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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
36/38

神判


 衝撃があった。

 意識が揺れた。

 身体が傾いた。


 しかし。


 オレは大地を踏みしめる。転倒を回避する。

 身体に、痛みはなかった。


「―――ッは! せっかちだな、まだオレのターンは終わっていないぞ!!」


 アイテムリストの人名は今も一つずつ消え続け、光の柱も増え続けている。

 オレの『アイテム全使用』というコマンドはまだ実行され切っていないのだ。

 だから『ヤツ』にはまだ攻撃の権限がなく、だからオレが傷つくことはない。


 オレは。

 光に満ちた夜空にいつの間にか浮かんでいた、そいつの姿を見上げた。


 装飾過多なローブ。

 小柄な体格。

 幼げなおかっぱ頭。

 そして一本のツノ。


 本物の神子シャーミル。


 この封殺された世界を作った『神』の遣い……!!


「そ……ん、な……! どうして……!? あいつは私が、確かに……!!」


 女勇者が尻餅をついたまま愕然とした声を漏らす。


 オレは他の魔族達と同様に神子シャーミルも回収していた。

 オレのコマンドが全使用である以上、彼女もまたワールド・イン・ガントレットから解放されることになる。


 しかし、彼女は死体だったはずだ。石像という名の……。


「ワタシは『神』の到来を待つ者」


 無機質な―――()()()な声音で、空に浮かぶ神子シャーミルは告げる。


「テスト・アーティフィシャル・ワールド〈ボックス〉の観測及び管理運営用AI、個体名『神子シャーミル』です。理性院カシギ。アナタの召喚に伴い、『神』はこの世界の()()()()()しました」


 試験的人工世界テスト・アーティフィシャル・ワールド


 ディティールの粗い世界観。

 デジタルゲームに酷似したシステム。

 そして召喚時に受けた妨害!


 もしやとは思っていたが……やはりそういうことだったか!


「なるほどな。貴様はこの世界の監督役……ご主人様であるところの『神』とパスが通っているから、とりわけ干渉が容易というわけだ。

 だが推測するに、連中にできるのは貴様の石化を解くところまで。だから今の今まで動けなかった。そうだろう!」


 もはや正体は自明となった『神』の遣いは、沈黙をもって肯定する。

 そう、神子はいわばプレイヤーキャラ。権能を媒介する『神』の端末。

 彼女は今、『神』から直接命令を受けてこの場にいるのだ……!


「言ってみろ神子シャーミル。貴様が『神』とやらから下された命令はなんだ!?」


 レンズのような眼でオレ達を見下ろし―――神子は、最後の神託を告げた。




「『理性院カシギを無力化し、然る後に〈ボックス〉を廃棄せよ』」




「廃……棄……?」


 女勇者が壊れたように繰り返す。

 神子は追い打ちをかけるように続けた。


「ワタシが今まで観測し保存したデータで〈ボックス〉はその意義を完遂しました。よって妨げとなる異物を無力化・封印措置を施したのち、廃棄プロセスを実行します」

「くどい。要するに『オレが邪魔だからこの世界ごと消す』ということだろう……!!」


 いくら不死の呪いがあるとは言え、世界ごと消されて生きていられるはずもない。

 あっちの世界では敵も多いからな。機会さえあれば殺したいと思っているヤツはごまんといよう。


 しかし。


「このオレが、それを許すと思うか? 自分達の勝手な都合のために一つの世界を丸々使い潰す―――そんなことを、この理性院カシギが!」

「否定します。アナタはそれを許容しません。よって『神』が用意したチートコードを適用し、戦闘をもって命令を実行します」

「戦闘だと? はッ、願ったり叶ったりだな」


 唇を歪めて、オレは空の神子に指を突きつける。


「ちょうど、オレも貴様に用があったのだ。だからこの状況を覚悟の上で貴様をここに連れてきた」

「意図を解しかねます」

「ここは戦闘空間。敵か味方のどちらかが全滅すれば消滅してしまう。……つまり、コイツが寿命か何かで死ねば消えてしまう状態だったわけだ」


 親指で女勇者を指して言うと、彼女はハッとして立ち上がった。


「まさか……あいつを『柱』にする気!? 私が死んでも世界が終わらないように!」

「ああ。オレと戦う気だということは、何かしらのイカサマで敵味方を再設定し、今はお前の陣営に属しているはずだ。ヤツを生かしたまま封印してしまえば、この世界が消滅の危機に脅かされることはもはやない」


 世界解放の総仕上げ。

 画竜点睛と行こうではないか!


「理解しました」

 神子が無粋な声音で言う。

「つまり、この戦いにはアナタにもメリットがある」


「そうでもなければ殺し合いなどやってられるか。……さあ来い。最終決戦だ。(きさま)か、(オレたち)か、世界の持ち主を決めようではないか!!」


 オレの戦意を受け、神子シャーミルは大きく両腕を広げた。


「チートコード適用、ステータス・リライティング。―――形態変化(メタモルフォーゼ)


 空中にある神子の姿が光球に包まれた。

 太陽のように輝く巨大な光の中で、少女のシルエットがまるで異なるモノに変貌を遂げていく。


 肥大化する全身。伸びるくちばし。大気を掻く蹴爪。

 あまりに大きい翼が広がって空を覆い、光に満ちた世界に影を落とした。


 光球が消えた後に存在していたのは、白頭の怪鳥。

 世界に終焉をもたらす死神の具現。


「あ……あ……!!」


 彼女が震えている。

 愛する少女が、この世の終わりを見て怯えている。


 オレは跪き、震える少女を抱き締めた。


「大丈夫だ。心配するな」


 押さえつけるように、強く、強く。


「お前の戦いはもう終わったんだ―――あとは、オレに任せておけ」

「ダメ……あいつはダメ……!!」


 彼女はしきりに首を振りながら、わななく唇から声を漏らす。


「私には見えるの。あいつのステータスが見えるのよ! あんなのに……あんなのに勝てるわけっ……!!」




●神子シャーミル(チートモード) レベル:ERROR 種族:魔族

最大HP:131071

最大MP:65535

 攻撃力:65535

 防御力:65535

 敏捷性:65535

 魔攻力:65535

 魔防力:65535




 勇者として長く戦い続けた果てに得た特殊能力か、彼女が見たと言う数値がオレの頭の中にも流れ込んできた。


 ……なるほど、確かに凄まじい。まさに反則(チート)

 レベル1の人間でしかないオレでは、如何なる道具を駆使したところでこの圧倒的な数値には敵うまい。


「だがな」


 少女をよりいっそう強く抱き締めて、耳元で囁く。


「そんなことは、お前を諦める理由にはならんのだ」


 瞬間、震えが止まった。

 オレは彼女に笑いかけ、身を離し、立ち上がる。


「繰り返そう。心配するな」


 背を向け、怪鳥を見上げ、


「お前が惚れた男は、必ずお前を守り通してみせる。たとえ、神を敵に回そうとも」


 形態変化を終えてからも、怪鳥はさらにさらに巨大化し続けている。

 書き換えられたステータスにビジュアルが追いついていないのか。その大きさは天空すべてを埋め尽くそうとしている。翼は今に地平線まで届くだろう。


 彼女を、魔王を、勇者を、多くの者達を封じ殺してきた世界そのものが、そこに顕現している。


 これだけの重みを、彼女はたった一人で背負い続けてきたのだ。

 ならばそろそろ、楽になったっていいだろう。


 オレの周りに、ガランガランガラン、と剣や槍などが大量に出現した。

 人間や魔族の『使用』が終わり、元々ガントレットに収めていた武器類が取り出され始めたのだ。


 じきにオレのターンは終わり、ヤツにも攻撃が許される。

 その前に、オレは山と積み重なった武器の中から一本の宝剣を掴み取った。


 戦闘空間の中では、装備変更には一ターンを要する。

 だが元が無装備状態ならばその限りではない。


「―――『マウンテン・イーター』」


 空から声が降った。

 それは世界を覆い尽くそうと巨大化し続ける怪鳥のものだった。


「観測データに存在します。対象が重ければ重いほど威力を上げる剣。確かに、今のワタシにはこれ以上ない重量があります。ワタシに対して有効な武器の一つでしょう」

「人型に戻ったらどうだ? そうすればコイツは無力化するが」

「プログラムされていません」


 ……そんなことは命令されていないから無理だ、と、そういうことか。


「いずれにせよ、攻撃ができなければ無用の長物です」

「次の攻撃でオレは死ぬから無意味だと?」

「いいえ、アナタが不死属性を有することは観測済みです。しかし、永続的に効力を発揮する状態異常によって行動不能にすれば、死亡と同じ効果を得られます」


 不死身の殺し方。聖剣と同じだ。死なないなら殺さなければいい。

 65535もの敏捷性からその技を繰り出されれば、掛け値なしにオレは終了する。


「ならばやってみろ」

 それでも、オレは不敵な笑みを刻んで告げた。

「このオレを、貴様如きが縛れると思うのならな」


 ワールド・イン・ガントレットの中身が消えていく。

 アイテム全使用のコマンドが終わっていく。

 残る文字列が数えられるほどになった時、


「……カシギ……」


 愛しい少女の声が聞こえ、オレは彼女を背中で庇った。


「やめてカシギっ! それじゃお父さんとっ――――」



 アイテムが一つ残らず消え去る。

 直後、世界そのものが猛威を振るった。



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