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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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12/19

怪物

 それは今までに経験からだろう。

 高校生になってから、いやそれよりも前からこの橋は何度も利用してきたのだ。特に黒点橋と長さまでほぼ一緒なのでその印象は強い。どれぐらいの歩数で出口まで着くか、経験で菊花は知っていた。それなのに、この橋は一向に途切れることがない。向日葵と定宗と共にもう橋二本分ぐらいは歩いただろうか。

 だが、未だに三人はオレンジの霧に包まれたまま、白点橋の上にいる。


「おかしいだろう。しかし、どうしてこの橋はこんなに長いのだろうか?」


 伊集院君は歩くスピードを緩める。


「さあ? でも、終わりが無いことは無いと思うな。だって、そんなのおかしいじゃない。常識的に考えて。橋の長さが変わるなんてありえないでしょ」


 そんな向日葵さんの答えに、僕たちは思わず笑ってしまった。

 確かに彼女の言うとおりだ。常識的に考えて、橋が無限に続くことなどない。そもそもこの橋はそんなに長い橋でも無いので、おそらく霧によって歩数が縮み、距離感が狂っているのだろう。


「それにそろそろ出口だ――」

 先の中に見える霧の中に、橋の終わりを見つけた。

 ああ、ようやくこの橋を出られるのかと安心した。


「ね、着いたでしょ」


 弾むような向日葵さんの声。

 彼女は二人よりも一歩先に走って橋の出口へと急いでいた。それに引き寄せられるように向日葵へと走って追い掛けた。そのスピードは貞宗のほうが早い。菊花は二人に遅れて歩きながら橋の出口へと向うことになる。

 そして橋から出ようとすると、オレンジの霧が晴れている町の中で信じられないものを見た。

 ――コンクリートの巨人だ。高さは十階。人を飲み込むような大きさが川の横に広がっている。落ち着いたベージュの建物であるが、その大きさはこの市内でも随一である。

 その大きな建物は、市役所だった。

 先程、〝角の生えた怪物の近くにあった建物〟だ。

 どして自分たちはこの建物の近くに着てしまったのか、菊花はわけが分からなくて言葉も出ない。いや、それだけではない。川のほとりから赤い染みを引きずって来た角の生えた巨人も市役所の近くにいた。

 僕の口がぱくぱくと開く。驚き過ぎて声が出ないのだ。

 そしてこちらを向いて手を振る向日葵さんと伊集院君のの背後に、角の生えた〝鬼〟が迫ってくるのが見えた。

 体が動かない恐怖を何とか乗り越えて、二人の後ろ指差しながら大声で叫んだ。


「逃げてっ!!」


 その言葉にぎょっと驚いた二人は慌てて背後を見ることとなる。

 だが、もう遅かった。

 鬼は既に近づいていた。赤く、太い腕が向日葵さんに向かって伸びる。何とか逃れようと向日葵さんはバックステップをしようとするが、それよりも鬼の右腕は長く、早い。簡単に捕まりそうになる。


「止めてっ!」


 大声で叫んだ。

 それと同時に、伊集院君が――動いた。

 反射か、それとも本能か。隣にいた向日葵を庇うように突き飛ばし、鬼の右腕の照準を己へと移す。最初は咄嗟に出た左手で鬼の右腕を受けようとするが、伊集院君は腕を捕まれ、そのまま握り潰された。


伊集院君は自分の腕が潰れる様子を一瞬たりとも見逃しはしなかった。自身の腕は何の抵抗も感じられぬまま、鬼の指がめり込み、柔らかな皮膚を裂いて、筋肉を潰し、骨を粉々にする。赤い鮮血の中に白くて美しい骨を見たのはきっと伊集院君にとって初めての経験で、自分の体の中にこんなものがあるなんて信じられなかった。そんな骨はまるで飴細工のように簡単に砕け散り、周りに飛び散る。その一つは頬を掠り、赤い線をつけるが、その上を大量の血が色付ける。


鬼はそこから限界まで腕を握り込むと、伊集院君の腕の中ほどが消えた。手首から先は残っている。肘から肩までも残っている。だがその間が粉々に砕け散り、支えが無くなった貞宗の手首はいとも簡単に地面へとぽつりと落ちた。

 伊集院君の絶叫よりも先に、すぐ近くで突き飛ばされた向日葵さんの顔に血飛沫が飛ぶ。


「あっ、あっ――」


 向日葵さんは全身に血を浴びながらまともに声も出ないようだった。目を逸らすことすら出来ないほど、向日葵さんは正常な思考を失っていたのかもしれない。目の前で起こる惨劇を、何も知らない赤子のように視界に入れることしか出来ないほど、頭が真っ白になったのだろう。

 僕も、何と言えばいいのか、どうすればいいのか分からなかった。

 腕を潰された伊集院君は絶叫した。


 鬼は次に右肩を握り――肉体から引き剥がす。関節はいとも簡単に筋肉や血管ごと外れ、開いた手の平は重力に従うように力を失った。それを鬼は大口を広げて口に咥えると今度は腹に手を突っ込み、腸を引き抜く。その動きは繊細なのか、腸は潰れる事なく引きずり出されたが、胃まで腹から出るとそれをまるで麺類を食べるのかと思うようにすする。そして粗方食べて残った腸の切れ端には興味が無くなったか、その場に落として、今度は左右の胸を掴んで、左右に裂いた。そこに鬼は口を突っ込み、血を美味しそうに啜る。

 そしてまた大口を明けて、胸にかぶりつくように一つか二つの咀嚼で簡単に平らげ、最後の血の一滴までを美味しそうに飲み干した。そして鬼の食事が終わると、伊集院君に興味が無くなったかのように顔面を足で踏み潰した。眼球が頭から外れて、向日葵さんの前まで転がった。そして眼球の中で黒目が微かに揺れ動いて、やがてその動きすらも消えた。


「いやーーーーーーーー!!」


 向日葵さんは泣き叫んだ。

 だけど同じ部活の部員の死に悲しんでいる暇など僕たちには無かった。

 目の前の人が死んでしまった鬼は、更なる標的を求めて大声で泣いている向日葵さんへと視線を移したのだ。


 その時には、僕の体はもう動いていた。先程まで向日葵さんと同じように頭が真っ白になって、無惨にも伊集院君が死んでいくさまを見つめることしか出来なかったが、向日葵さんの声によって我に返り、急いで近づいて彼女の血まみれの手を取った。


「逃げるよ!」


 短く地面に座り込んでいる向日葵さんに僕は叫んだ。


「でも!」


 向日葵さんは僕の手を払おうとするが、その時、視界の端に伊集院君の眼球が見えた。

 ああ、もう助からない。

 僕たちは間近で彼が死んでいくさまを見ている。あんな解体のされ方をして、人が生きているわけがないのだ。それと同時に見える――赤い鬼の存在。向日葵さんの生存本能が囁いた。

 ――あれに捕まってはいけない。

 あれが近づくだけで、歯ががちがちと鳴った。ああそうなのだ。これは恐怖なのだ。あの鬼の得体の知れない怖さが、僕たちを体の芯から震え上がらせる。

 逃げないと。

 きっと同じことを思った向日葵さんは、もう一度伊集院君の眼球を見ながら立ち上がり、一緒に赤い鬼から逃げた。どこに逃げたら良いか、どこが安全なのか全くわからないまま、ただがむしゃらに自分の底に眠る恐怖心から逃れるためにただひたすらに闇雲に走ったのだった。

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