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吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


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第三十三話 ダンジョン攻防戦(後編)~深緑の処刑場と、ハッピーエンドの舞台裏~




 狩りと戦争の決定的な違いは、そこに「対等なルール」が存在するか否かである。


 戦争には、宣戦布告があり、捕虜の扱いがあり、一応の倫理規定がある。――建前の上では――互いに「兵士」として命を賭ける儀式だ。

 だが、狩りは違う。

 一方が他方を一方的に追い詰め、罠に掛け、処理する。そこに慈悲もルールもない。あるのは捕食者と被食者という、残酷なまでの階級差のみである。


 哀れな隣の騎士団は、自分たちが戦争をしているつもりだったのだろう。だが、吾輩の敷居を跨いだ時点で、彼らはただの「猪」に成り下がっていたのだ。



 吾輩はダンジョンである。


 第三階層、コダマの支配する「魔の森」。


 そこは今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 鬱蒼と茂る巨大植物の合間を、黒い鎧の騎士たちが逃げ惑う。

 隊列は崩壊し、指揮系統は寸断され、彼らは個々の生存本能だけで動く敗残兵と化していた。

 なぜなら、ここには理不尽な暴力が満ち溢れているからだ。


「火だ! 植物なら火に弱いはずだ! 燃やせ!」


 騎士の一人が叫び、魔道具の火炎放射器を構える。

 だが、その炎が放たれることはなかった。


 凄まじい風圧と共に、巨大な赤い影が降ってきたからだ。


 竜王ヴォルグである。

 彼は、コダマから「火気厳禁」をきつく言い渡されているため、欲求不満が頂点に達していた。


『……燃やすなと言っておろうが』


 ヴォルグは、吐けないブレスの代わりに、丸太のように太い尻尾を振り回した。

 質量攻撃。

 鎧ごと騎士が吹き飛び、大木に激突して動かなくなる。

 

『ああ、イライラする! 喉が熱い! 燃やしたい! だが燃やすとあの関西弁のコダマがうるさい』


 ヴォルグは咆哮と共に、手近な騎士を鷲掴みにし、ボールのように投げ飛ばした。

 ただの八つ当たりである。


 騎士団長が必死に叫ぶ。


「怯むな! 密集しろ! 盾を構えて円陣を組め! ドラゴンの一撃を耐えるんだ!」


 さすがは精鋭、混乱の中でも指示に従い、彼らは大盾を隙間なく並べた強固な防御陣形「亀甲の構え」を作り上げた。

 これならば、ヴォルグの物理攻撃もある程度は凌げるかもしれない。

 だが、彼らは知らなかった。ここが誰の庭であるかを。


「……チッチキチー。何が『亀甲の構え』や。わいの芸術的な森に、そんな無粋な鉄の塊は似合わへんわ」


 森の中央、一番高い巨木の枝に腰掛けたコダマが、指揮者のように木の枝を振った。


「散らしなはれ。演目は『いばらのワルツ』や!」


 騎士たちの足元の地面が、突如として爆発したかのように隆起した。

 現れたのは、大人の太ももほどもある太い木の根だ。それらがまるで意志を持った大蛇のようにのたうち回り、強固な盾の列を内側から食い破った。


「うわあっ! 地面が!」

「陣形が崩れる!」


 コダマの独壇場である。

 彼は吾輩から供給される膨大な魔力を使い、植物の成長速度を自在に操っていた。


「右翼、遅い! もっとリズミカルに! 左翼、そこで蔦を絡ませて転ばすんや!」


 彼の指揮に合わせて、森全体が襲いかかる。

 逃げようとする騎士の足首を蔦が掴み、宙吊りにする。


 悲鳴を上げる騎士の口に、麻痺性の花粉を撒き散らす花がねじ込まれる。

 堅牢な鎧も、継ぎ目から侵入してくる細い根の前には無力だった。


「あかん、美しくないわ。そこの騎士はん、もっとこう、絶望した顔でひきつらんと絵にならへんがな」


 コダマは、残酷な演出家だった。

 彼にとってこの戦いは、自らがデザインした庭園の性能試験であり、エンターテインメントなのだ。


 一方、別の場所では、もっと陰湿な狩りが行われていた。


 湿地帯エリア。

 足を取られた騎士たちの背後から、ぬるりとした触手が忍び寄る。

 出張中のクラーケンだ。


『……乾燥肌対策のローション代わりだ。貴様らの恐怖の脂汗をよこせ』


 巨大なイカが、陸上で騎士を締め上げる光景はシュールだが、その破壊力は本物だ。


「ぐえっ」という短い悲鳴と共に、騎士が沼に引きずり込まれていく。


 そして、この地獄の中で、一際異彩を放つ集団がいた。

 守備隊と冒険者たちである。

 彼らは森の入り口付近の安全地帯で、呆然と戦況を眺めていた。

 だが、時折、逃げてきた騎士と鉢合わせることがある。


「いたぞ! 敵の守備隊だ! 道連れにしてやる!」


 錯乱した騎士が、守備隊に斬りかかる。

 守備隊長が剣を構えた、その時。


 横合いから飛び出したスケルトンが、騎士の剣を自らの肋骨で受け止めた。

 バラバラと骨が散らばる。


『……グフッ(という音を顎の骨で鳴らし)、客人は……通さぬ……!』


 スケルトン(中身はパープルの遠隔操作)は、首だけで守備隊の方を向き、カクカクと頷いて崩れ落ちた。

 

「ス、スケルトン――ッ!!」


 守備隊の若い兵士が絶叫した。


「俺たちを庇って……! なんで……俺たちを……」


 ――演技だ。

 ――そいつは後でパープルが組み立て直せば元通りだ。


 だが、効果は絶大だった。

「魔物が命懸けで自分たちを守ってくれている」という事実は、守備隊の士気を異常なほど高揚させた。


「見殺しにするな! 俺たちも戦うぞ!」

「魔物たちに続け! 侵略者を追い出せ!」


 守備隊と冒険者が、騎士の背後から襲いかかる。

 挟撃。

 前からドラゴン、後ろから守備隊。


 騎士団の運命は決した。


 数時間後。

 第三階層の戦闘は終了した。

 二百名いた精鋭騎士団は、見る影もない。

 死屍累々。

 生き残ったのは、指揮官クラスを含む四十名ほど。彼らも手足を折られ、あるいは恐怖で精神を病み、もはや戦う力は残っていない。


 パープルが、捕縛された騎士団長(ヴォルグに踏まれて鎧がぺちゃんこになっている)を見下ろし、守備隊長に告げた。


『……残党は、全て捕らえました。これらは「戦利品」として貴殿らに引き渡しましょう』


 守備隊長は、血塗れの鎧で敬礼した。


「感謝する。……我らだけでは、到底勝てなかった。貴殿らの助太刀、生涯忘れん」


 彼は、周囲に散らばる魔物の死骸(演技用に散らしておいた偽装死体)を見て、痛ましげに目を伏せた。


「多くの犠牲を出させてしまったな……」


『……彼らも本望でしょう。あるじの庭を守り、客人を守って散るは、魔物の誉れゆえ』


 パープルが殊勝なことを言っている裏で、死んだふりをしていたコボルトが「くしゅん」とくしゃみをした。


 吾輩は慌てて、コボルトの上に土を被せて隠した。

 さて、これで中の掃除は終わった。

 次は「外」だ。


 入り口の広場には、隣の領主の本陣が残っている。

 約二十名。

 彼らは勝利の報告を待ち、のんびりと茶を飲んでいるはずだ。

 そこへ、地獄から生還した守備隊を送り込んでやる。


 パープルが先導し、守備隊を「秘密の近道(コボルトが掘った搬入用通路)」へと案内する。

 彼らは第一階層の罠エリアをショートカットし、無傷で入り口付近へと移動した。


 一方、外の本陣。

 夕闇が迫る中、副官がイライラと貧乏揺すりをしていた。


「遅いな。騎士団長は何をしている。たかが三十人の雑兵相手に」

「ダンジョンの調査も兼ねていますから、手間取っているのでは?」


 彼らは気づいていない。

 背後の森から、殺気立った集団が近づいていることに。


 守備隊だけではない。

 騒ぎを聞きつけたモミジ男爵の本隊(といっても農民兵が主だが)も到着し、合流していたのだ。


 その数、総勢百名。

 そして、ダンジョンの入り口からも、守備隊長率いる精鋭三十名が飛び出した。


「突撃ィィィ!!」

「我が領土を荒らす賊を許すな!!」


 ときの声が上がる。

 本陣の兵士たちが振り返った時には、もう遅かった。


「なっ、なんだ!? どこから湧いた!?」

「騎士団はどうしたんだ!?」


 挟み撃ちである。

 前からは、死んだはずの守備隊。

 後ろからは、怒れる領民たち。


 そして、吾輩も少しだけ手助けをしてやった。

 入り口の地面を揺らし、本陣のテントを倒壊させてやったのだ。

 

「うわあっ! ダンジョンが怒っている!」

「逃げろ! ここは呪われている!」


 本陣は一瞬で壊滅した。

 戦うまでもない。彼らは武器を捨て、我先にと逃げ出した。

 だが、逃げ場はない。


 彼らは捕縛され、あるいは森へ逃げ込み(そこには狂暴な野生の熊がいる)、完全に無力化された。

 

 戦いが終わった。

 入り口の広場には、勝利の歓声が響き渡っていた。

 守備隊員たちが抱き合い、モミジ男爵(馬で駆けつけたらしい少女)が涙を流して兵士を労っている。


 吾輩は、その光景を暗闇の中から静かに見守っていた。

 吾輩の胃の中には、大量の「騎士団の死体(素材)」と「高級な武具(リサイクル品)」が残された。


 そして、生き残った四十名の捕虜は、隣の領主に対する強力な外交カードとなるだろう。


 魔物たちが、集合場所に集まってくる。

 ヴォルグは「暴れ足りん」と不満げだが、フタバから差し入れられた高級肉を見て機嫌を直した。

 演技をして死んだふりをしていたスケルトンやゴブリンたちも、むっくりと起き上がり、ハイタッチを交わしている。


「おい、見たか俺の演技。泣けたろ?」

「へっ、俺なんか三回も死んだぜ。ボーナス三倍だ」


 緊張感のない会話。

 だが、彼らはやり遂げた。

 吾輩の威信を守り、最大の危機を「エンターテインメント」として処理したのだ。

 吾輩は、心の中で彼らに拍手を送った。


 ――ご苦労。

 ――今日は宴会だ。倉庫を開放する。好きなだけ食い、飲むがいい。


 魔物たちの歓声が、勝利の凱歌より大きく響いた。

 こうして、隣の領主による侵略作戦は、完全なる失敗に終わった。


 残されたのは、莫大な賠償金請求の種と、「あのダンジョンの魔物は、人間を守る聖なる使いかもしれない」

 という、妙な噂だけであった。



 吾輩はダンジョンである。


 平和が戻った。

 だが、これで終わりではないだろう。

 今回の件で、吾輩の「自我」の存在を、外の世界の賢い連中(ギルドの上層部や領主たち)は確信したはずだ。

 これからは、剣による戦いではなく、言葉と契約による「政治戦」が始まる予感がする。


 まあ、いい。

 どんな相手が来ようと、吾輩はここで、口を開けて待っているだけだ。


 ……あ、コダマよ。

 森で死んだ騎士は、鎧をちゃんと回収してから埋めろよ。金属は肥料にならんからな。




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