直ぐ鬼は降りてきたようだ。

 その鬼の袖から伸びる手や素足から見える体表はやはり赤黒い。最初に会った鬼と同じように、皮膚がカエルのようにぬめったい。そこからまだ血が数多く滲んでいるようで、そこから出た血がどうやら地面まで垂れ出ているようだ。また頭に生えている角は目の前の鬼にも健在だ。だがその角も生えたてなのか、他の鬼と比べるとどこか短かった。

 そして、その鬼の何よりも特徴的なのが――顔だ。その鬼には他の鬼にあるような大きく発達した犬歯も、黒く塗りつぶされた瞳もなく、皮膚が赤いことを除けば明らかに人の顔であった。それも――僕の知り合いの顔だ。


「灰崎慎吾君――」


 僕は目の前の鬼の名を呟いた。

 うっすらとであるが、彼の名残は残っている。サッカーの練習中につけたと聞いた右目の上の傷もそうだが、中学校で二年も一緒だったクラスメイトの顔を見間違うことなんてありえないだろう。鋭い一重。平べったい花。薄い唇。痩せこけた頬。そのどれもが中学校の懐かしい記憶を蘇らせる。

 どうしてそんな姿になったのか?

 久しぶりに会うクラスメイトに大きな疑問と、悲しみが頭に生まれた。


「灰崎君――」


 向日葵さんもどうやら灰崎君のことは知っているようだ。

 それもそうだろう。何故なら向日葵さんも同じ学校出身だからだ。灰崎君はクラス内でも人気者の一人であり、中学生の頃はとても目立っていた。だから顔はクラス内の日陰者であった僕でも知っているぐらいの。


「うぅ――」


 灰崎君は、僕たちをゆっくりと見渡した。

 どうやら最早灰崎君は人の言葉を発言できないようで、人から変体した喉からは獣の、いやそれ以下の呻き声しか出なかった。だが、その声に悲壮感はない。むしろ獲物としての僕たちに出会ったことに喜んでいるのか、深く唸りながらゆっくりと近づいてくる。

 それを見て、僕は思わず身構えた。

 確かに灰崎君は僕の元クラスメイトであり、知人でもあるが、その姿は鬼に近い。鬼の暴虐に満ちた行動と、人を喰らうという残虐性を何度も目にしている。だから例え目の前の者が知人であっても、その姿が限りなく鬼に似ている限り油断はしない。体勢を低く構えながらいつでも逃げ出せる準備をする。


「――灰崎君。君は〝人〟なのかな? それとも〝怪物〟なのかな?」


 僕は灰崎君に向かって聞いた。

 背中にはじめっとした嫌な汗をかいている。そもそも鬼らしき者と出会って、すぐに逃げ出さずにその場に留まったのは今回が初めてだ。本来なら今すぐにでも逃げ出したいが、目の前の者が何者かは今後の行く先を決める指標となるかも知れないので、大変興味があった。


「いぃう……」


 だけど、求めていた返事は返ってこなかった。

 口から出たのはやはり唸るような声。それは先程も思ったのだが、灰崎君の出した声は、人やこれまで聞いたあらゆる動物の泣き声とも違う。まるで地球の遥か下から聞こえる深い地響きのような、それでいて聞く度に身の毛がよだつ。本能的に人が嫌う声なのだろうか。


「ねえ、灰崎君……あなたには何があったの?」


 向日葵さんが震える唇で、出来るだけ優しく声をかけようとするが、灰崎君が出せる声はやはり先ほどと同じだった。


「いぃうぅ――」


 灰崎君は向日葵さんを見ると、口を大きく開いて嗤い、少しだけ尖った歯の隙間から涎をだらだらと流す。それから僕には目もくれずに、向日葵さんへと一心不乱に見つめた。彼女から目を離すことが一切ないまま、ゆっくりと近づく。

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