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吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


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第三十一話 玄関先の戦争と、空気の読めない隣人




 近隣トラブルというものは、どこの世界でも頭の痛い問題である。


 騒音、ゴミ出し、境界線の揉め事。

 人間同士なら引っ越せば済む話だが、吾輩のような不動産(文字通り動かない資産)にとっては、隣人が狂人であっても逃げることはできない。

 ましてやその隣人が、苦情ではなく“軍隊”を持ってくるタイプなら、管理会社も匙を投げる。



 吾輩はダンジョンである。


 今日の吾輩の喉元――第一階層の入り口付近は、かつてないほどの殺気に満ちていた。

 いつものような冒険者の熱気ではない。もっと冷たく、生々しい、鉄と血の匂いがする殺気だ。


 入り口の広場には、二つの集団が対峙していた。

 一方(ダンジョン側)は、三十名ほどの混成部隊。

 尾崎モミジ男爵――性別は女だが、爵位は男爵である。ややこしい――が派遣した領兵たちだ。彼らの装備は古く、継ぎ接ぎだらけだが、その瞳には「故郷を守る」という悲壮な決意が宿っている。

 さらに、ギルドから派遣された数名の冒険者も混じっている。彼らは「お得意様」である吾輩を守るために、義理と報酬で雇われた用心棒たちだ。


 そして、もう一方(侵略側)。

 こちらは見るからに威圧的だ。

 総勢二百名。

 全員が黒塗りの全身鎧に身を包み、長槍と大盾を構えた重装歩兵。その後ろには、騎馬に乗った騎士たちが控えている。


 隣の領主、ジューシン・オークマ子爵が誇る精鋭騎士団だ。

 彼らは整然と列を組み、無言の圧力を放っている。ダンジョンの入り口を完全に封鎖する構えだ。


 吾輩は、入り口の岩陰に意識を集中させ、彼らの会話を拾った。


「……道を開けられよ。我々は、危険なダンジョンの調査に来ただけだ」


 馬上の騎士団長が、尊大な態度で告げる。


 よく回る舌だ。

 先日、勇者を使って「核の破壊」を目論んだことがバレているにも関わらず、「調査」と言い張るその神経。鉄面皮とはこのことか。


 対する守備隊長――モミジ男爵の配下である初老の戦士が、声を張り上げた。


「調査ならば、ギルドを通すのが筋! 武装した二百の兵で他領の土地を踏み荒らし、何を調査すると言うのか! これは侵略行為である! 即刻立ち去られよ!」


 正論である。

 だが、正論が通じる相手なら、最初から軍隊など連れてこない。


 騎士団長は、嘲るように鼻を鳴らした。


「侵略? 人聞きの悪い。……先日、我が領の若者たちが、興味本位でこのダンジョンに入り、無残に殺されたとの報告を受けた。このダンジョンは、若者を惑わし、食い物にする『人食い穴』だ。隣人として、このような危険物を放置するわけにはいかんのだよ」


 ――嘘をつけ。

 ――お前のところの「若者(工作員)」たちは、生きて帰したはずだ。ブランカに脅かされて、泣きながら逃げ帰ったのを吾輩は見ているぞ。


 それを「殺された」ことにするとは。死人に口なしならぬ、生きてる奴を勝手に殺して大義名分にするとは、呆れたプロパガンダだ。


 守備隊長が剣の柄に手をかけた。


「……でっち上げだ! 貴公らの狙いは、このダンジョンの利権か、それとも我が領への恫喝か! モミジ様は若いが、決して貴様らの横暴には屈しない!」


 モミジ男爵。

 風の噂に聞く、この土地の領主。まだ十七歳の小娘だという。

 親を早くに亡くし、借金まみれの貧乏領地を継いだ苦労人。

 そんな彼女が、吾輩からの収益でようやく一息つけるようになった矢先に、この仕打ちだ。


 吾輩は、健気な大家(モミジ)に対し、少しばかり同情を禁じ得ない。

 少なくとも、彼女は吾輩を「金蔓」として大切にしてくれている。壊そうとする隣人よりは、よほどマシな契約相手だ。


 騎士団長が、ゆっくりと剣を抜いた。

 その金属音が、開戦の合図だった。


「……交渉決裂だな。残念だ」


 彼は、守備隊だけではない。その後ろにある吾輩の入り口、そして周囲の森を見回した。

 その目には、明確な「殺意」があった。


「総員、抜刀。……障害物を排除せよ」


 ……障害物。

 それは、守備隊のことだけではない。

 目撃者すべてだ。

 彼らは、ここで全員を撫で斬りにし、「ダンジョンの魔物が暴走して守備隊を全滅させた。我々はそれを鎮圧した」というシナリオを描いているのだ。


「構えろッ! 死守するんだ!」


 守備隊長が叫ぶ。

 二百対三十。

 戦力差は歴然だ。

 黒い鎧の波が、小さな守備隊を飲み込もうと動き出した。


 重装歩兵の足音が、吾輩の入り口を震わせる。


 ――おいおい。

 ――吾輩の敷地内で、勝手に戦争を始める気か。


 吾輩は不愉快だった。

 玄関先で血を流されるのは、掃除が面倒なのだ。

 それに、あの守備隊の連中は、吾輩の「客(冒険者)」ではない。ただの警備員だ。


 警備員が、強盗に殺されるのを黙って見ているというのは、吾輩の品格に関わる。


 先頭の騎士が、守備隊の若者に槍を突き出した。

 若者は盾で受けようとするが、圧力に押され、体勢を崩す。

 そこへ、別の騎士が剣を振り下ろす。


 血飛沫が舞う――寸前。

 地面が揺れた。

 騎士たちの足元の地面が、唐突に隆起したのだ。


「うおっ!?」

「なんだ、地震か!?」


 違う。

 吾輩だ。

 ちょっとした「地殻変動」を起こして、足場を悪くしてやっただけだ。


 騎士団長が、ダンジョンの入り口を睨みつけた。


「……魔物が来るぞ! 構えろ!」


 彼は、ダンジョンから魔物が溢れ出てくると予想したのだろう。


 だが、甘い。

 吾輩は、そんな単純な手は使わない。

 「魔物の暴走」に見せかけたい彼らのシナリオに乗ってやる義理はないからだ。


 吾輩は、内部に待機させていた「従業員たち」に号令をかけた。


 ――総員、出勤準備。

 ――ただし、殺すな。

 ――あくまで「営業活動」の一環として、不法侵入者(騎士団)を排除せよ。


 入り口の暗闇から、無数の目が光った。

 戦争?

 いいや、これは「大規模イベント」の始まりだ。



 吾輩はダンジョンである。

 


 まったく、空気の読めない隣人とはこのことだ。

 家主の許可なく、庭先で焚き火(戦争)をしようとする輩には、冷たい水ではなく、熱いお灸を据えてやらねばなるまい。





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