Everybody Plays the Fool(エピローグ、語るだけ)
瀕死の状態で倒れている魔王アンドレス。
かたや勇者スティーブも同じく半死半生。
最後の止めを刺さなくては、魔王はどんな手を使ってでもこの場から逃走し、いつかまた復活する。
魔王という存在は、邪神の加護がある限り死ぬ事はない。
故に、異世界アルムフレイアでは魔王はどう足掻いても封じる事しか出来ず、その魂を滅する事は出来なかった。
だが、この地球のある世界においては、魔王アンドレスに加護を与えるような邪神は存在しない。
故に、その魂を燃やし尽くしたであろう魔王の息の根を止めるのは、このチャンスしかない。
それ故に、スティーブは傍らに姿を現した聖女ヨハンナに全てを託した。
指一つ動かす事が出来ない魔王には、浄化術式を施す事で穢れた魂は浄化する事が出来る。
「……スティーブ。既に魔王の魂は存在しません。この場には、今にも尽きてしまいそうな魂を持つサモエド犬が一匹、倒れているだけです……神よ、願わくばこのサモエド犬の魂を癒し、今一度、その命を蘇えらせたまえ」
その場に跪き、両手を組んで静かに神に祈りを捧げるヨハンナ。
だが、神にその祈りは届かない。
『魔王アンドレスの魂は、ごく僅かだが残っている。そのサモエド犬の魂と同化してしまっている故、神の祈りにてそのサモエド犬を救った場合、魔王の魂もまた蘇る……』
いくつもの聖句とともに、神託がヨハンナの脳裏に浮かび上がる。
サモエド犬の魂と引き換えに、魔王を滅する。
それは大儀としては正しい行為であろうが、創造神の教えとしては『完全なる解答』ではない。
救える魂は救う、そうする事で転生の輪の中に組み込まれる。
だが、目の前の魂は歪んでしまっている。
故に滅する事も出来ず、かといってこのまま放置しておくのも正しくはない。
「ヨハン……ナ……どうしたんだ」
「まずは、あなたを癒します。その後、このサモエド犬の魂も救わなくてはなれません。スティーブ、ここは私に全てを委ねて頂いて構いませんね?」
ヨハンナはゆっくりと立ち上がりスティーブの元に近寄ると、その体にそっと手を当てて癒しの聖句を唱える。
その手に集まった神威が癒しの力となり、スティーブの肉体だけでなく傷ついた魂する癒していく。
だが、彼の肉体はあまりにも傷つき過ぎている。
魂と肉体のリンクにも損傷があり、それはどうしても時間をかけて定着させなくてはならない。
「……ああ、随分と楽になった。それで魔王アンドレスはどうするんだ?」
「そうですね……魔王とサモエド犬さん、二つの魂を救わなくてはなりません。ですから……」
――ジャラッ
アイテムボックスから、ヒスイ色の聖印を取り出すヨハンナ。
それを首から下げると、ヨハンナは静かにサモエド犬の元へと近寄り、再び両手を組んで神に祈る。
「我が名、ヨハンナの名において、双子の風神に祈りを捧げます。願いは一つ、朽ちかかりつつある魂を癒し、今一度、この地に蘇らせたまえ。一つの魂に宿る二つの意識を一つに融和し、今一度、大いなる神の加護を授けたまえ……私はその代償に、風のトラペスティを捧げます……」
その言葉と同時に、ヨハンナが首から下げている翡翠の聖印がゆっくりと大気へと溶けていく。
「まて、まて待て、待てぇぇぇ。魔王を今一度、この地に蘇らせるのかよ」
「違います。一つの魂に存在していた二つの意識、これを一つに溶かして完全なる一つの個体へと再生します。既に魔王としての自我は存在せず、主たるサモエド犬の中に『夢のような記憶』として残る事になります。ですが、それは夢なのです……」
――パンッ
両手を合わせて、ヨハンナは聖句を続ける。
すると大気中に溶けていたトラペスティの力がサモエド犬の周りに集まり、ゆっくりと包み込む。
そしてサモエド犬の全身が淡い緑色に輝くと、その姿がスッと消えていった。
――ガクッ
そしてヨハンナもまた力を失い、その場に崩れるように倒れていく。
「ハアハアハアハア……私もまだまだ未熟ですね。ですが、これで魔王アンドレスは消滅しました。そしてサモエド犬もまた、飼い主の元へと戻っていったのでしょう……」
「その代償に、トラペスティを失ったのか……いや、あれがなくては成しえなかったという事か」
スティーブの問い掛けに、ヨハンナは空を見上げたままにっこりと微笑む。
「ええ。その代償として4つに分かたれたトラペスティの一つを解放してしまいましたけれど……アフターサービスはしっかりとしてくれたようですわ」
「アフターサービス?」
そのヨハンナの言葉の意味が、スティーブには分からなかった。
だが、数日後、彼のもとに届いた報告書を見て、スティーブは彼女の言葉の真意を理解する。
『世界各地の迷宮大氾濫において、遺体が残っていた者達が息を吹き返した』
迷宮から姿を現した魔物に食い殺された者は蘇らなかったものの、比較的傷が少なかった遺体については傷が再生し蘇ったという。
これはやがて『聖女の奇跡』としてローマ法王より告げられるものの、とうの聖女は疲れた体を癒すために、大聖堂の部屋に閉じこもってしまったという。
〇 〇 〇 〇 〇
――メソポタミア・位相空間内パンデモニウム
聖女ヨハンナの祈りにより魔王アンドレスの存在が消滅した直後。
――ゴゴゴゴゴゴゴ
突然、位相空間内に大震動が発生したかと思うと、空間の外縁部にゆっくりと黒い霧が発生。
それはゆっくりと中心に向かって浸食を開始すると、触れた物全てを虚無の彼方へと吸い込んでいく。
幸いなことにその速度は遅く、パンデモニウムに住まう人たちは空間内中央にそびえる『知識の塔』の元へと集まりつつある。
一体何が起きたのか、それがわからない。
ただ、逃げ場のないこの位相空間で、住民たちは祈る事しか出来なかった。
だが。
――バンッ
突然、知識の塔の正門が開き、二人の魔族が姿を現した。
「パンデモニウムの住民たちよ、魔王アンドレスは死んだ。この空間は間もなく消滅するので、急ぎこの奥にある転移門から逃げるがよい!!」
「はいは~い。転移門の先は私たちの故郷アルムフレイアですよぉ。魔族の隠れ里に繋がっていますので、安心して逃げて下さ~い♡」
門の先に立ち、コデックスと夜魔キスリーラが叫ぶ。
そして一瞬、何を言われたのか理解出来なかった住民たちは、この世界が消滅する事を知り、転移門へと一目散に逃げ始めた。
もっとも、逃げ延びるだけの時間は十分にあるので、コデックスは僅かに残った手下に避難誘導を行うように告げると、その場にどっかりと座り煙草を取り出して咥える。
「はぁ。それにしても、やっぱり魔王さまはやられちまったのですねぇ」
「そのようねぇ。まあ、私としてもどうでもいいことなので、みんなが逃げてから私も帰るわよん。コデックスちゃんは、どうするの?」
やれやれと疲れ切った顔のコデックスに問いかけるキスリーラ。
だが、コデックスは顔色一つ変えることなく。
「こっちに残りますよ。俺にとっては、この地球が故郷なのでねぇ。ま、魔力遮断の秘術を常時展開していれば、七織の魔導師にも見つかる事はないでしょうねぇ」
「ふぅん。それじゃあ、コデックスちゃんはこれから大変ねぇ」
「ん? まさかとは思いますけれど、まだ何か仕掛けてあるのですか?」
そうキスリーラに問いかけるコデックスだが。
そのあとに続いた返事を聞いて、顔色が真っ青になった。
「この地球の中心にね、巨大な迷宮核を発生させたのよん。今は私の能力で送り出した迷宮核が、世界各地に迷宮を作っているでしょう? でもね、しばらくしたら星の迷宮核が覚醒して、再びこの世界に迷宮が発生するわよぉ?」
ザワッ。
そう屈託のない笑みを浮かべて告げるキスリーラを見て、コデックスは生きた心地がしなかった。
そう、相手は魔族ではなく悪魔。
邪神と対を成す神の寵愛を開けた『悪意の塊』。
その影響はこの地球のある世界にも浸透している事を、コデックスはすっかり忘れてしまっていた。
「まさかとは思うが……」
「ええ、純正・地球産迷宮が大発生するわ。これは七織の魔導師・如月弥生でも星の迷宮核に干渉するのは難しいわよぉ。あの子にはさんざん、嫌な目に合わされたから意趣返しね。まあ、私がこの地を離れた時点で、私が作り出した『小さな迷宮核』は縮小するでしょうから、今現在発生している大氾濫は収まるんじゃないかしら?」
だが、大氾濫が収まるだけで迷宮自体はその場に残る。
迷宮核を制御しない限り、また魔物は発生する。
そしてやがて、『星の迷宮核』と世界各地の迷宮核繋がった時、何が起きるのかはキスリーラにも想像出来なかった。
「あら……そろそろ避難も終わるみたいよぉ。それじゃあ、後はよろしくねん♡」
「何がよろしくだ、とんでもない爆弾を残しやがって……」
そう吐き捨てるようにつぶやくコデックスだが、キスリーラは後ろを振り向くことなく手をひらひらと振りつつ転移門の中へと消えていく。
その直後、転移門はゆっくりと消滅した。
「さて、俺もそろそろ出て行きますかねぇ……」
コデックスの読みでは、この位相空間すべてが虚無に飲み込まれた時、外の世界にも多大なる影響が発生する。
ちょうど『知識の塔』があった場所を中心に、巨大な重力魔術爆縮反応が発生、巨大なクレーターが出現するだろう。
もっとも、地震などの影響はなく、突然、その場がえぐり取られたように消滅するだけ。
その跡地に何が発生するかは、コデックスでも予測がつかない。
そしてコデックスも位相空間から外に転移する。
そしてその一時間後、パンデモニウムのあった空間は消滅し、この世界から魔王アンドレスの痕跡が全て消滅した。





