表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝿の女王  作者: 黒塔真実
第三章、『亡霊は死なない』
86/113

38、神王の剣

 今までは仄かに光を帯びていただけの聖剣が、漆黒の闇を照らすようにまばゆく発光してゆく。


 今生で初めて瞳にする光景――剣身に神聖の力が溜められているこの状態は、アニメであれば仮面の騎士が強敵相手に戦いの締めに入った合図―― 

 つまりこの場合は、クィーンの止めを刺す段階に入ったことを意味していた。


 一気に緊迫した場の空気を感じ取ったのか、青白い炎の塊――監視用の人魂が――しきりに視界を旋回し始める。


 なかなか帰還しないことにグレイが痺れを切らしているのだと、クィーンがギクリとしたとき。

 隙をつくように仮面の騎士が橋面を蹴り、光る先端が迫ってくる――


「――!?」


 ハッとしたクィーンが真横に飛んだ直後、石造りの欄干の一部が盛大に弾けて壊れた。


 聖剣を光らせて放つ突き攻撃は、聖なる波動がこめられていて何段にも伸びるのだ。

 アニメで観たことがあったので後ろに避けるのは厳禁だと知っていたが、これが初見なら食らって即死していたかもしれない。


 冷やりとしたクィーンは思わず攻撃を返すことも忘れ、無意識に距離を取るように大きく飛びのく。

 たいする仮面の騎士は再び体制を整えて剣を構えると、クィーンの余裕のなさをあざ笑うように喉を鳴らした。


「――次の攻撃は外さないぞクィーン。

 貴様とお別れするのは少々寂しいが、せめて最期は俺を楽しませてくれたお礼として、この『神王の剣』の力を最大に放ち、一瞬で葬り去ってやろう」


 今しがた見せられた聖剣の破壊力とこの仮面の騎士の強気な発言に、焦ったのはクィーンだけではなかったらしい。


「――!?」


 いよいよ激しく飛び回る人魂の様子を見て、クィーンは二重の意味で危機感をおぼえる。


(まずい……!? これ以上粘るとグレイ様が出てきてしまう!)


 できれば少しでも仲間を侮辱された返礼と実力を示したかったが、出撃前のニードルがグレイに言っていたように、今は個人的な感情より優先すべきものがある。


 悔しいけれど、ここが潮時であり引き際だ。

 グレイが我慢しきれずに出撃する前に、一刻も早く退散しなくては――!?


 今にも繰り出されてきそうな正眼に構えられた聖剣を見つめ――緊張してクィーンは思案する。

 退散するにあたっては、瞬きより短い時間で飛び立つという特技があるものの、この状況で逃げる気配をみせたが最後、仮面の騎士がすかさずそこを狙って止めの攻撃をしてくることは必至。


 ――ここはひとまず一度攻撃を避けてから、上空へ逃げるのが賢明だ――


 ただしわずかでも負傷すれば、グレイがその瞬間出てくる可能性が高い。

 つまり、アニメではNo.1すら屠った必殺の剣であろうとも、完璧に避け切らねばならないのだ――


 決断すると、クィーンは気合をこめて対峙する敵を見据え、ひたすら攻撃を待ち構えた。

 それなのに仮面の騎士は剣を構えて静止したまま、一向にかかってこない。


 これは『次は外さない』という宣言から察するに、攻撃を避けられないよう、こちらが先に出るのを待ち、カウンターを狙うつもりなのかもしれない。

 予想したクィーンはそうはさせじと、相手側からの攻撃を誘うべく煽り文句を口にする。


「――どうしたの、聖剣使い? 私を一瞬で葬り去ってくれるんじゃなかったの?

 すっかり動きが止まっているけど、もしかして怖気づいたのかしら?」 


 仮面の騎士はくっくとのどを鳴らす。


「そちらこそ俺を切り刻むなら早くしたらどうだ、クィーン?

 それともソード同様、貴様も口だけの虫けらなのか?

 あいつはデカイ口を叩くぶん、少しはやるかと思ったが――実際に戦ってみれば急所を避けるだけの防戦一方で、一撃すらも放つ余裕がないうえ、左腕まで負傷し、終わりのほうは右腕一本で大剣を持つという情けない有り様。

 最後は仲間に強引に連れ帰られるのも無理もない――とんだ期待外れの弱さだった!」


(――違う! ソードが弱いんじゃない。アルベールがあまりにも強すぎるんだ)


 悔しくて口には出せなかったものの、他の魔族がことごとく瞬殺されてきたことを思えば、全身傷だらけになろうと致命傷を避け続けたソードは充分に強く、立派だった。

 アニメでも聖なる武器使い最強のアルベールの前に幾度も立ちながら、しぶとく最終回近くまで生き延びていたソードは、まさに大幹部並と呼ぶのに相応しい実力者なのだ。


 これまでの会話で本人よりも仲間を侮辱したほうが、クィーンを怒らせるのに効果的とわかったのだろう。

 仮面の騎士はさらにソードを馬鹿にする。


「ただ弱いだけではなく、ソードは身のほど知らずにも格上の相手に戦いを挑む、己の力量もわからぬ愚か者さ。

 おまけに勝ち目がないのに殺されるまで引こうとしないあたり、あいつの命も虫けらそのものの軽さだ!」


 こんな挑発に乗ってはいけないとわかっていても、クィーンの胸に抑えがたい怒りがこみあげてくる。

 なぜならソードの悔しさは『もう仲間を殺させない』という想いは、他ならぬクィーン自身のものだったから。どうしても言い返さずにはいられなかった。


「――いいえ、聖剣使い、ソードの命は決して軽くなんかないわ!

 もっと大切なものを賭けて、あなたと戦っていただけよ!」


 『ケイの記憶』を思いだした今のクィーンにはそのことがよく分かる。

 それはニードルが言っていた、人は目的のために手段を選ばなくなったらお仕舞いだと言っていた言葉に通じる。

 何も持たなかった孤独な少女が、失うぐらいなら死んだほうがマシだと、命より大切にしていたもの。


 たとえ命があっても、それを失った者は抜け殻になる、何よりもかけがえのないものなのだ――


「ほお、それは何だ? クィーン」


 仮面の騎士は興味深そうに尋ね、クィーンは答える前に柄をぎゅっと握り、


(ローズ、最後に力を貸して)


 心の中でローズに語りかけてから、言い放つ。


「――魂よ――!」


 合わせて構えるブラック・ローズから、大量の漆黒の花弁と巨大な荊の蔓が同時に飛び出し、幕のように広がりながら仮面の騎士に襲いかかる。

 クィーンは長引く会話にグレイの我慢の限界を考え、予定を変えて目くらましと足止めをして逃げることにしたのだ。


 しかし聖剣の放つ光が瞬時に花弁を霧散させ、素早く反応した仮面の騎士は、荊の蔓が届く前に攻撃のモーションに入っていた。


「――!?」


 空中に舞い上がりかけたクィーンの瞳に、輝く聖剣から放射状に連続して飛びだしてくる、無数の光の筋が映る。

 瞬間的にクィーンは悟った――これはアニメで観たことがある大技の一つであり――この攻撃は見えたからといって避けられるような種類のものではないと――


 間に広がっている荊の蔓の陰に隠れようと、聖剣を防げないことはローズを失った痛い経験から知っている。


 ――絶対絶命の危機に息を飲んだ刹那――


『私は死なないわ。だってアリスが悲しむのを知っているもの』


 クィーンの脳裏に閃いたのは、シンシアの姿と言葉だった。


 続いて自分が死ぬと悲しむであろう仲間達と、命を守ってくれたローズの顔が浮かび――絶対に死ねないといういう強い思いが胸に沸き起こる。


 ――見えても避けられないなら、見ない方がいい――

 直感的に思ったクィーンは、五感を研ぎ澄ますように目を瞑る。


 クィーンが頭に生やしている触角は、短く前髪に紛れて目立たないものの、ただの飾りではない。

 攻撃のみならずいかなる危険をも本能的に察知して回避するという、蝿の能力『脅威回避能』を発揮するためのセンサーでありアンテナなのだ。


 普段は並優れた動態視力と素早さで間に合うため、滅多に使う機会のないその能力を、今こそクィーンは発揮した。


 結果、流星群のように次々と襲ってくる聖剣の攻撃を、空気の流れを感知しながら上下左右に動いて回避しつつ、無事に上空へと抜け出す――

 と、完璧に避けたと思いきや、羽ばたきながらクィーンは、羽の端が数箇所切れていることに気がついた。


「――!?」


 身体には傷一つ負わなかったものの、大きな羽の分避けきれなかったのだ。 

 これ以上、羽を傷つけられたら飛べなくなり、退却不能になる。

 選択の余地なく、次の攻撃がくる前に逃げるしかないと――最速で飛び去ろうとするクィーンの足元から、 


「待て、クィーン!」


 制止の叫びに重なって聞こえたのは馬のいななき音。

 とっさに視線を下ろすと、近くに控えていたらしい愛馬に乗って、高く飛びあがってくる仮面の騎士の姿が見えた。

 馬の背には翼のような光の帯が広がり、凄まじい勢いで迫ってきている。


 ところが、クィーンはその光景を目にしてもアニメ知識のおかげで慌てなかった。

 聖なる馬具をつけた聖馬が帯びる光の翼は、長い滞空時間を保つことはできても、飛行能力がないことを知っていたからだ。


 跳躍したては勢いがあれど、高い位置へ上がるごとに失速していく。

 的確に判断したクィーンは、全力で羽根を動かし垂直に空を駆け上がる。


 遅れて途中で追いつけないと悟ったらしい、仮面の騎士が放った聖剣が飛んでくるのも、しごく落ち着いて眺めることができた。

 狙った敵の動きに合わせて方向を修正するという嫌な能力を持つ聖剣だが、先ほど溜めた力を最大出力で放ったせいか、見たところわずかな光しか帯びていない。

 クィーンはいったん空中で止まると、冷静に狙いを定め、思い切りブラック・ローズを叩きつけて、聖剣を下に送り返した。


「またね、聖剣使い」


 短く別れを告げ、再び距離を引き離すように飛びながら、いつか必ず今日の分も合わせてツケを払わせてやると、硬く心に誓うクィーンの瞳から悔し涙が溢れだす。

 戦闘に敗北して涙を流すのは生まれて初めての経験だった。


「……ローズ、ごめんね。……私の力が足りなくて……あいつに一つも思い知らせてやれなかった……」


 ローズの死やソードの決意をあざ笑われたまま、逃げることしかできなかった己の情けなさを思い、仲間の命だけではなく誇りを守るためにも、力が必要なのだとクィーンは痛感する。


 見守るように横に並んで飛ぶ人魂を見つめながら、クィーンはなおも考えた。


 グレイを安心させるため、そして自分の能力を信じてくれているローズやカーマイン、仲間を守りたいという同じ気持ちを抱えるソード、信頼し援護してくれたニードルの想いに応えるためにも――もっと実力をつけなければいけないと――


 さし当たっては今回の戦いで得た課題――衰えた体力や訓練不足、ブラック・ローズの能力を完全に使いこなせていない面などを改善しなくては――


 強い決意を胸に、クィーンは雲の高さまで飛んだあと異界への扉を開き――ようやく仲間達の待つアジトへと帰還した――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ