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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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14/19

伊集院君を殺した鬼とは別の鬼が線路を挟んでいた。その鬼は両腕を気だるそうに地面に向けながら鋭い眼光で辺りをきょろきょろとして歩いている。まるで何かを探しているように。

鬼は、まだ、僕たちを見つけていないようだが、見つかるのはおそらく時間の問題だ。それに二体も鬼がいるとすれば、三体目もいる可能性が高い。いや、もしかしたら四体目、五体目、もっと多数の〝鬼〟がいる可能性が高い。


「――おそらくもっといそうだね。そうなったら、生き残るのはおそらく難しそうだね。進んでも地獄。立ち止まっても地獄。だとすれば、ここにいるよりも霧の発生を止めれば、もしかしたらあの橋から出られるかもしれない。」


 この世界から出られない原因をオレンジの霧だろう。そう信じるしか、僕たちには残されていなかった。

霧さえ晴れれば、この世界から元の世界へ逃げ出せるのではないかと希望を持っている。


 それから僕たちは息を殺してまた別の〝鬼〟が来ないことを祈りながら、体力が粗方回復すると、そこの路地裏を注意しながら二人は出た。目的もなく逃げるより、ある程度目星をつけて歩くのは精神的に楽で、二人の足並みは先程よりも軽かった。淡い希望が持てたからだろうか。

川の上流に向かうには方法が二つあることを、お互いに聞かずともっ僕たち知っていた。


一つ目のルートはこのまま住宅地を抜けていく道だ。この道は車が一台、場所によっては二台ほどしか通れない複雑な道を進んでいくことになる。〝鬼〟の存在は気づきにくいが、その分見つかる可能性も低いだろう。また道に迷う可能性はあるだろうが、菊花も向日葵もこのあたりは隅々まで知り尽くしている。細い道も、行き止まりも。地の利としてはおそらくは、ある。


もう一つのルートは、川の河川敷を進む道だ。麻日川は川幅も長さも幽現市の中で最も大きい。昔は川の氾濫も数多くなったが、整備された今では少ない。また河川敷も広く、テニスコートが三つも並んでいるところもあるぐらいだ。

だが、河川敷を通ろうとは思わなかった。

 そこは、先程鬼が川底から這い上がってきた場所だ。それも只の川ではなく、血のように紅い川と、人を簡単に殺せる怪物がいる場所。そんな所に近づくほど、僕は正気を失っていなかった。


 僕は前後左右を必要以上に注意しながら進む。この辺りにマンションは少なく、一軒家ばかりだ。どれもが比較的新しいのは、二十年ほど前はこのあたりは田んぼだらけだったからだろう。昔から川の氾濫も多いが、豊富な水を恵む麻日川の恩恵は、幽現市に豊満な作物を残した。だが、それらも土地開発によって近くに工場などの働き口が出来たので次第に採算が取れなくなり、多くは近くに出来たベアリング工場の従業員のために住宅が数多く建てられることになった。そのため木造の白や茶などの様々な家が複雑に並んでいる。

そのどれかに人がいればいいのだが、残念ながら人がいるような気配も無ければ、先程から動く物を見ることは一度もない。風も吹いていなかった。


「ねえ、何か聞こえない?」


最初、その音に僕は気づかなかった。

 だが、次第にぺたぺたと、まるで濡れた足が地面に張り付いて、また引き剥がされるような不可思議な音が聞こえる。それは一定間隔で聞こえ、段々と音が大きくなる。

 音を立ててはいけない。

 走って逃げる気はない。走った先に別の〝何か〟がいる危険性を考慮すると、ここはやはり近づいてくる何かをやり過ごすしかない。すぐに近くに隠れる場所を探すと、おあつらえ向きな公園がある事を思い出した、そこへ向日葵さんの手を引っ張って、出来るだけ足音を抑えながら急いだ。


 向かったのは、小さな公園だった。住宅地の合間にあり、あまり子どもたちも通らないような場所に、その公園はある。中にある遊具と言えば、鉄棒に、砂場、それに幾つかのベンチ、それとこの公園の目玉であるタコの形をした大型の滑り台だ。この遊具があるから、この公園は『タコ公園』と呼ばれている。触手や体内から幾つかのすべり台があり、その中は隠れやすく外からは見えにくいのに、外の様子はちゃんと分かる。


 その中に入って、足音がする方向を注目した。

 遠目でも分かるほどそれは赤く、現れたのはやはり例の〝鬼〟であった。個体としてはこれまでに会った二体とおそらく違うだろう。その目は血走っており、左腕に比べて右腕だけが異常に肥大しているのがその〝鬼〟の特徴であった。

 それはまるで獲物を探しているかのように、きょろきょろと辺りを見渡している。その足は遅く、ゆっくりと舐め回すように獲物を探していた。

 僕は鬼に対してやはりこれまでの鬼と同じように言いようのない背骨が震え上がるような恐怖を感じるが、それをおくびにも出さずにじっと鬼を観察する。ただ待つだけでは時間の無駄なので、何か鬼から逃げ切るための情報を少しでも得ようとしているのだ。

 だが、残念ながら鬼に気になる部分は見当たらなかった。

 鬼は獲物を探すかのようにゆっくりと歩いているだけであり、公園に入ろうともしない。公園の前の道路をゆっくりと進んでいるだけだった。

 何も得られない事は少し残念であったが、このまま鬼が通り過ぎれば幸運と言ったところだろう。

 しかし、からん、とまた別の音が鳴った。

 その音の出処は、僕ではなかった。もちろん向日葵さんでもない。タコ公園の中は依然として静かなままで、ましてや鬼からも何の音もしなかった。

 石を蹴るような音がしたのは、別の場所だ。タコの遊具の中からは見えない道のかどで、菊花の記憶ではそこにカーブミラーがあったと思う。

 その音の持ち主は悠然と鬼を追いかけるようにわざと足音をかつかつと鳴らしながら近づいた。それは人の形をしていた。鬼は人の姿を真似ているが肥大した右腕や角、それに体全体の太さや色など異形の姿をしているのに対し、現れた影は鬼と比べても小さく、まるで普通の人の姿をしていた。それにスカートらしき影がたなびいているので、おそらくは女性だとも分かる。だが、注目するのはそこではない。彼女の中で最も目を引くのは、スカートでもポニーテールにくくった髪でもなく、右手にもっている白銀に輝く刃。いわゆる――日本刀と呼ばれる代物についてであった。それは八十センチほども長さがあり、一目見ると線の細い彼女では持ち余しそうだが、何故かその姿はとても似合っていた。

 彼女は夕焼けによって光が煌めく日本刀を両手で持ちながら、悠々自適と〝鬼〟へと対峙する。


「ねえ、そこ邪魔なんだけど――」


 鈴を転がすような声。

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