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蝿の女王  作者: 黒塔真実
第四章、『神へと至る道』
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14、美しい庭では……③ ソードの回想

「まずは、すまなかったな、クィーン。せっかく俺を大幹部に引き上げるために頑張ってくれたのに、俺の実力が足りなかったばかりチャンスをフイにしてしまった……!」


 悔しさを滲ませるソードの発言に、クィーンは衝撃を受ける。


(ソードが謝った!)


「私こそ力不足でごめんなさい。あなたは私を信じて真面目にやってくれていたのに……」


 任務中、数回ほど仮面の騎士に遭遇した際も、約束を守って速やかに撤退したことを、ニードルが書いた報告書から知っていた。


「いいや、クィーンのせいじゃないさ。俺が強ければ、魔王様は俺を選んだんだからな」


 言いながら、クィーンの肩を掴んでいるソードの手が、屈辱の思いにか震える。


「それより、順位戦でNo.8に勝ったってことは、つまりは順位が上がったってことだよな。昨日は自分のことで頭がいっぱいで思い至らなかった。

 遅くなったが、おめでとうクィーン。

 また、差が開いてしまったな」


 ソードの言葉に、クィーンは一瞬言葉を失う。


(自分が大幹部選に落ちたにもかかわらず、私の昇順に祝いの言葉をくれるなんて……!)

 

 感動の思いでグラスに酒を注ぎ、お礼を言う。


「ありがとう、ソード。あなたならすぐに追いつくわ」


「……だと、いいがな……」


 曖昧に答えるソードは、当たり前ながらかなり自信を失っている様子だった。

 なんとか力づけようと、クィーンが必死に言葉を探してると、


「そんな心配そうな顔をするなよ、クィーン。また自棄になって仮面の騎士に挑んだりしないからさ」


 表情を読んだようにソードが苦笑いする。

 

(逆にソードに励まされてしまった……!)


 感情が表に出にくい性質のクィーンは、二重の意味で驚く。


(出会った頃なら、こんなやり取りや状況は考えられなかった)


 その前にここまで身体を密着されたら、たちまち肌が粟立ち気が遠くなっていたことだろう。

 クィーンは感慨深い思いで頷く。

 

「ええ、あなたを信じているわ、ソード。

 勿論あなたの実力もね……今回はただ相手が悪かっただけよ。元No.13が対抗なら私でも負けていたと思うわ」


「そんなにそいつは強いのか?」


「そうね、純粋な戦闘力だと四天王に匹敵するんじゃないかしら。

 とにかく、彼が昇格した今、十番以下であなたより戦闘力の高い者は一人もいないから、次は必ず大幹部に選ばれるわ」


「くそっ!」


 ソードはグラスを一息で空けると、ダンとテーブルに叩きつけるように置いた。


「俺はいつも巡り合わせが悪い! おかげで結社に入って五年経ってもいまだに幹部止まりだ!」


 クィーンはソードの気分を上向きにしようとした。


「五年で12番なんて破格の出世スピードじゃない」


「そう言うクィーンは百番以内になるのにどれぐらいかかった?」


「四年かしら」


「俺は入信して三ヶ月で百番以内入りを果たした!」


 ぐいっと上から顔を寄せてくるソードに対し、クィーンは身をのけぞらせて耐えた。

 異様に胸がバクつき、全身が汗ばむ。


「それは凄いわね」


 お世辞ではなくクィーンは素直に感心した。

 

「ただし、良かったのは出だしだけだ! その後十ヶ月たらずでNo.42に上がって準幹部になったまでは良かったものの、すぐにNo.3によってNo.98まで順位を下げられてしまった。有り得ないし、酷すぎるだろう!」


(確かに準幹部から百番ギリギリまで降順したなんて話は他に聞いたことがない……)


 よほどのことをしたに違いないと思ったが、そうとも言えずクィーンは同情を示した。


「56も順位が下がるなんて酷い話ね」


「ああ、そうさ! あれは大変な悲劇だった。シングルNo.から大きく遠ざかるとともに、親友の人生まで大きく狂わせてしまったからな……! 今でもそのことは一生の負債として重く心にのしかかっている」

 

 クィーンはソードの話を聞きながら、


『俺は親友としての立場だけではなくあいつには色んな負い目があって、必ず幸せになって貰いたいんだ!』


 以前人間姿の時にチラッと聞かされた話を思い出した。


「親友ってニードルのことよね?」


 改めて興味を惹かれたクィーンが反射的に尋ねると、ソードは眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情を浮かべる。


「ああ、そうだ。俺にとって親友と呼べる存在はあいつだけだからな」


 ソードは肯定してから三杯目の酒を一気に煽り、辛い記憶を思い出すように、憂いに満ちた表情で切り出した。

 

「この話は今まで誰にもしたことはないが、聞いてくれるか、クィーン?」


 極力他人のプライベートには立ち入らない主義のクィーンだが、シンシアから貰っていた助言が効いていた。

 自分なりの誠意を込めて返事をする。


「ええ、私で良ければ――と言いたいところだけど、ごめんなさい。ニードルの個人的な話を勝手に聞くわけにいかないわ」


「それに関しては大丈夫だ。どうせ貴族間では広く知れ渡っている事件だからな。別にニードルも怒らないさ」


 そういえば、サシャもヴェルヌ家で起こった悲劇の内容を知っている様子だった。

 クィーンの無言を了解と捉えたように、ソードが話を進める。


「――あれは、今から約四年前。俺が準幹部に上がった直後、ニードルがまだ結社に入る前の出来事だ。

 当時まだ存命だったニードルの祖父は有名な美術品のコレクターで、ある晩それを狙って夜盗が屋敷に侵入した」


 クィーンは、以前訪れたヴェルヌ家の玄関や廊下に、立派な彫刻や見事な絵画が飾られていたことを思い出す。


「気配を察して駆けつけたニードルは半死半生の大怪我、遅れて現場に来た兄は殺され、騒ぎを聞きつけた祖父は惨状を見て心臓発作を起こした――寝ていた母と姉、留守だった父親は無事だった」


 それで次男のニードルが伯爵家の跡継ぎになったのだ。


「事件後調べてみると、屋敷内の誰かが犯人を手引きした形跡があり、ニードルの父親は無傷でかつ地下への鍵を持ち出せた妻の仕業だと決めつけた――俺は夫人の無実を信じた」

 

 ソードはアリスの時と違って、ニードルの母親が初恋の相手である事実を口にしなかった。


「しかし、事件から一週間後、ニードルの姉の自殺によって、夫人の無実は証明された。自分が鍵をこっそり持ち出し、窃盗団を地下の宝物庫に案内したと告白する遺書が残されていたからだ。

 ただ、残念ながらその手紙には名前も含め、協力した相手に関する情報は一切書かれていなかった。

 周りにも特に怪しい人物は見当たらず、犯人に繋がる証拠も見つからず……。悪いことにその頃ちょうど適齢期後半で敏感な時期だった彼女は、美しすぎる母親との折り合いが悪く、弟のニードルとも距離を置いていた。だから誰にも犯人の見当がつかなかった。

 だが、幸いすでに結社で出世していた俺には特権があり、組織の情報網を使えば真相を探ることなどたやすかった」


 教会関係者の結社員は多いし、シャドウの能力があれば大抵のことは調査できる。


「すると、こともあろうに黒幕はヴェルヌ家の屋敷がある教区の美貌で知られるカリスマ神父だった」


「……神父が?」


 ニードルであるシモンが教会嫌いになった理由がようやく理解できた。


「ああ、そうだ。ニードルの姉は教会の手伝いに熱心に通っていたが、神父と逢引するための口実だったらしい。

 この神父がとんだ金満聖職者でな。美しく取り繕った表面とは違い、裏では様々な悪事に手を染め、私腹を肥やしていた。

 俺はその事実を、あくまでも情報の入手元を秘密にしたうえでニードルだけに明かした。

 すると、ニードルは一人で歩けない状態なのに、聞いたそばから直接本人を問い詰めると言って譲らなかった。当然、親友の俺は付き添いをした。

 ところが、面会した神父はあくまでもシラを切り通し、おまけにその帰り道、俺達はあきらかに口封じ目的の武装集団に囲まれた。

 俺は速やかに決断し、ニードルの前で魔族姿に変化して、襲ってきた連中を皆殺しにした」


 衝撃の展開に驚きながら、クィーンは重く呟く。


「だから、ニードルは結社入りを余儀なくされたのね」


 正体を知られた百番以内の者は、相手を殺すか、結社に引き入れるかの二択だ。


「そうだ、ニードルは自分の意思ではなく、俺の正体を知ったせいで結社に入るはめになったのさ……!

 唯一の救いは結社員になったおかげで、No.10の治療を受けられたことぐらいだ。完全に不能になっていた左足が再生したからな……」


 ドクターは死者以外はすべて回復させられる奇跡の医術者なのだ。


「それでその後、どうなったの?」


「ああ、さすがの俺も怒って、その足で返礼に向かったさ――ちょうど神父が参加していた人間さえも売り買いされる地下オークションに、魔族姿のまま乗り込んでやった。

 クィーンも知っての通り、魔族に変化できる百番以内の者の重要な役目の一つは、人々に圧倒的な力を見せつけ、新たな組織員を増やすことだ。

 その時も、司祭を血祭りにあげるついでに派手な大立ち回りを披露した効果で、入信希望者が殺到した! 

 にもかかわらず、No.3は俺を降格させたんだ!」


 不満もあらわなソードにクィーンは質問する。


「ちなみに、乗り込む前に、グレイ様への許可は?」


「そんなの事後承諾に決まっている――止められたら困るからな――でもちゃんと、イメージを大切にする結社の規則にのっとり、神父の遺体を広場に晒すとともに、目立つところに罪状を書いた紙を張り付けておいた」


(……そこを守っても、肝心の部分が抜け落ちていたんじゃ……)


 組織の承認なしで魔族の力を行使するのは、今も昔も厳罰対象だ。

 グレイとの相性だけではなく、そんな規則破りをしているから、なかなか順位が上がらなかったのだろう。


「しかも悲劇はそれだけでは終わらなかった。神父に報復した翌日、今度はニードルの母親が自殺したんだ。子供を二人失ったショックに耐え切れなかったのだろう……まさに俺とニードルにとっての人生の暗黒期だった」


 家族を相次いで亡くしたニードルの気持ちを思うと、クィーンの胸は痛んだ。


「――とにかく、あの時の順位の下降が俺の出世に一番響いたことは確かだ! 当然のし返しをした俺に対し、No.3が下した処罰はあまりにも重すぎるだろう?」


「それは……」


 問われたクィーンが返事に詰まっていると――突然、膝の上にメッセージ・カードが出現した。


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