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14.決戦前夜


 まあ大学との取り決めはこれでいいとして、次は報告書です。

 最初の牛の白骨死体、トレイルカメラでの未確認生物の捕捉、自由猟具(重機等)による緊急避難的な駆除、箱罠による捕獲実験とこれまでの対応を時系列でレポートにします。


 次、警察に電話。

「はい、こちら穂得(ほっとく)警察署です」

 生活安全課の白河さんをお願いします。一応聞いておかないとね。駆除に違法性があるとまた書類送検だのなんだの言われますからねえ。


「はい白河です」

「どうも中島です、お世話になっております。いくつか質問があるんでお答え願いたいんですが」

「なんですかもう。また面倒なこと聞かれてもこちらとしては違法なことはやるなとしか言えませんよ?」

「そこはもう少し働きましょうよ公務員。北海道の町でスライムが出たって騒ぎはお聞き及びですか?」

「ああー、ワイドショーとかでやってたやつね」

「あれうちの町なんです」

「ええええ! あれニセモノ映像じゃなくてホントなの! ホントに出たの!」

「はい」


「で、どういうことなの?」

「町営牧場で牛が食べられたりしてですねえ、実際に被害が出ているわけです」

「そりゃ警察の管轄じゃないですねえ」

「最初からそんなの期待してませんよ。で、あれが出たとして、猟協会で銃で撃つとどういう違反になりますか」

「そりゃあ、狩猟鳥獣じゃないから鳥獣法違反にも銃刀法違反にもなりますって」

「牛が食べられそうになってて緊急避難的にも?」

「緊急避難ってそういつもいつも都合よく認められるわけじゃないからね。そりゃこっちとしてはいちいち調書取っていちいち書類送検しなきゃいけないさ。検察が判断することだよ」

「つまり何があっても撃つなと」

「そうしか言えないねえ」

「前に言ってた警察官が立ち会っていて発砲許可をもらうのは?」

「クマみたいに害獣指定されているわけじゃないから狩猟対象じゃないし、許可は出せませんよ」

「じゃあこの件猟協会は手を引いて牛は食べられ放題ということで、国民の財産と安全を守ってくれる警察にこの案件を全面的に移譲したいんですが警備と駆除を引き受けてくれますか?」

「いやそれ警察の仕事じゃないから」

「牛泥棒を逮捕するのは警察の仕事ですよね」

「いや相手は人間じゃないから」

「警察って全く役に立ってくれないくせに邪魔だけはするんですね」

「そんな言い方ないでしょ。警察だってできることとできないことがあるんですから」

 いやああなたたち何を言っても「できません」としか言ってくれないじゃないですか。


「さてあの動画テレビでも見たと思いますが、牧場内に侵入し牛を食べようとしたあの未確認動物はトラクターで押しつぶしまして、とりあえず防ぎました」

「そのようだね」

「これは自由猟具によるネズミやモグラの駆除と同等ということでいいですね」

「……ちょっと道警本部に問い合わせてみないとわからないね。トラクターが自由猟具って解釈もすごいけどさ」

「ではさっさと問い合わせて問題ないことを確認してください。狩猟免許がなくても一般の人がネズミをトリモチで捕まえて殺してもOKですよね。そこは間違いないですね?」

「そうですね」

「警察では暴徒鎮圧でデモ隊に放水したりしますけど、あれに違法性はないんですか?」

「もちろん!」

「じゃあ消防署に頼んで野生動物に放水するとかの手は使っていいですかね」

「うーんそれも道警本部に聞いてみないとわかんないね」

 自分ではやっていいのに僕らがやるのはダメなんですか。まったく警察ってさあ……。


「今、蝦夷大の先生方に来てもらって、なんの動物か確認してもらってます。新種のなにかの動物になるかもしれません」

「あっはっは、そんなことになってんの」

「動物名がわかったら、環境大臣が都道府県知事に委託している害獣指定を僕ら町が代行し、害獣駆除従事者証を発行した上で猟協会で駆除を行います。いいですね」

「……市町村の害獣駆除指定は警察の許可がいるわけじゃないですからね、こちらとしては市町村がどういう決定をしても文句は言いませんよ」

「今回の動物については保護種でも天然記念物でも絶滅危惧種でもありません。鳥獣法で定める鳥でも哺乳類でもありません。どんな法整備もされていないので鳥獣法の適用外です。それでいいですね?」

「……まあやむを得ないでしょうな。でも銃で撃つのは許可できないよ?」

「ドバトも銃で撃っちゃダメですけど、町で害獣駆除対象に指定して現在銃で撃ってます。散弾銃も空気銃も使ってますよ。今まで前例として認められているわけですが、あれが違法ですか?」

「あっそうか。そうなるか。うーん……」


 銃の所持許可、管理、運用は銃刀法で決められていますので警察の管轄ですが、それで何を撃つかは鳥獣法なので警察に許認可権は無いんですよね。環境省の仕事なんです。そこ、念を押しておく、ということです。


「警察には事前に連絡済ということで、あとからあれは違反これは違反とか言ってきてもダメですからね」

「いやダメって、そんなこと今ここで決められないよ」

「ではどのような法的な問題が起こる可能性があるかそちらでも検討して結果をお知らせください。それがない限りこっちで勝手にやらせてもらいます」

「いや警察にそんなこと言われても……」

「では現場に警察官を派遣してください」

「どこで? いつやってるの?」

「町営牧場で、毎晩徹夜で見張ってます」

「警察官だからってね、誰もがその場で全部そんなの判断できるわけじゃないからね」

「こちらからは正式に警察に被害届を出して警官の派遣要請をしました。それを受け付けてくれず、断ったのは穂得警察署、法的に合法か違法かの問い合わせもしたのにそれにまったく返答してくれなかったということで、あとで問題になったときにマスコミには町よりそう発表します。よろしく」

「いやよろしくって」

「ありがとうございました。またなにかありましたら連絡します」

「ちょっ」

 がちゃ。

 どうやって責任逃れするかしか考えてないような人間いちいち相手するのうんざりです。多少強引に進めていかないといつまで経っても問題解決しませんて。


 次、蝦夷大。

「ああー、中島さん! ども、昨日はお世話になりました」

 この声はビデオ撮ってた若い人ですかね。

「どうも、調査結果出ました?」

「いえ、全然。DNA出ませんで、まだわからないんですよ」

「そうですか、サンプルに取った体液の酸はなんの酸でした?」

「そっちは判明しました! 塩酸です」

「ああー、やっぱりか」

「え、知ってたんですか?」

「生物が体内で作れる酸というと微生物の発酵で醸造される酢酸か、胃の消化液の塩酸かのどっちかでしょう。あれは消化のための酸だと思いましたんで」

「生物が作る酸ならギ酸もそうですが、確かにどっちかになりますねえ。中島さんて博識ですよね。僕あの場にいて先生と一緒に中島さんの話聞いてたんですけど、驚かされることばっかりです」

「酸で熔けない罠作らないといけないもんで、今改造中です」

「塩酸だとステンレス、ダメそうです」

 ダメなんだ。なんか意外です。


「なんなら大丈夫なんですか?」

「ポリエチレン、ポリプロピレン、フッ素樹脂、塩化ビニル、あと銅板も大丈夫です」

「わかりました。銅板は高いですね……ポリ製の建材とか探してみます」

 野村鉄工さんにありますかね?

「鉄でも、酸って溶かしていく過程でどんどん中和しちゃいますからあるところから溶けなくなります。塩酸だと鉄の表面に不導体できてそれ以上溶けなくなるらしいですし、檻を破るほど強力な酸だとは思いませんけどね」

 そういやそうですね。重機も表面だけ溶けたり、塗料が剥げたりタイヤの表面だけねばっとしたりしただけだったし、隙間から逃げられるほうを心配したほうがいいかもです。


「先生どうしてます?」

「昨日徹夜したんで寝てますね」

「昨日も出たんですか?」

「昨日は出ませんでした。とりあえず一安心ですね」

「こちらとしてはなんとか捕まえたいところですが」

「名前、決まりました?」

「いやあなんだかわからなくてね、DNA取れなかったのは不思議です」

「でっかい核あったでしょ。案外ホントに単細胞生物で、DNAはあのでっかい核の中にあるのかもしれませんよ」

「マジで!?」

「冗談ですけどね」

「いやあれ可視化するレベルでデカかったですよね。塩基配列が目に見える大きさのDNAとか……」

「塩基が結晶化して結合してるとかあるんですかね」

「そのアイデアいただきです。検討してみます」

「とにかくなんの生物かだけ特定急いで下さい。仮称でもオオエゾネンキンでもなんでもいいですから」

「なんか金融機関みたいな名前ですね」

「どうでもいいです。道庁には連絡しました?」

「いえ、動植物の採取は道庁の環境課なんですが、話はしたんですけどアレなんだかわからないと捕獲許可申請もできませんで話にならない感じで、まだ動けないんですよ」

「できるだけ急いでほしいですね。あとよろしく」


 一応役場のトイレに行ってトイレ洗浄剤をチェックします。

 希塩酸が主成分ですが、容器はPE、ポリエチレンですね。プラスチックで大丈夫なようです。


 さて酸がなにか特定できたところで、次、罠です。

 今、野村鉄工さんに搬入して改造中なはずですから、役場から近いので行ってみます。

「おう中島くん、どうだい対策は」

 罠免許持ちの田原さんと清水さんがトラックで鉄骨の箱罠持ち込んでます。ちょうどフォークリフトで下ろすところでしょうか。

「まだダメですね。少なくとも鉄砲で撃つのは許可出せません」

「そっか。それまでは罠でやりくりするしかないかねえ」

「箱罠は法定猟具ですから、これで狩猟鳥獣以外の動物を捕らえるのは違法です。でも、偶然違う動物がひっかかっちゃったってのはアリですから、建前はそれでゴリ押しするしかないですね」


 社長さんが来ました。野村鉄工の社長の野村さんです。

「あいつらが出してる酸わかりました。塩酸です」

「塩酸かあ。それってステンレスで大丈夫なの?」

「残念ながらダメですね。鉄よりはマシだと思いますが」

「じゃあどうする?」

「ポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル、銅板がOKだそうです」

 フッ素樹脂(テフロン)はさすがにないでしょうから除外します。

「屋根に使うポリカの波板ならあるけど」

「ポリカーボネートですか」

 ちゃっちゃと事務所のPCで調べてみます。


「ダメですね、溶けちゃいます」

「塩ビの波板もあるって」

 社員の人が在庫を調べてくれました。よく倉庫や小屋の屋根に使われるやつです。

「じゃあそれで。内側それで覆いましょう」

 塩素化合物同士、相性が良いのでしょうか。

「プラスチックだと力づくで穴開けられるかもしれませんから、外側に金網貼った上で、塩ビ板重ねたほうがいいかもしれません」

「ああそうだな、あの隙間から伸びて出てきちゃったもんな」

 逃げ出すところを見てた田原さんと清水さんが頷きます。

「いったいどんなやつだい、俺にも見せてよ」

「うーん見せないわけに行かないでしょうね、一緒に罠、考えてもらわないといけないですから」

 社長にもカノ子ちゃんが撮影してたビデオ、あの先生たちが針刺してから急に檻から逃げ出したところまでちゃんと写ってたので、ノートパソコンでそれを見せます。


「……ええええ。いやマジこれなんなの?」

「とりあえず『スライム』ってことで……」

 社長も画像見て驚愕です。

「こんな隙間もあったらダメか。金網も目が細かいほうがいいな」

「そうしてください」

「塩酸だったっけ」

「はい」


 社長、塗装はがし剤持ってきてくれました。ラベルを見ると主成分は塩酸です。なるほど重機の塗料が剥げるわけです。

「希塩酸だと塗料だけ溶かして鉄は溶けないんだよね。鉄は意外と大丈夫だよ。まあ普通の鉄よりはステンレスのほうがまだ溶けにくいだろうし、金網はステンレスにしとくか。あとはびっちり隙間なく波板で内側をカバーして」

「それでお願いします」

「わかった。夕方までには仕上げとくよ」

「ありがとうございます」

「請求書はどこに出したらいいのかね」

「うーん……、この罠、猟協会の所有なんですけど、改造費は役場で出してもらえるように交渉してみますよ」

「頼むよ」

 あとで蝦夷大に請求しましょう。


 さて、今打てる手はこれぐらいでしょうかね。

 今夜決戦。



次回「15.フラグ、乱立」

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