最終問題
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
何もないがすべてがある場所。
有象無象が乱脈に入り乱れる坩堝。
世界を丸ごと圧縮したのち解凍に失敗したような空間。
山が逆さに立ち、川を森が流れ、マグマを人が歩き、意味不明の文字が空を占める。
そんな場所とも言えない場所で、オレは生きているとも死んでいるとも表せないまま、ひたすらに問い続けていた。
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
犯人は明かされた。
手段は明かされた。
目的は明かされた。
秘密は明かされた。
ゆえにこそ、オレは問う。
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
なぜ、彼女は世界を終わらせられた?
なぜ、世界を終わらせられるほどの彼女が、あんなにも優柔不断だった?
矛盾の理由を問う。
齟齬の原因を問う。
躊躇の意味を問う。
彼女ならば。世界にこんなにも完全なピリオドを打った彼女ならば。惑いはしなかったはずだ。
オレを見たところで責任転嫁などしなかったし、それを翻して諦めたりもしなかったし、男勇者に殺人を委託したりもしなかった。
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
―――なぜだ
行動が一貫しないのはなぜか。
目的が貫徹されないのはなぜか。
それは。
どれ一つとして。
彼女の本当の願いでは、なかったからではないか。
何を目的にしても、それは本当ではなかったから。
だから邪魔をして、妨げになって―――
裏を返せば、それほどに、彼女の本当の願いは強い。
――― ●●●●● ―――
リフレインするのは、初めて聞いた彼女の声。
それは本当の声ではなかったが、本当の言葉ではあったはずだ。
あの時、召喚直後だったオレは、うっかり翻訳機能のあるイヤリングを着け忘れていた。
意味はわからず、発音も覚えていない。
しかし。
――― ●●●●● ―――
なぜ、オレは召喚されたのか。
彼女は本来、何を召喚するつもりだったのか。
悪魔召喚術など存在しない。
彼女は確固として、異世界から何かを喚ぶつもりだった。
一体、何を喚ぼうとし。
何を喚んだつもりで。
何を、言っていたのだろう。
――― ●●●●● ―――
その直後だ、彼女の矛盾が始まったのは。
召喚されたのが求めたものではないと知った時、彼女の中で、何かが折れたのだ。
――― 責任 ―――
――― 責任 ―――
――― 責任 ―――
彼女は何度もそう口にした。
あんなにも彼女を追い詰めた責任とは何だ?
勇者としての責任?
どうして今更? そもそもそんなものあったのか。
そうだ、思い出せ―――一度だけ、彼女が生い立ちを語ってくれたことがあった。
――― 祭壇なのよ、あの村は ―――
――― 最初から、そう決まっていたのよ ―――
あの時は神子としての生い立ちだと思っていたが、今ならばわかる。
あれは紛うことなく、勇者の過去だ。
祭壇のような村で育てられ。
ある時旅に出されて。
長い長い旅の末、魔王に辿り着いた。
それを彼女は、どんな風に語っていたか。
味気なさそうに、何の価値もないかのように語ってはいなかったか。
彼女の中で、勇者とは、さして価値のあるものではなかった。
だから……変換されている。
何か別のものが、『勇者』というわかりやすい言葉にすり替えられているのだ。
それはなんだ。
何が彼女を追い詰めたというのか。
人を追い詰めるものと言えばなんだ?
無理解。
理不尽。
すれ違い。
それと―――
――― まだ諦められなくて、足掻いて、足掻いて ―――
――― これならって方法をようやく考え出して ―――
――― ……それでも、失敗した ―――
―――失敗。
失敗とは、何かを欲し求めた結果の一側面だ。
彼女が欲したものは何だ?
封殺された境遇からの解放?
無論それもあるだろう。だが足りない。さらに加えて、何か……。
真実は模糊として掴み切れない。
しかし、そこにあるものの正体を、オレは見るまでもなく知っていた。
だって、ミステリ・イーターとしての理性が喚いている。
なぜなら、理性院カシギとしての本能が示している。
謎は。
問題は。
まだ一つ、残っていると。
それは、犯人ではない。
それは、犯行ではない。
それは、動機ではない。
それは―――彼女の罪を問う問題だ。
支離滅裂だった世界が、急速に並べ直されていく。
思考だけだった自分が、実体を取り戻していく。
さあ、今こそ問え。
これが、世界最終の問題。
――― ●●●●● ―――
彼女は、一体何と言ったのか?
五文字で答えよ。
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気付いた時、オレは魔王城の入口で立ち尽くしていた。
「うおっと!」
崖に落ちそうになって、慌てて後ろに尻餅をつく。
前には、真ん中で断ち折れた跳ね橋と、闇が沈殿する奈落。
後ろにはバラドーが荒らしたままのエントランスがあった。
そして、彼方。
稜線には、夕日が欠片ばかりの陽光を残して、静止している。
「…………」
オレは立ち上がり、奈落を隔てた対岸を見た。
そこには、誰の姿もない。
くすりと、可愛らしく微笑んだ少女は、影も形もない。
「……これも結局、中途半端だったわけだ」
オレも、彼女も、この世界では異物だから。
こうしてオレが動けているのも、彼女の姿がないのも、そういうことだろう。
オレは、夕焼けの紅と夜の紺が混在した世界を眺める。
きっと、この世界が夜になることは二度とない。
終わるのではなく。
壊れるのでもなく。
ただ―――停まったのだ。
「よし」
小さく呟き、大きく息をする。
まだ何もわかってはいない。
彼女の罪は何なのか、彼女の願いは何なのか、理解の宣言には程遠い。
だが、それがどんなものであろうと、オレのやることは変わらない。
たとえ世界が終わっても。
この理性院カシギが、お前を幸せにしてくれよう。
そうして。
長い長い旅が―――始まった。




