表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/39

第二十五話 コボルトの集団面接と、香箱座りのドラゴン




 妥協という言葉は、しばしば敗北の同義語として扱われるが、それは大きな間違いである。


 厳しい環境下において、己の理想を一部曲げてでも現状に適応する行為は、生物としてのしたたかな生存戦略に他ならない。

 痩せ我慢をして凍え死ぬよりも、格好悪くても暖を取って生き延びる。その泥臭い選択こそが、明日の命を繋ぐのだ。


 ……と、吾輩は目の前の情けない光景を見ながら、自分に言い聞かせている。



 吾輩はダンジョンである。


 「節電経営」を開始してから、しばらくの時が流れた。

 魔力の出力を絞り、照明を落とし、罠の威力を弱めた「マイルドな迷宮」は、意外にも好評を博している。

 即死しない程度のスリル。頑張れば攻略できる難易度。

 これらが中堅冒険者たちの自尊心をくすぐり、客足は徐々に戻りつつあった。


 だが、問題は内部の「寒さ」である。

 魔力による熱供給が断たれたダンジョン内は、底冷えのする石の棺桶のような状態が続いている。


 第八階層、竜王の宮殿。

 そこの主であるレッドドラゴンのヴォルグは、寒さに耐えかねて、ある奇妙な姿勢を開発していた。

 前脚を胸の下に折りたたみ、後ろ脚を腹の下に隠し、長い尾を体に巻き付け、翼ですっぽりと全体を覆う。

 熱を逃がさないための、究極の防御姿勢。


 人間界の猫がよくやる「香箱座り」そのものである。


 威厳もへったくれもない。

 黄金の山の上で、巨大な赤いトカゲが手足を隠して丸まっている図は、もはやドラゴンというより、巨大なツチノコか、焼きすぎたパンの塊にしか見えない。


 時折、冒険者が最奥まで辿り着くことがあるが、彼らはこの姿を見て言葉を失う。


「……あれがボス?」

「寝てるのか? なんか……可愛いぞ」


 そして、起こすのも悪いと判断して、そっと引き返していく。


 ヴォルグよ、それでいいのか。

 お前のプライドは、寒さの前に完全敗北したのか。


 一方、他の住人たちはたくましかった。


 ブランカ(月影の魔狼)と子狼たちは、元々が野良暮らしだ。この程度の寒さは気にならないらしい。

 むしろ、照明が暗くなったことで、闇に紛れる彼らの本領が発揮され、子狼たちは「かくれんぼ」の難易度が上がったと喜んで走り回っている。


 ゴブリンは相変わらず「寒い」「ブラックだ」と文句を垂れているが、温泉の脱衣所から拝借したタオルを腰に巻き、なんとか凌いでいるようだ。


 そんな風に、吾輩たちは寒さと折り合いをつけながら、平穏な日々を送っていた。



 ある日、入り口の感知センサーが反応するまでは。


 多数の足音。

 だが、冒険者のような重い靴音ではない。

 爪が石畳を叩く、硬く、小刻みな音の連続。

 獣の群れか?

 いや、統率がある。逃げる音ではない。来る音だ。


 吾輩は意識を入り口に向けた。


 そこにいたのは、犬の顔を持ち、二足歩行をする小柄な亜人たち――コボルトの集団だった。


 数は十二体。

 大人と思われる個体が七体、子供が五体。

 彼らは一様に薄汚れた布切れを纏い、痩せこけ、疲労困憊の体で身を寄せ合っていた。

 武器は持っていない。あるのは、背負った粗末な荷袋と、手に持った古びたツルハシやスコップだけだ。


 侵入者か?

 いや、彼らの目には戦意がない。あるのは、縋るような必死の色だけだ。


 彼らは入り口の広間で立ち止まり、恐る恐る周囲を見渡すと、一斉に地面に額を擦り付けた。

 土下座である。

 ダンジョンの虚空に向かって、見えない主に平伏したのだ。


 ――なんだ、これは。

 ――集団参拝か? 賽銭箱は置いてないぞ。


 様子を見に来たゴブリンが、彼らを見て驚きの声を上げた。


「げっ、コボルトじゃねぇか。なんでこんな所にいんだよ。森の奥に住んでるんじゃなかったのか?」


 コボルトの一人、白髪交じりの薄汚れた毛並みをした長老格が、顔を上げて言った。


「お頼み申す……! どうか、どうか我らを、この迷宮の末席にお加えくだされ……!」


 就職希望者だった。

 しかも、集団面接である。


 吾輩は、ひとまず彼らを第七階層の倉庫前広場へと招き入れることにした。

 入り口で土下座されたままでは、他の冒険者の邪魔になるからだ。


 広場には、主要メンバーが集まった。

 香箱座りを解除して不機嫌そうなヴォルグ、子供たちを背後に隠して警戒するブランカ、そして通訳兼人事担当のリッチ、色部パープル(今日の頭は鹿の剥製)である。


 パープルが、長老に問いかける。


『事情を聞こうか。なぜ、わざわざこのような魔窟へ参った』


 長老は震えながら語り始めた。

 その内容は、世知辛い弱肉強食の理そのものだった。


 彼らは元々、この森のさらに奥深く、人里離れた渓谷に集落を作ってひっそりと暮らしていたという。

 鉱物を掘り、細工を作り、人間とも魔物とも関わらず平和に生きていた。

 だが、その平穏は唐突に破られた。


 オークの集団が流れてきたのだ。

 豚の顔を持つ巨漢、オーク。

 彼らは粗暴で、大食漢で、何より排他的だ。

 オークたちはコボルトの村の近くに砦を築き、森の獲物を食い荒らし、時には人間の村や街道を襲撃し始めた。


 とばっちりを受けたのはコボルトたちだ。

 オークの暴挙に業を煮やした人間の領主が、一帯を「魔物討伐推奨エリア」に指定したのである。

 ギルドの討伐隊が派遣されることになった。

 彼らにとって、オークもコボルトも、等しく「駆除すべき害獣」に過ぎない。

 村が焼かれるのは時間の問題だった。


「我らは逃げました。住み慣れた土地を捨て、着の身着のままで」


 長老の目から、涙がこぼれ落ちた。


「しかし、行く当てなどありませぬ。森は危険な魔獣で溢れ、人里へ降りれば殺される。……そんな時でした。この地から、強大な魔力の波動を感じたのは」


 魔力垂れ流し事件のことだ。

 吾輩がB+ランクに昇格した際、抑制できずに漏れ出していたあの魔力。

 それが、彼らにとっては灯台の光のように見えたらしい。


「ここならば、強き主の庇護があるかもしれぬと。そう思い、ここまで辿り着きました」


 長老は言葉を詰まらせた。


「ですが……入り口には近づけませんでした。あの頃、森の魔獣たちは狂ったように荒れ狂っており……我らは岩陰に隠れ、嵐が過ぎるのを待つしかなかったのです」


 なんという皮肉か。

 吾輩の放った魔力が彼らを呼び寄せ、同時に彼らを阻んでいたのだ。

 そして今、吾輩が魔力を抑え、森が沈静化したことで、ようやく彼らは中に入ることができた。

 これを運命と呼ぶには、あまりに吾輩の責任が重すぎる気がする。


 長老は再び平伏した。

 後ろに控える大人たちも、そして訳も分からず震えている子供たちも、一斉に頭を下げる。


「働きまする。穴掘りでも、罠作りでも、何でもいたしまする。ですからどうか、ここに置いてくだされ」


 悲痛な叫びが響く。


「もし……大人の数が多すぎると言うなら、せめて子供たちだけでも。この子たちだけでも、慈悲を……!」


 大人のコボルトたちが、我が子を前へ押し出した。

 自分たちはどうなってもいい。種を絶やしたくないという、生物としての根源的な願い。


 沈黙が落ちた。


 ヴォルグが鼻を鳴らした。

『ふん、弱者の戯言だ。自分の身も守れぬ者が、我の城に何の用がある』


 彼は冷淡だ。強者としての理屈で生きている。


 ブランカは、コボルトの子供たちを見て、目を細めた。自分の子供たちと重ね合わせているのだろう。

『……主よ。場所ならある。倉庫の隅でも、通路の端でも』


 ゴブリンがボソリと言った。

「……俺、一人だと仕事回んねぇんだよな。温泉の掃除とか、正直きついし」


 そしてパープルが、吾輩のコアに向かって言った。

『主殿。……コボルト族は、手先が器用で、土木作業に長けた種族です。先の案件……魔力の逃げ道を作るための「拡張工事」。彼らなら、あるいは』


 ――拡張工事。


 そうだ。

 吾輩は今、魔力を無理やり抑え込んでいるが、それはいずれ限界を迎える。

 根本的な解決には、ダンジョンの構造そのものを広げ、新たな「魔力循環ルート」を掘る必要がある。


 だが、スライムは溶かすだけ、ヴォルグは壊すだけ、ゴブリンは力不足。

 「掘って、固めて、作る」ことができる技術者が不在だったのだ。

 目の前には、使い込まれたツルハシを持った集団がいる。

 生きる場所を求め、労働力を提供しようとしている者たちがいる。


 吾輩は、ダンジョンの損益分岐点を計算した。

 食費。居住スペース。

 対する労働対価。技術力。将来性。

 

 ……悪くない取引だ。

 というか、ここで追い出して、彼らが外で野垂れ死んだら、吾輩の寝覚めが最悪だ。


 偽善ではない。


 あくまで、優秀な技術者の確保と、精神衛生上の措置である。

 吾輩は、パープルを通じて告げた。


 ――採用だ


 パープルが厳かに通訳する。


『主殿が許可なされました。本日より、貴殿らを当ダンジョンの「施設管理部・土木課」として迎え入れます』


 コボルトたちが顔を上げた。

 信じられないという顔。

 そして、次瞬、歓喜の涙で顔をぐしゃぐしゃにして、抱き合った。


「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます……!」

「よかった……よかったねぇ……」


 長老が、震える手で地面を撫でた。

 それは、彼らがようやく手に入れた「安住の地」への感謝だった。



 その日から、吾輩のダンジョンは少し賑やかになった。


 コボルトたちは、驚くほど勤勉だった。

 与えられた第七階層の隅っこに、あっという間に簡易的な居住区を作り上げ、翌日からは早速、拡張工事に取り掛かった。


 彼らのツルハシ捌きは見事なものだ。

 硬い岩盤を的確に砕き、崩れないように支柱を立て、美しいトンネルを掘り進めていく。


「ここを掘れば魔力の通りが良くなります」

「ここの壁を補強すれば、上の階層の振動が減ります」


 専門家プロの仕事だ。


 子供たちも、ただ守られているだけではなかった。

 彼らはブランカの子狼たちとすぐに打ち解け、一緒になってダンジョン内を走り回っている。

 コボルトの子供たちは、手先が器用だ。

 壊れた罠を直したり、スライムが落としたゴミを拾ったり、冒険者が忘れていった矢を回収して研ぎ直したりしている。


 ゴブリンは「やっと部下ができた」と偉そうに指示を出しているが、実質的には子供たちに遊ばれているようにしか見えない。


 ある日の午後。

 拡張された新しい通路で、コボルトたちが作業歌を歌いながら壁を塗っていた。

 低い、土臭い、けれど力強い歌声。

 その歌声を聞きながら、ヴォルグが黄金の上で、やはり香箱座りのまま言った。


『……騒がしいな。だが、前より少し、暖かくなった気がする』


 それは、工事によって魔力の循環が改善され、床暖房の効率が上がったからかもしれない。

 あるいは、単に「生き物の熱気」が増えたからかもしれない。



 吾輩はダンジョンである。


 気がつけば、狼に龍に死霊に犬人間。

 多種多様な種族が、一つの屋根の下(地下だが)で暮らす大所帯になってしまった。

 魔王軍でも、人間の王国でも、こんな滅茶苦茶な構成の組織はそうそうないだろう。


 だが、悪くない。

 吾輩の胃壁を叩くツルハシの響きは、孤独な静寂よりもずっと、心地よい子守唄のように感じられた。

 

 ……ただ、コボルトたちよ。


 工事現場で「ご安全に!」と唱和するのはいいが、冒険者が来た時までそれをやるのはやめろ。

 雰囲気が台無しだ。ここはお化け屋敷なんだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ