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吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


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第二十九話 特産品の横流し疑惑と、敵軍への武器供与




 金は天下の回りものと言うが、その回り方が常に清廉潔白であるとは限らない。


 水が高いところから低いところへ流れるように、富もまた、価値ある場所から欲深き場所へと、時に泥にまみれながら流れていくものである。

 我がダンジョンは今、未曾有の好景気に沸いていた。

 第三階層、木霊コダマが管理する「魔の森」から産出される希少な薬草やキノコ、そして果実。これらが地上で馬鹿売れしているらしいのだ。


 結構なことだ。我が社のブランド価値が上がるのは悪いことではない。


 だが、ここで一つ、看過できない問題が生じていた。

 吾輩の預かり知らぬところで、在庫が勝手に減っているのである。



 吾輩はダンジョンである。


 管理職たる者、数字には敏感でなければならない。


 吾輩は毎朝、ダンジョン内の魔素量と資源残量を確認するのを日課としているが、最近、第三階層の収穫物の減り方が異常だった。

 冒険者が持ち帰る量は知れている。彼らは命がけだ。リュック一つ分を満たすのが精一杯である。


 だが、現実は違った。

 コダマが丹精込めて育てた「特級毒消し草」や「爆発キノコ」が、コンテナ単位で消失しているのだ。

 これは明らかに、内部の者による横領である。


 ――犯人は誰だ。

 ――食いしん坊のヴォルグか? いや、あいつは肉しか食わん。

 ――スライムか? 彼らは溶かすだけで持ち出さない。


 吾輩は、ダンジョン内の監視網(知覚センサー)を最大感度にして、犯行現場を抑えるべく張り込みを開始した。



 時刻は深夜。

 冒険者も去り、魔物たちが寝静まる丑三つ時。

 第一階層の入り口付近、普段は目立たない岩陰で、怪しい取引が行われていた。

 そこにいたのは、我が社の従業員たち――正確には、その子供たちだった。


 コボルトの幼体たちと、ゴブリン(こいつは大人だが精神年齢が低い)である。

 彼らは大きな袋を抱え、ソワソワと誰かを待っている。


 やがて、闇に紛れて現れたのは、小柄な人影だった。

 迷彩色のポンチョを目深に被り、足音を殺して近づくその姿。


 見覚えがある。


 樋口フタバ、あの敏腕(そして強欲な)スカベンジャー娘だ。


「……持ってきた?」


 フタバが小声で囁く。


「へへ、持ってきたよ姉ちゃん」


 ゴブリンが袋を開ける。

 中には、コダマの森からくすねてきた「エリクサーの原料になる花」や「麻痺治癒の葉」がぎっしりと詰まっていた。


「よし、上出来。鮮度もいいわね」


 フタバは品定めをすると、懐からジャラジャラと硬貨を取り出した。

 銅貨と、少量の銀貨。

 そして、色とりどりの飴玉や、安っぽい玩具。


「はい、これ報酬。今月は頑張ったからボーナスで『激辛干し肉』もあげる」


「やったー! 姉ちゃん大好き!」


 コボルトの子供たちが尻尾を振って喜んでいる。

 ゴブリンも銀貨を一枚もらって、ニタニタと笑っている。


 ――現行犯逮捕だ。

 ――完全にアウトだ。未成年(魔物だが)を安い駄賃で使い走りにして、高額商品を買い叩く。

 ――これは立派な搾取であり、横流しだ。


 吾輩は、即座に執行官を派遣した。

 闇の中から、ぬらりと姿を現したのは、人事兼法務担当、リッチの色部パープルである。

 今日の頭は、威圧感を出すために「般若の面」を装着している。


『……あな浅まし。わらべを唆し、主の財を掠め取るとは。その罪、万死に値する』


 般若の面が、月光に白く浮かび上がる。

 子供たちが「ひっ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。

 残されたのは、取引現場を押さえられたフタバ一人。


 普通なら腰を抜かす場面だ。


 だが、この娘は違った。

 一瞬だけ「しまった」という顔をしたが、すぐに商売人の顔ポーカーフェイスに戻り、両手を挙げた。


「あー、バレちゃいました? こんばんは、パープルさん。今日も素敵な仮面ですね」


『世辞は無用。……この落とし前、いかにつけるつもりか』


 パープルの指先(骨)に、攻撃魔法の光が宿る。

 フタバは慌てず、むしろ挑戦的に笑った。


「待ってください。殺すのは損ですよ。私はダンジョンに損害を与えるどころか、利益をもたらしているんですから」


 ――利益だと? 盗っ人猛々しいとはこのことだ。


「考えてもみてください。私がこのアイテムを街で売ることで、何が起きているか」


 フタバは指を折って数え始めた。


「一つ、ダンジョンの知名度が上がる。『あそこのダンジョンの素材は最高だ』ってね」


「二つ、冒険者が増える。良い素材があるなら、自分たちも採りに行こうってなる」


「そして三つ……これが一番重要なんですけど」


 彼女は声を潜め、ニヤリと笑った。


「私の最大の顧客は――今ダンジョンを攻めてきている『隣の領主の軍隊』なんですよ」


 吾輩の思考が停止した。

 どういうことだ。


「隣の領主は、このダンジョンを攻略しようと必死です。バレてないと思ってるようですが、物や人の動きを見れば一発です」


 フタバはドヤ顔で続けた。


「領主も攻略の進行が遅いのに苛立っているようですね。特に、第三階層の毒や麻痺がキツすぎて被害が大きい。そこで彼らは、私が市場に流した『特効薬』を、言い値で買い取っていくんです」


 フタバは肩をすくめた。


「皮肉な話ですよね。彼らは、このダンジョンを壊すために、このダンジョン産の薬を買って、あなたに間接的にお金を払ってるんです」


 なるほど。

 マッチポンプ。

 あるいは、敵に武器を売って稼ぐ死の商人。

 吾輩が作った毒で兵士が苦しみ、吾輩が作った薬を兵士が高値で買い、その金が巡り巡って(一部だが)吾輩の知名度と価値を上げる。

 

 ――悪党だ。

 ――吾輩以上の外道がいるとは。


 だが、理には適っている。

 隣の領主は、攻略のために湯水のように金を使っている。その資金を吸い上げるパイプ役として、彼女は機能しているのだ。


 ここで彼女を殺せば、薬の供給が止まり、敵軍は「攻略不可能」と判断して、より過激な手段(大規模な魔法爆撃など)に出てくるかもしれない。

 「薬があれば進める」という希望を持たせて、じわじわと搾り取る。

 それは、吾輩が掲げた「泥沼消耗戦」の戦略と完全に合致していた。


 吾輩は、パープルを通じて告げた。


『……よかろう。貴様の弁明、理ありと認める』


 フタバがほっと息を吐いた。


『ただし、タダで済むと思うな。これより貴様を当ダンジョンの「専属広報兼・販売代理人」に任命する』


『売上の五割……いや、六割を「テナント料」として現物納付せよ。金はいらん。肉だ。魔物たちの食料になる質の良い肉と、資材を持ってこい。そして』


 フタバは顔をしかめた。


「六割!? 暴利ですよ! せめて四割……」


『嫌なら、今ここで肥料にするまで。コダマが新しい苗床を欲しがっていたゆえ』


 パープルが般若の面を近づける。


「……わ、分かりました! 六割で! 契約成立です!」


 こうして、吾輩のダンジョンに、また一つ歪な部門が誕生した。


「営業部」。正規ルートではないが、最も効率的に外貨を稼ぐシステムである。

 


 数日後。

 隣の領主が派遣した踏破部隊が懲りずにやってきた。

 今回は特に気合が入っているのか、人数も倍増し、装備も強化されている。

 特に目立つのは、彼らの腰に吊るされたポーションの瓶だ。

 フタバが売りさばいた「特製毒消し」と「活力増強剤」である。


 彼らは第三階層の「魔の森」に突入した。

 コダマの植物たちが襲いかかる。毒の胞子が撒かれる。


「怯むな! 薬がある!」

「解毒剤を飲め! これさえあれば怖くない!」


 兵士たちは薬を飲み干し、強引に進軍する。

 確かに効果は絶大だ。コダマの猛毒を受けても、彼らは倒れない。

 監視モニター(知覚)越しに、コダマが不満げに舌打ちしている。


『なんやねん。わいの毒が効かへんやんけ。面白くないわ』


 ――まあ待て、コダマ。

 ――あれは一本、銀貨十枚もする薬だ。彼らは一歩進むごとに、銀貨をばら撒いているようなものなのだ。


 兵士たちは、薬の力で第三階層を突破した。

 彼らの顔には「攻略できるぞ!」という希望と慢心が浮かんでいる。

 だが、その腰のポーションは既に空だ。

 そして彼らは、第四階層へと足を踏み入れた。


「死霊対策の“清め塩”と“よもぎ”。各自しっかり確認せよ」


 先頭の剣士(風コスプレの兵)が懐から出した塩を、頭から盛大に振りかけていた。

 下味でもつける気か? なら、よもぎより胡椒の方が良いと思うがな。


 第四階層。そこは、パープルの管轄する死霊エリア。

 彼らも何やら対策をしてきたようだが、今日は趣向が違う。


 吾輩は、新戦力を投入していた。

 第九階層から出張してきた、クラーケンである。


 彼は今日、雨天のため「日光浴休暇」が取れず、暇を持て余していたのだ。

 パープルが「地上には行けませんが、第四階層なら少し湿気がありますよ」と唆し、連れてきたのである。


 薄暗い通路の奥。

 天井から垂れた触手が、通路の松明(乏しい灯り)をぬるりと撫でた。


「……なんだあれは? 新種の植物か?」


「いや、動いて……うわあっ!?」


 触手が唸りを上げて兵士を薙ぎ払った。

 

 物理攻撃である。

 解毒剤も回復薬も、もちろん塩もよもぎも関係ない。圧倒的質量による暴力だ。


 斬りかかった兵士も、触手に剣ごと巻き取られ、通路に叩きつけられた。


「イカだ! なんでこんな所に巨大イカがいるんだ!?」


「撤退! 除霊グッズじゃ間に合わない! 衝撃吸収の護符だ、耐力増強剤も必要だ!」


 彼らはパニックに陥り、再び敗走していった。


 今回もまた、「あと少しだったのに」という悔しさと、「次は物理対策をすれば勝てる」という情報を持ち帰って。


 彼らが去った後、フタバがひょっこりと顔を出した。

 手には、逃げる兵士が落としていった財布と、空になったポーション瓶を持っている。


「いやー、いい商売ですね。彼ら、来週には対物理用のアイテムを欲しがると思いますよ。……コダマさん、ゴム質の植物とか作れません?」


 コダマが切り株の上で腕を組んだ。


『……チッチキチー。しゃあないな、需要があるなら作ったるわ。その代わり、売上の六割はこっちに回しや』


 たくましい。

 誰も彼もが、金と欲望に忠実だ。


 吾輩は、兵士たちが落としていった金貨(フタバが回収し損ねた分)をスライムに取り込ませながら、深いため息をついた。


 隣の領主よ。

 貴様がこのダンジョンを攻略するには、国家予算並みの資金が必要になるだろう。

 せいぜい、吾輩の従業員たちを肥え太らせてくれるがいい。



 吾輩はダンジョンである。


 敵の金で飯を食い、敵の金で強くなる。

 これぞ経営の極意。


 ……まあ、少しばかり倫理的にどうなのかと思う部分はあるが、背に腹は代えられぬということで、目を瞑ることにしよう。




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