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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
3/38

理性院カシギの召喚


 携帯端末にダウンロードされたアプリが召喚警報を伝えて約二時間後、ぼややーっとした光と共に自分が溶けたかのような酩酊感が襲った。

 異世界召喚体質のオレには親しんだ感覚だ。この目眩みたいな感覚に数秒耐えるともうそこは異世界である―――


 ―――はずが。


 ガガン! という何かにぶつかるような感覚が突き抜け、オレはどことも知れない真っ白な空間に放り出された。


「戻りなさい」


 真っ白な空間の真ん中に、男とも女ともつかないシルエットが浮き上がっている。

 状況を悟り、オレは顔を顰めた。


召喚妨害(ナルニア・ジャミング)か。貴様、どこの誰だ?」

「答えません。戻りなさい、理性院カシギ」


 機械的な声だ。さっきまで聞いていたアプリの合成音声のほうがまだしも人間味がある。


「なるほど、オレのことを知っているのか」

「戻りなさい。ここは不可侵です」

「翻訳ソフトを通したような喋り方だな?」


 シルエットは黙った。

 ふん。気に喰わん。


「どうやらこの世界には何かあるらしいな。余計に行きたくなった―――!!」


 ナルニア・ジャミングは発展途上の技術だ。合意も取っていない相手を強制的に弾けるようなものではない。

 シルエットは「戻りな―――」と言いかけて霧消した。


 障害を取り除いたオレは、今度こそ異なる位相の世界へと存在を移し替えていく―――






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 光と酩酊感が消え、五感が実体的な感触を取り戻す。

 と同時だった。


「―――●●●●●―――」


 祈るような呼びかけるような、どこか悲痛な声。

 意味はわからず、発音も聞き取れない。ただ少女の声であることだけは確かだった。


 視界が戻った時、オレはどこぞの城の一室にいた。

 石造りの堅牢な拵えで、掃除が行き届いており、床には絨毯があって調度品も高級そうだ。

 貴族の居城だろうと思うが、建築から受ける質実剛健な感じは人間の貴族っぽくない。

 と、ここで昔のことを思い出した。


 いつのことだったか、悪魔の国のお姫様に召喚されて世継ぎを作れと迫られたことがある。

 その申し出はいろいろあって辞退したのだが、その時召喚された城が確かこんな雰囲気だった。


 正面に目をやると、一人の少女がいる。

 宗教を思わせる装飾過多なローブ姿で、見るからに魔術師だ。

 というか実際、足元の床に複雑な魔法陣が描かれていた。彼女がオレの召喚者で、先程の声の主だろう。


 声といえば……しまった。翻訳イヤリングを着け忘れているのか。

 オレは革手袋を嵌めた手を腰のベルトに吊るした布袋に突っ込み、『伝心のイヤリング』を取り出して耳に着ける。これで良し。


 正面の少女は、なぜか警戒の眼差しでオレを見ていた。


「あなた……何?」


 言い忘れていたが、オレを召喚したらしい少女は、小柄な体格にしては胸の発育が大変よろしい。

 ゆったりとしたローブの上からでもわかるほどだ。素晴らしい。

 しかも髪型が幼げなおかっぱ。素晴らしい。

 髪色は色褪せたような灰色だが、それも儚げで素晴らしい。

 それらに比べれば、頭部に見受けられるユニコーンみたいなツノのことなどどうでも良きことバランの如し。


 というわけで、第一声を吟味せねば。

 好印象な第一声が円満な関係を築くのだ。


 少女は相変わらず警戒の目でオレを見ている。自分で召喚した癖にオレの正体がわからないらしい。

 となれば、警戒を解いてもらえるような台詞がいいだろうな―――

 オレは少女の頭にある一本のツノを見る。


「そのツノは、性感帯だったりするのか?」


 直後、ツノ付き少女の顔が見る見る赤くなっていき、オレの顔面を衝撃が襲った。


 しまった。心の声が漏れた。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






「……改めて訊くけど、あなた、何?」

 存外にキレのあるパンチでオレをダウンさせたツノ付き小柄巨乳少女は、淡々としながらも険のある口調でそう言った。


 オレは今、召喚された部屋のテーブルに着き、茶菓子に舌鼓を打っている。

 無愛想ながらきっちりお茶を出してくれている辺りポイント高い。

 初対面でセクハラ発言をかましたオレに全面的に非があるとは言え、殴ってしまったことは申し訳なく思っているようだ。


「何とはご挨拶だな。せめて誰と訊け。召喚したのは貴様だろう?」

「私、人間を召喚したつもりはないんだけど」

「では何を?」

「……悪魔。それも飛びっきりの」


 悪魔召喚? 術式のミスか、何らかのトラブルか、それが偶然異世界召喚になってしまったというわけか。

 まあその辺りの事情はおいおい聞いていくとしよう。


「ならば名乗ろう。オレは理性院(りしょういん)カシギ。男子高校生だ」

「だんし……?」

「正確には、人よりも少し知識と女運がある男子高校生だ。……さあ、次はお前の番だぞ。オレはさっきからお前の名前が知りたくてしょうがないのだ」

「……どうして?」

「うむ。見た目が好みだからだな!」


 オレは笑ったが、ツノ付き少女は白けた目でオレを見ていた。


「私は……シャーミル」

 淡々とした声で少女は言う。

「魔界四天王の一人、神子(みこ)シャーミル」

「シャーミル―――シャーミルか」


 透明感があり、実にいい名前だ。

 ……ただ、名乗る時、鈴が鳴るような可愛らしい声が、少しだけ濁ったように聞こえたのが気になった。


「ならばシャーミル。幾つか質問させてもらっても構わんか」

「いいけど」


 オレは部屋を見回す。

 壁は石造りで、床には絨毯があり、ベッドやタンスなどの調度も一揃い。それもなかなかに上等そうなものばかりだ。


「魔界四天王、とさっき言ったな。では、やはりここは魔王城か何かか?」

「確かにここは魔王城だけど。……どうしてわかるの?」

「戸口の大きさを見れば、人間の城かどうかくらいはすぐわかる」


 シャーミルは背後の戸口に振り返った。

 その戸口はあからさまに大きく、高さにして四メートル近くある。人間よりサイズが大きい者が使うことを前提とした作りだ。


「見た所、この部屋はお前の私室のようだが……魔王はどうした? 悪魔召喚とやらは、いち四天王である所のお前が自分の部屋で個人的にやっても良いことなのか?」


 本来の目的がどうあれ、異世界人であるオレを呼び寄せてしまうほどの儀式だ。経験上、王の認可のもと、護衛の兵士を大量に集めて―――というのがよくあるパターンなのだが。


「魔王様は……」

 シャーミルは一度口ごもった。

「魔王様は、いらっしゃられないわ」

「いない? 魔王城なのにか」


 重ねて問うと、シャーミルの淡白な表情に、わずか影が差した。


「何か事情がありそうだな。察するに、召喚を行なったのもその辺りに目的があるのか」

「……ええ」

「そうか。……ならば、単刀直入に言ってみろ」


 オレは椅子の背もたれに体重を預け、手と足を組んだ。


「確かにオレは人間だ、お前が求めた悪魔ではない。しかし今こうしてオレがここにいることは決して偶然ではないのだ。願ったものを呼び寄せる―――それが、どこの世界でも共通する召喚魔法の性質だからな」


 オレの言葉が意外だったのか、シャーミルはかすかに両目を大きくして、


「あなたは……何なの?」

「言っただろう。理性院カシギ。男子高校生だ」

 重ねて、オレは言う。

「召喚されることにかけて、オレの右に出る者はいない」


 ……うむ。実に胡散臭げな視線を頂戴した。

 ま、まあ、信頼関係というものは時間をかけて築いていくものだからして……。


「とにかく、言ってみるがいい。お前は何のために悪魔を呼ぼうとしたのだ?」


 気を取り直して、オレは問い直す。

 シャーミルは逡巡しているようだった。胸の前で絡ませた細い指に、しばらくの間視線を落とし―――


「……わかった。ついてきて」


 まだ迷いの残る声で言いつつ、椅子を引いて立ち上がろうとした―――

 その時だった。


 グラッ――! と地面が揺れる。


(地震か!?)

 結構デカい。テーブルの上のカップがカタカタ鳴っていた。

 立ち上がりかけていたシャーミルもバランスを崩す。


(―――ラッキースケベチャンス!)


 どさくさ紛れにおっぱいを鷲掴みにしたり股間に顔を突っ込んだりくんずほぐれつしたりできるチャンスをオレは決して見逃さない!


「あぶなーい!」

 アカデミー賞も放ってはおくまい迫真の演技で叫びつつ、オレは椅子を蹴立ててシャーミルに手を伸ばした。


 直後、揺れが止まった。

 シャーミルは普通に踏み止まる。


「…………」

「…………」

「…………このあからさまに胸に伸ばされている手は何?」


 オレは姿勢を正した。


「この辺りでも地震はよくあるのか? オレの国も地震大国と呼ばれていてな……」


 視線がこれ以上なく冷たい。知らん。知らんぞオレは。

 はあ、とシャーミルはこれ見よがしに溜め息をついた。


「……地震は、ここ最近のこと。きっと魔王様が殺されたせいで、魔界そのものが不安定になってるんだと思う」

「なに?」


 魔王が……今、なんと?


「それが私の目的よ」

 シャーミルはオレの瞳を見上げ、はっきりと告げた。



「魔王様がどうやって殺されたのか、調べてほしいの」



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