第二十話 組織改編による棲み分けと、絶対秘匿領域について
部屋の乱れは心の乱れ、職場の乱れは経営の乱れである。
所帯が大きくなればなるほど、整理整頓という基本動作がおろそかになりがちだ。
気づけば通路にはスライムが溢れ、重要な宝箱の中にコウモリが住み着く。
さらには、ボスであるはずのドラゴンが入り口付近まで散歩に出てきて、新米冒険者を焼いてしまう、などという笑えない事故も起き始めた。
これではいけない。
顧客(冒険者)に適切な「冒険体験」を提供するためにも、また従業員(魔物)たちの労働環境を改善するためにも、ここらで一つ、大規模な「区画整理」を行う必要がある。
吾輩はダンジョンである。
今までの吾輩の内部は、カオスの一言に尽きた。
狼が骨を埋め、ドラゴンが鱗を撒き散らし、アンデッドが徘徊し、ゴブリンがその隙間で小さくなっている。
まるで万年床の学生寮のような有様だ。
管理職として、吾輩はこの無秩序な空間に「階層」という秩序を与えることにした。
まず、第一階層から第三階層まで。
ここは「初心者および中級者向けエリア」として再定義する。
配置するのは、コウモリ、スライム、そしてゴブリン。
いわゆる雑魚モンスターたちだ。彼らには、冒険者の消耗を誘い、かつ適度な達成感を与えるという重要な役割がある。
しかし、このエリアには最近、新たな「環境ギミック」が加わってしまった。
子狼たちである。
ブランカ(ムーン・シャドウウルフ)の子供たちは、日に日に活発になり、今や吾輩の浅い階層を庭のように駆け回っている。
今日も今日とて、冒険者が角を曲がったところで、二匹の毛玉と鉢合わせる事案が発生した。
「うわっ、なんだ? 狼か?」
「小さいな。……かわいい」
冒険者が剣を下げ、不用意に近づこうとする。
子狼たちは「キャン!」と一鳴きして、脱兎のごとく逃げ出した。
彼らは知っているのだ。自分たちが攻撃されれば、即座に「怖いお母さん」か「変な骨の人」がすっ飛んでくることを。
だから、彼らは絶対に戦闘しない。ただの賑やかしである。
問題は、宝箱の中身だ。
このエリアの宝箱は、本来なら薬草や小銭、あるいはポーションの素材となる良質な苔などを入れておく場所である。
だが、開けてみるとどうだ。
「……なんだこれ?」
冒険者が拾い上げたのは、泥だらけの「木の枝」だった。
子狼の宝物である。
あるいは、干からびたネズミの死骸。あるいは、どこからか拾ってきた動く指の骨。
「……嫌がらせか?」
「いや、ある意味、精神攻撃系の罠かもしれない」
冒険者たちは疑心暗鬼に陥っている。
違う。それは単なる子供の悪戯である。
だが、たまにヴォルグが落とした「龍鱗の欠片」や、スライムがみっちり詰まった「びっくり箱」も混ざっているから油断ならない。
この「当たり外れの激しさ」が、逆に冒険者たちの射幸心を煽っているという説もある。
次に、第四階層から第六階層。
ここは空気が一変する。
湿度を上げ、照明(発光苔)を落とし、陰鬱な雰囲気を演出する。
ここを仕切るのは、新任のリッチ、色部パープルだ。
彼女の指揮の下、スケルトン、ゾンビ、レイスといったアンデッド軍団が徘徊する「死霊エリア」である。
スケルトンたちは、生前の記憶があるのかないのか、規則正しく巡回警備を行っている。
だが、ここでも子狼たちの被害が出ていた。
カチカチカチ……。
通路の奥で、奇妙な音がする。
見れば、巡回中のスケルトンが、片足を引きずりながら歩いている。
その足元には、必死に脛の骨に齧りついている子狼の姿があった。
スケルトンは困っていた。
振り払おうにも、主の可愛がっているペットだ。手荒な真似はできない。
かといって、このままでは脛が砕ける。カルシウム不足が深刻だ。
彼は虚空を見上げ、無言で吾輩に助けを求めていた。
そこへ、事情を知らない冒険者が通りかかる。
「おい、チャンスだ! あのスケルトン、動きが鈍いぞ!」
「狼が足止めしてるんだ! 今だ、やっちまえ!」
冒険者が剣を振り上げ、子狼ごとスケルトンを攻撃しようとした、その瞬間。
影が噴き上がる。
『……我が子に、剣を向けたな?』
漆黒の闇から、銀色の毛並みを輝かせたブランカが現れる。
月影の魔狼の、親バカ全開の殺意。
第四階層で遭遇していいレベルの敵ではない。
いわゆる「初心者狩り」の発生である。
冒険者たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
吾輩は、天井から砂を落としてブランカを諌めた。
――やりすぎるな。全滅させると噂が途絶える。
このエリアの宝箱は、パープルの趣味で選別されている。
中身は、冒険者が落としていった装備品が主だ。
長期間、ダンジョンの魔素に晒された剣や鎧は、時に「呪いの武具」へと変質し、時に「魔法の武具」へと昇華する。
鑑定眼のない者がうかつに装備すれば、一生外れない兜を被ることになる。
実にダンジョンらしい、意地悪な仕様だ。
そして、第七階層。
ここは「大広間」と呼んでいるが、実質的には従業員の居住区兼、倉庫である。
一角には、パープルの書斎がある。
彼女はどこからか集めてきた古文書や、冒険者が落とした魔導書を積み上げ、頭蓋骨のない首を傾げながら解読に勤しんでいる。
時折、和歌を詠む声が響くのが玉に瑕だが、知的な空間だ。
反対側には、ブランカ親子の寝床がある。
フカフカの苔と毛皮が敷き詰められ、食べかけの骨やオモチャが散乱している。生活感の塊である。
そして、中央には「ガラクタ置き場」こと倉庫がある。
冒険者の遺品、壊れた罠の部品、子狼のコレクション、分別前の宝箱の中身。
それらが山積みになっている。
ここを整理するのはゴブリンの役目だが、彼は最近、労働の範囲が増えたせいかサボり気味だ。
最深部、第八階層。
ここはヴォルグの私室であり、彼が勝手に「宮殿」と呼んでいる場所だ。
相変わらず、黄鉄鉱(偽の金)と、雲母混じりの花崗岩(光る石)の山の上で寝ている。
だが最近、その山の中に、本物が混じっていることに吾輩は気づいていた。
倉庫からこっそり持ち出したとおぼしき、金貨や宝石、銀の燭台などだ。
『ふふん、やはり本物は輝きが違うな』
ヴォルグは、吾輩が見ていないと思っているのか、こっそりと懐に入れた金貨を磨いては、山の中に埋め込んでいる。
セコい。
破壊の化身たるドラゴンが、やっていることはコソ泥だ。
だが、彼には天敵がいた。
スライムである。
スライムたちは「掃除」が本能だ。
彼らは定期的に第八階層を巡回し、床に落ちている異物を取り込んでいく。
ヴォルグが寝ている間に、せっかく集めた金貨や宝石は、スライムの体内に取り込まれ、消化され、あるいは運ばれて、再び第七階層の倉庫へと戻される。
循環型社会。
ヴォルグが集め、スライムが回収し、ゴブリンが倉庫に戻す。
徒労の極みだが、彼が幸せならそれでいいだろう。
第八階層の最奥には、奇妙な空間の歪みがある。
転移門だ。
ヴォルグが来る前からあったものだが、最近になって活性化した。
飛び込めば、おそらくダンジョンの入り口付近か、あるいは別の場所へ飛ばされるのだろう。
冒険者にとっては「帰還の魔法陣」として機能するはずだ。
吾輩としては、ゴミ出し用のダクトとして使いたいところだが。
さて。
ここまでが、吾輩の身体構造の概略である。
だが、一つだけ、語っていない場所がある。
いや、語るのも憚られる場所というべきか。
ダンジョン核。
この世界の常識において、コアとはダンジョンの心臓部であり、魂の在り処とされる。
それは美しく輝く結晶体であり、膨大な魔力を放ち、周囲の土地を汚染し、魔物を生み出す源泉だ。
世間一般のダンジョンでは、このコアは最深部の「ボス部屋」の奥に鎮座しているのが通例らしい。
きらびやかな台座に乗せられ、冒険者たちの目を楽しませ、そして最後には英雄の手によって破壊される。
それが、ダンジョンの美しい最期だとされている。
だが、吾輩に言わせれば。
露出狂か、貴様らは。
コアだぞ。核だぞ。
生物で言えば心臓であり、脳髄であり、そして魔力を生み出すという意味では生殖器にも等しい、最もプライベートな器官ではないか。
それを、あろうことか他人の目に晒す場所に置くなど、正気の沙汰とは思えない。
「見てください、これが私の急所です」
と言って、腹を割いて内臓を見せびらかしているようなものだ。
破廉恥極まりない話しである。
想像しただけで、吾輩の壁面温度が数度上昇する(赤面する)思いだ。
他のダンジョンがどう考えているのかは知らない。
彼らには「自我」や「羞恥心」という高尚な概念がないのかもしれない。
「どうぞ壊してください」と言わんばかりにコアを晒し、冒険者を誘き寄せる餌にする。
なるほど、戦略としては合理的だ。
だが、美学に反する。
では、吾輩のコアはどこにあるのか。
絶対に言わない。
ヴォルグの黄金山の下? 違う。
パープルの書斎の隠し金庫? 違う。
そんなわかりやすい場所にあるわけがない。
吾輩のコアは、もっと地味で、暗くて、誰も気にも留めない場所に、厳重に隠蔽してある。
岩盤の裂け目の奥の奥、地下水脈の底の底、あるいは壁のシミの裏側。
何重もの迷彩と、防音防魔加工を施し、ひっそりと脈打っている。
誰にも見せない。
誰にも触らせない。
これは吾輩だけの秘密の花園なのだ。
時折、冒険者たちが第八階層まで辿り着き、ヴォルグを倒した後(あるいはスルーした後)、血眼になってコアを探す姿を見かける。
「おかしいな、コアがないぞ」
「隠し部屋か? 壁を叩いてみろ」
「まさか、このドラゴンがコアの化身だったとか?」
的外れな推測をして、右往左往する彼らを見るのが、吾輩の密かな愉しみである。
見つかるものか。
吾輩は、ガードの固いダンジョンなのだ。安易に心を開いたりはしない。
ただ、一つだけ懸念がある。
子狼たちだ。
彼らは「穴掘り」の天才だ。
最近、彼らが第七階層の隅っこ、吾輩がコアへの通気孔として開けておいた小さな隙間を、興味深そうに掘り返しているのを目撃した。
――やめろ。
――そこはダメだ。そこだけは掘るな。
――お父さん(?)の、とても大事なところが隠してあるんだ。
吾輩は慌てて、その場所に「とっても硬い岩」を隆起させて蓋をした。
子狼たちは「チェッ」という顔をして、別の場所へ遊びに行った。
危ないところだった。
身内に弱点を暴かれるなど、管理職としてあってはならない失態だ。
吾輩はダンジョンである。
組織の階層化は完了した。
従業員それぞれの持ち場も決まった。
そして、最重要機密であるコアの隠蔽も完璧だ。
これで、いつ勇者が来ても、いつ魔王軍が攻めてきても、あるいはいつ税務署(ギルド査察官)が来ても、堂々と対応できるというものだ。
……おや。
入り口のセンサーが反応した。
この足音は、あの「プロ三人組」か。
相変わらず懲りずにやってくる。
彼らは今、第一階層で子狼の仕掛けた「ネズミの死骸入り宝箱」を開けて、微妙な顔をしているところだ。
ようこそ、リニューアルした我が迷宮へ。
精々、秩序あるカオスを楽しんでいくがいい。




