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吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


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第三十四話 子供部屋の会談と、お土産の果物




 対話というものは、相互理解への架け橋であると詩人は歌うが、実際には互いの腹を探り合い、妥協点という名の地雷原を慎重に歩く作業に他ならない。


 特に、一方が「入る者」であり、もう一方が「入られる穴」である場合、その関係性は対等どころか、捕食と被食、あるいは侵略と迎撃という血なまぐさい前提の上に成り立っている。

 そんな緊張関係にある両者が、武器を置いてテーブルを囲むというのは、歴史的快挙であると同時に、とてつもなく面倒くさい事務手続きの始まりでもあるのだ。



 吾輩はダンジョンである。


 先の攻防戦から数日後。

 入り口のセンサーが、奇妙な一行を感知した。


 武装した冒険者ではない。

 一人は、先日戦場を駆け回っていた若き女領主、尾崎モミジ男爵。

 もう一人は、白髪交じりの壮年男性。データ照合……冒険者ギルドの支部長、グッドールド・アキヤマだ。

 そして、その後ろに控える護衛数名と、何やら書類鞄を抱えた小男。


 彼らは武器を抜かず、敵意も見せず、ただ緊張した面持ちで立っていた。


 アキヤマ支部長が、虚空に向かって声を張り上げる。


「ダンジョンの主よ! 我々は争いに来たのではない! 対話を求めてやってきた! どうか、招き入れてはもらえまいか!」


 対話、ときたか。

 まあ、あれだけ派手に共闘し、意思があることを露見させてしまった以上、いつかはこうなると予想していた。


 無視して追い返すこともできるが、それではまた隣の領主のような「誤解」を招きかねない。

 ここは一つ、店主としてお客の代表と顔合わせくらいはしておくべきだろう。


 だが、最深部の第八階層まで案内するのは面倒だ。

 ヴォルグは寝ているし、散らかっているし、何より遠い。

 吾輩は、比較的入り口に近く、かつ安全で、話し合いに適したスペースとして、第一階層にある「キッズルーム」を指定することにした。


 元々は子狼と冒険者のふれ合いの場ではあったが、コボルトたちが改装し、フカフカの苔を敷き詰め、子狼やコボルトの幼体たちが遊ぶための託児所となっている場所だ。


 案内役として、リッチのパープルを派遣する。

 今日の彼女は、接客用ということで「貴婦人の帽子を被ったカボチャ」という、シュルレアリスム全開の出で立ちである。


『ようこそお越しくださいました。あるじがお待ちです。こちらへ』


 アキヤマ支部長が、カボチャ頭の骸骨を見て引きつった笑みを浮かべたが、さすがは肝が据わっている。

 彼らはパープルの先導で、罠が解除されたルートを通り、キッズルームへと通された。


 そこは、ダンジョンとは思えぬ平和な空間だった。

 天井には発光苔が柔らかく輝き、床には骨や木で作った玩具が転がっている。

 隅の方では、ブランカの子狼たちが、コボルトの子供たちと一緒になって、客人を興味深そうに覗き込んでいる。


「……ここが、ダンジョンの中?」


 モミジ男爵が目を丸くした。


「まるで、保育園ね」


 吾輩は、部屋の中央にあるテーブル(これもコダマ製だ)に彼らを着かせた。

 パープルが、主の代弁者として席に着く。


『さて、単刀直入に伺いましょう。……何用でございますか?』


 アキヤマ支部長が姿勢を正した。


「確認したいことは二つ。このダンジョンに明確な『意思』が存在することの確認。そして、今後の我々との付き合い方についてだ」


 やはり、そこか。

 吾輩は思考を巡らせ、パープルにざっくりとした指示を飛ばす。


 ――伝えろ。意思はある。「吾輩は賢い穴だ」とな。


 パープルが優雅に頷き、通訳する。


『主はこう仰せです。「我がダンジョンには確固たる意思が存在する。我はただの空洞にあらず、思考し、統治し、ことわりを紡ぐ知的存在である」と』


 うむ、だいぶ盛ったな。まあいい。


 支部長とモミジが顔を見合わせた。確定した事実に、安堵と警戒が入り混じる。


「では、聞きたい。……貴殿は、人間をどう思っている? 敵か、餌か、それとも」


 ――お客様だ。どんどん入って、勝手に死んで、たまに美味い感情をよこせ。以上。


『「得難き客人」である、とのこと。冒険者が挑み、散り、あるいは宝を持ち帰る。その循環こそが迷宮の誉れ。故に、狩猟も採取も制限はいたしません。「心ゆくまで挑まれよ」と申しております』


「たまに死んでくれ」という本音が、綺麗にオブラートに包まれた。


 支部長は「ビジネスライクで助かる」とばかりに頷いた。


「では、その『挑む』際のリスクについてだが」


 アキヤマ支部長が手帳を開く。


「冒険者の安全確保について協議したい。具体的には、即死級の罠の撤去、および低層階における魔物の襲撃頻度の抑制だ。……可能だろうか?」


 図々しい。

 客が遊園地に来て「絶叫マシンが怖いから遅くしろ」と言うようなものだ。


 ――却下だ。保育所じゃあるまいし、過保護すぎると伝えろ。

 ――怖いなら家で寝てろ、とな。


『却下する、との仰せです』


 パープルの口調が冷たくなる。


『主は不快感を露わにしておられます。「ここは慈悲深き揺り籠にあらず。死と隣り合わせの緊張感こそが、冒険者の魂を磨く砥石となる。……安全を望むならば、ご自宅の寝台こそが相応しい」と』


「……手厳しいな」


 支部長は苦笑した。


「まあ、正論だ。ギルドとしても過保護にするつもりはないが、交渉の余地なしか」


「では、取引についてはどうですか?」


 モミジが身を乗り出した。


「先の戦いでは、ポーションや食料の提供を受けました。対価を支払えば、今後も素材を直接取引することは可能ですか?」


 彼女は、フタバを通じた裏取引の実績を知っている。

 公に貿易協定を結びたいということだろう。


 ――やってもいいが、吾輩は工場じゃないぞ。

 ――あくまでフタバ経由の「小遣い稼ぎ」程度なら見逃してやる。


『取引自体は否定されません。しかし、主は「生産工場」として扱われることを嫌います。あくまで個人の裁量による「余剰分の放出」としてならば、黙認するとのことです』


 モミジは少し残念そうだが、完全に拒否されたわけではないことに安堵したようだ。

 その背後で、小男が羊皮紙をめくる音がした。


 支部長が次の議題に移る。


「連絡手段についてだ。今回のように、緊急時に意思疎通ができるようにしたい。……ダンジョン内に、ギルド職員の駐在所を設けることは可能か?」


 駐在所。

 吾輩の体内に、人間の出張所を作るということか。

 監視されるようで気分が悪いし、何より邪魔だ。


 ――連絡なら入り口で叫べ。聞こえる。

 ――施設は中はダメだ。吾輩は生きてるからな、うっかり消化しちまうぞ。外なら好きにしろ。ただし、看板が落ちてきても知らん。


『連絡ならば、入り口にて声を張り上げれば届くとのこと。主は地獄耳ゆえ』


 パープルが首を振る。


『施設については、内部は許可できぬそうです。主は生きておられます。壁が動き、床が波打つ生体内部ゆえ、駐在所ごと消化されても文句は言えませぬ』


「……なるほど。内部はリスクが高すぎるか」


『恒常的な施設を作るなら、外になされよ。入り口の広場ならば、今のところ安定している。……ただし、そこも主の領域。万が一、地形変動で潰れても、補償はいたしかねるとのこと』


 アキヤマ支部長は「検討しよう」とメモを取った。


 会談は、概ね平和に進んでいた。


 だが、ここで空気を読まない男が口を挟んだ。


「失礼。少しよろしいかな」


 モミジの後ろに控えていた、書類鞄の小男だ。

 名前は、大石ジミー。

 モミジ男爵の母方の叔父にあたる人物だが、その目は爬虫類のように油断ならず、揉み手をする仕草がいかにも胡散臭い。


 吾輩の解析によれば、彼は他領の有力貴族、芥田あくたリバードラ伯爵の手先として、この領地に送り込まれた「監査役」という名のスパイだ。


 ジミーは、眼鏡の位置を直しながら、慇懃無礼な口調でパープルに問うた。


「ダンジョン側が資源を管理していることは分かりました。では、資源や素材を『意図的に作り出す』ことは可能なのですかな?」


 欲の皮が突っ張った質問だ。

 吾輩は、鼻で笑った。


 ――条件付きだが、できると言え。


『条件はあるが、可能である』


 パープルが短く答える。

 ジミーの目が、金貨のように輝いた。


「ほう! それは素晴らしい。では、その条件とは? そして、こちらの希望するリスト――例えば、希少な魔鉱石や、不老長寿の薬草などを、オーダーメイドで生産してもらえるのですかな?」


 彼は鞄から、分厚い羊皮紙の束を取り出そうとした。

 そこには、彼(と背後の黒幕)が欲する利益のリストが書かれているのだろう。


 吾輩は、コアの奥底から、冷ややかな嘲笑を送る。

 

 ――条件? 気分だ、気分。

 ――希望? 知らんがな。

 ――パープル、言ってやれ。「は? お前なに言ってんの?」とな。


『……条件?』


 パープルの声が、氷点下まで下がる。


『条件は言えぬ。それは主の魔力量と技量、そして「気分」に左右される機密事項だ』


「いやいや、そこをなんとか。こちらも相応の対価を……」


『希望? 聞くだけなら聞いてやるが、叶えるかどうかは別問題だ』


 パープルは、ジミーが取り出しかけたリストを、骨の指で押し戻した。


『勘違いするな、下郎。……主はこう仰せだ』


 パープルが、ドクロの瞳の奥で青い炎を揺らめかせた。


『「我と貴様の間には、信頼もなければ契約もない。赤の他人の不躾な注文を、なぜ我が聞かねばならんのだ? ……正気か、貴様は?」』


 見事な意訳だ。「お前なに言ってんの?」が、痛烈な拒絶の言葉へと昇華された。


 ジミーの顔が赤黒く染まった。


「ぶ、無礼な! 私は領主の親族であり、伯爵家の代理人でも……」


『知らん。家柄など、ダンジョンの中では紙切れ一枚の価値もない』


 吾輩は、彼を完全に無視することに決めた。

 こういう手合いは、一度甘い顔を見せると、骨の髄までしゃぶり尽くそうとする。

 入り口でシャットアウトするのが、最良のセキュリティ対策だ。


 気まずい空気が流れる中、モミジが慌てて割って入った。


「叔父様、下がってください! ……申し訳ありません、ダンジョンの主よ。不躾な真似を」


 彼女は深々と頭を下げた。


 苦労人だ。

 外敵だけでなく、身内にも獅子身中の虫を抱えているとは。

 吾輩は、少しだけ彼女にサービスしてやることにした。


 コボルトたちに念を送る。


 ――手土産を持ってこい。

 ――あの無礼な男にはやらんが、領主と支部長たちにはくれてやろう。

 ――毒は入ってないと伝えとけ。


 コボルトたちが奥から運んできたのは、籠いっぱいの果物と薬草だった。

 コダマの森で採れた、瑞々しい「魔力リンゴ」と、疲労回復に効く「月光草」だ。


『主からの手土産です』


 パープルが籠を差し出す。


『ご安心を、毒は入っておりませぬ。「食べ過ぎれば魔力あたりを起こすやもしれぬが、滋養にはなる」との心遣いです』


 モミジが驚いて顔を上げた。


「え? いただけるのですか?」


『ええ。貴女のその誠意ある謝罪への、対価として』


 モミジは、恐縮しながら籠を受け取った。

 その顔には、安堵と、そして純粋な驚きが浮かんでいた。

 人間を襲うはずのダンジョンから、お歳暮のような手土産を渡されるとは夢にも思わなかったのだろう。


「……ありがとうございます。あの、私は……」


 モミジは自分の手元を見て、顔を赤らめた。


「手ぶらで来てしまいました。まさか、お土産をもらえるなんて思わなくて……。次に来る時は、必ず何かお持ちします」


 律儀な娘だ。

 吾輩は、その言葉だけで十分な報酬だと感じた。

 恐怖や絶望も美味だが、こういう「感謝」という薄味のエネルギーも、たまには悪くない。


 会談は終了した。


 彼らはパープルに見送られ、出口へと向かった。

 ジミーだけは、捨て台詞のようにブツブツと何か言っていたが、帰路の罠(転ばない程度の段差)に足を取られて派手に転んでいた。


 ざまぁみろ、である。

 彼らが去った後、静けさを取り戻したキッズルームで、吾輩は思考を巡らせた。


 今回の会談で、人間側とのルールはある程度明確になった。

 だが、あのジミーという男。

 あれは火種だ。

 彼が背後にいる「芥田リバードラ伯爵」に何を報告するか。


 いずれにせよ、平穏な日々はそう長くは続かないだろう。

 だが、望むところだ。



 吾輩はダンジョンである。


 来る者拒まず、去る者追わず(ただし生きて帰れるとは限らない)。

 

 ……さて、スライムよ。

 ジミーが転んだ拍子に落としたハンカチを拾っておけ。


 何かの呪い……いや、交渉の材料に使えるかもしれんからな。




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