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吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


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第十八話 千年の骨と、頭のない新入社員




 収集癖というものは、知性ある生物が逃れられないごうのようなものらしい。

 子供は河原で奇妙な形の石を拾い集め、大人は古びた切手やコルク栓を棚に並べる。そこに実利的な意味などない。ただ「拾いたい」「持ち帰りたい」という原始的な衝動があるのみだ。


 そしてどうやら、この衝動は、我がダンジョンの愛らしき住人、狼の幼体たちにも等しく備わっているようである。



 吾輩はダンジョンである。


 近頃、子狼たちが外遊びから戻るたびに、奇妙な「戦利品」を持ち帰るようになった。

 ある時は千切れた革靴、ある時は錆びた兜。それらは全て、吾輩の胃袋(広間)の片隅に築かれた「ガラクタ塚」へと投げ込まれる。

 彼らにとっては宝物なのだろうが、家主である吾輩にとっては、分別に困る産業廃棄物に他ならない。



 その日、彼らが咥えてきたのは、一本の骨だった。

 動物の骨ではない。長さと形状からして、明らかにヒトの大腿骨である。

 風化して白く乾ききっており、表面には微細なヒビが入っている。どこぞの古墓から掘り返してきたのか、あるいは土砂崩れで露出していたのを拾ってきたのか。


 子狼たちは、その骨をいたく気に入っていた。

 二匹で両端を咥えて引っ張り合いをし、飽きれば前足で押さえつけて齧りつく。


 犬――いや狼にとって、骨を齧るというのは至上の娯楽らしい。

 だが、奇妙なことに、その骨は一向に砕ける気配がなかった。

 子狼の顎は、岩をも噛み砕くほど強靭になりつつある。にも関わらず、その乾いた骨は、鋼鉄のような硬度で牙を弾き返していた。


 傷一つ付かない。粉も出ない。


 ただの骨にしては、妙に頑固な代物である。



 数日が過ぎた。

 飽きっぽい子狼たちは、齧れない骨への興味を失い、広間の隅に放置した。

 骨は、薄暗い湿気の中で、静かに転がっていた。


 吾輩の放つ魔素を、じわり、じわりと吸い込みながら。



 異変が起きたのは、深夜のことである。

 広間の床で、その骨が震えだした。

 風もないのに、小刻みに揺れている。乾燥した表面が擦れ合い、微かな音を立てる。


 それに気づいたのは、夜警から戻った母親――シャドウウルフだった。

 彼女は怪訝な顔で近づき、鼻先を寄せて匂いを嗅いだ。


 その瞬間である。


 骨から、どす黒い紫色の煙――瘴気が立ち昇った。


『――無礼者め』


 声がした。

 耳を打つ空気の振動ではない。脳髄に直接響く、念話の声だ。

 低く、しわがれているが、どこか品のある女性の声。


『あたら若き獣よ。我をただのカルシウム棒と侮るか。そこな幼獣どもに齧られ、涎まみれにされる屈辱、もはや我慢ならぬ』


 シャドウウルフが飛び退き、威嚇の唸りを上げる。

 子狼たちも目を覚まし、「おもちゃが喋った!」とばかりに尻尾を振って飛びかかろうとした。


 ――待て。


 吾輩は慌てて制止した。


 ――食べるな。それはタダモノではない。


 吾輩は、ダンジョンの機能を使ってその骨を解析した。

 魔力反応、極大。

 ただの骨ではない。高位の魔導師、それも怨念を抱いて死んだ者の成れ果てだ。

 吾輩の濃厚な魔素に当てられて、千年の眠りから覚醒してしまったらしい。


 骨が、空中に浮き上がった。

 器用に直立し、吾輩(と思われる天井方向)に向かって、恭しく一礼のような動作をした。


『お初にお目にかかる。……いや、目はないのだが。我は色部しきべパープル。かつて宮廷魔導師の末席を汚せし者』


 色部パープル。


 なんともハイカラな、というか、ふざけた名前である。

 時代考証を疑いたくなるが、本人がそう名乗るのだから仕方がない。


『今を去ること千と二百年。我は無実の罪を着せられ、斬首の刑に処された。その無念、骨髄に染み込みて消えることなし』


 冤罪。斬首。

 重い。話がいきなり重い。

 子狼が拾ってきたガラクタにしては、随分と業の深いものを持ち込んでくれたものだ。


『此度の覚醒、貴殿の魔力によるものと心得る。……そこで、頼みがある』


 骨が、ずい、と前に出た(浮いた)。


『身体が欲しい。一本足では、いかにも不便なり。我が散らばりし骨、集めてはたもれぬか』


 ――断る。

 吾輩は即答した。

 ――面倒だ。吾輩は便利屋ではない。


『……さようか。ならば仕方なし。この場で怨念を爆発させ、貴殿の胃袋を瘴気で満たし、住人諸共タタリ神に変えてくれるわ』


 ――脅迫か。

 ――死人のくせに図々しい。


 しかし、魔導師の怨念というのは厄介だ。

 除去しようとすれば爆発しかねない。ここは一つ、恩を売って戦力に取り込むのが「経営者」の判断というものだろう。

 それに、魔導師といえばインテリ階級だ。

 肉体労働者(狼とゴブリン)しかいない我が社に、頭脳労働者が加わるのは悪くない話だ。


 ――わかった。探させよう。

 ――ゴブリン! 子狼! 出動だ!


 かくして、真夜中の大捜索が始まった。

 子狼たちの記憶と嗅覚を頼りに、ゴブリンがスコップを担いで掘り返す。

 場所は、ダンジョンの裏山にある古びた塚だった。


 数時間後。

 泥だらけになったゴブリンたちが戻ってきた。

 荷車には、バラバラになった人骨が積み上げられている。

 肋骨、背骨、腕の骨。

 それなりに揃っているようだ。


『おお……! これぞ我が四肢、我が肉体ボーン!』


 大腿骨が歓喜に震え、荷車に飛び込んだ。

 カシャン、カシャン、と硬質な音が響く。

 見えない魔力の糸に操られるように、骨たちが組み合わさっていく。

 足ができ、腰ができ、背骨が伸び、腕が生える。


 吾輩の魔素を接着剤として、それは瞬く間に人型を取り戻した。

 古の魔衣の残骸だろうか、ボロボロの布切れを纏い、骨の魔人が立ち上がる。


 そこから放たれる魔力は、生前の力を取り戻したかのように強大だった。

 これなら、中層の守護者として十分に使える。


 吾輩は満足した。

 だが。

 何かおかしい。

 決定的なものが足りない。


 ――おい。頭はどうした。


 首から上が、ない。

 頸椎が空しく突き出ているだけだ。


 ゴブリンが、申し訳なさそうに頭を掻いた。


『それが……いくら探しても、頭蓋骨だけ見つからなくて』


『……斬首されたゆえ、頭は別に捨てられたのであろう』


 首なしの魔人が、胸部のあたりから念話を発した。

 どこか悲しげな響きである。


『頭なき 我が身のなんと 頼りなき 秋の夜風に の染むばかり』


 ――短歌うたを詠むな。

 ――字余りだし、今は冬だ。


『頭がないと、視界が悪い。それに、魔法の照準が定まらぬ』

 

 魔人は、フラフラと覚束ない足取りで歩き出した。

 そして、壁に激突した。


 ――ポンコツだ。

 ――インテリ枠だと思ったのに、物理的に頭が足りていない。


『見栄えも悪い。……何か、代わりになるものはないか』


 パープルは、手探りで広間を彷徨い、手近にあったものを拾い上げた。

 それは、ゴブリンが以前拾ってきた「ひび割れた壺」だった。

 彼女はそれを、自分の首の上にポンと乗せた。


『……いかがか?』


 ――いかがもなにも、壺だ。

 ――壺人間だ。不審者レベルが上がっているぞ。


 こうして、吾輩のダンジョンに、新たな管理職(予定)が加わった。

 

 名前は、色部パープル。

 種族、リッチ(死霊魔術師)。

 特技、陰陽道および古代魔法。

 欠点、頭がないため視界不良、および情緒不安定になると下手な和歌を詠むこと。


 彼女は壺を被ったまま、吾輩に向かって優雅に(壺が落ちそうになりながら)一礼した。


『この身、朽ち果てるまで(既に朽ちているが)、貴殿に尽くすと誓おう。……あな嬉し、拾う神あり骨の神』


 吾輩は、深いため息をついた。

 また一人、変なのが増えた。

 まあ、壺を乗せている分には、ヴォルグよりは場所を取らないだけマシか。


 そう自分を慰める吾輩であった。




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