表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/39

第十六話 転売ヤーの帰還と、ドラゴンの抜け殻ビジネス




 「大は小を兼ねる」という言葉があるが、あれは嘘だ。

 少なくとも住環境においては、デカい同居人というのは邪魔なだけである。

 通路は塞ぐし、足音はうるさいし、何より「生活ゴミ」の量が半端ではない。


 吾輩はダンジョンである。


 新任の階層主、レッドドラゴンのヴォルグこそ、まさにその「大」であった。

 このトカゲ、とにかく代謝が良い。

 若竜だからなのか、成長期なのか知らないが、ボロボロと鱗が剥がれ落ちる。

 人間で言えばフケみたいなものだが、サイズが違う。一枚が鍋の蓋くらいある。しかも硬い。

 それが、最奥の広間の床一面に散乱しているのだ。


 『おい、ダンジョン。掃除をしろ。寝心地が悪い』


 ヴォルグが欠伸混じりに文句を言う。


 お前の垢だろうが。自分で片付けろ。

 と言いたいところだが、スライムに掃除させようにも、鱗が硬すぎて消化できない。ゴブリンに運ばせようにも、重すぎて腰をやる。


 結果、吾輩の威厳ある最奥部は、なんだか散らかった爬虫類館の様相を呈していた。


 そんな折である。



 あの女が帰ってきたのは。

 B+ランク指定。プロ冒険者以外立ち入り禁止。

 そんな厳戒態勢の入り口を、そそくさと抜けてくる影があった。

 小柄な体躯。目立たない灰色の迷彩ポンチョ。そして、足音を殺すフェルト底の靴。

 樋口フタバ。あの採取屋の小娘だ。

 

 靴底の薄さは相変わらずだが、背負っているリュックの容量が倍になっている。


 ――おい、待て。

 ――ここはもう、お前のような素人が来ていい場所ではない。


 吾輩は警告の意味で、入り口の風圧を高めた。

 だが、フタバは動じない。懐から一枚のボロボロの布切れを取り出し、掲げた。

 それは、ゴブリンの腰布の切れ端だった。

 しかも、何やら汚い文字で『通行許可証』と書いてある。


 ――あの馬鹿ゴブリンめ。小遣い稼ぎに売りおったな。


 フタバはニヤリと笑い、その布を頭に巻いた。

 すると不思議なことに、ダンジョン内の魔物たちが彼女を「風景」として認識し始めた。

 ゴブリンの体臭が染み付いたその布は、一種の「仲間認識フェロモン」を発していたのだ。


「よし、匂いよし。ルートよし」


 フタバは小声で確認し、慣れた足取りで進んでいく。

 彼女は戦わない。

 スライムがいれば、塩を撒いて道を空けさせる。

 コウモリが来れば、超音波を乱す笛を吹いて混乱させる。

 そして、シャドウウルフの縄張りは、彼女らが昼寝をしている時間帯を完璧に計算して、匍匐前進で抜け切った。


 その動きは、冒険者というより「害虫駆除業者」か「空き巣」のプロフェッショナルに近い。

 吾輩は感心するより先に、呆れた。

 人間の「銭への執着」は、時にドラゴンの火炎よりも障害物を焼き払うらしい。


 そして、彼女は辿り着いた。


 最奥部。黄金(黄鉄鉱)の上で、ヴォルグが惰眠を貪っている大広間へ。

 普通の人間なら、ドラゴンの姿を見た瞬間に足がすくむ。

 「ドラゴンの威圧フィアー」は、生物としての格の違いを魂に刻み込むからだ。

 だが、フタバは違った。

 彼女の目が、カッ! と見開かれた。

 その瞳に映っているのは、恐怖の対象としてのドラゴンではない。

 「歩く札束」としてのドラゴンだ。


「……すごい」

 フタバが震える声で呟く。

「本物のレッドドラゴン……! しかも、床を見て! 宝の山じゃない!」


 彼女が指差したのは、ヴォルグの剥がれ落ちたゴミだった。

 

竜鱗ドラゴンスケール! 一枚で金貨十枚は堅い! あっちには竜の爪の破片! こっちには竜のよだれが染み込んだ石!」


 フタバは、音もなく忍び寄り、床の鱗に手を伸ばした。

 重く乾いた音が響く。


 『……ん?』


 ヴォルグが片目を開けた。

 黄金の瞳孔が収縮し、眼前の小娘を捉える。


 『……鼠か? いや、人間か』


 ヴォルグが首をもたげる。

 鼻孔から、黒い煙が漏れ出した。


 『貴様、何の用だ。我が眠りを妨げるなら、灰にするぞ』


 絶体絶命だ。

 いかにゴブリンの布を持っていようと、ドラゴンの前では無意味だ。

 吾輩は、少しだけ同情した。

 強欲な最期だったな、小娘。せめて骨は拾ってやろう。


 だが、フタバは逃げなかった。

 それどころか、その場に平伏し、両手を広げて叫んだ。


「おお……! なんと神々しい!!」


『……は?』


 ヴォルグが動きを止めた。


「この圧倒的な威圧感! 燃えるような紅蓮の鱗! これぞ、伝説に聞く『破壊の王』のお姿……! ああ、まさか生きて拝見できるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょう!」


 フタバは涙まで流して(目薬かもしれない)、感動を演じてみせた。


『……ほう?』


 ヴォルグの鼻息が、少し穏やかになった。

 このドラゴン、傲慢だが、おだてに弱い。チョロいのだ。


「偉大なる竜王様。私のような卑しい人間が、御前に立つ無礼をお許しください。ですが、あまりの美しさに、つい引き寄せられてしまいまして……」


『ふん、まあよい。人間にしては、見る目があるようだな』


 ヴォルグは首を反らし、わざとらしく翼を広げてポーズを取った。


『見るがいい。これが最強種族の輝きだ』


「ははーっ! ありがたき幸せ!」


 フタバはひれ伏しながら、上目遣いでヴォルグの足元を見た。


「しかし……竜王様。僭越ながら申し上げますと」


『なんだ』


「その美しい寝床(ただの黄鉄鉱の山)が、少々散らかっておられるようです。これでは、竜王様の威光が曇ってしまいます」


 フタバは、散乱する鱗を指差した。


「私が掃除をさせていただいてもよろしいでしょうか? もちろん、ゴミ(お宝)は私が責任を持って処分(転売)いたしますので」


『掃除? 人間が、我が世話をするというのか?』


 ヴォルグは疑わしげに目を細めたが、すぐに鼻を鳴らした。


『……まあ、よいだろう。このダンジョン(大家)は気が利かんからな。特別に許可してやる』


 ――おい。

 ――気が利かないとはなんだ。お前が散らかしすぎなんだよ。


 許可が出た瞬間、フタバの動きが変わった。

 リュックから巨大な麻袋を取り出し、目にも止まらぬ速さで鱗を回収し始めた。


「失礼します! あ、ここもお邪魔します! お尻の下、失礼します!」

 

 猛烈な勢いでゴミ(高額素材)が袋に詰め込まれていく。


 ヴォルグが呆気にとられている間に、広間の床はピカピカになった。


「ふう、スッキリしましたね! これでお昼寝も快適ですよ!」


 フタバは満面の笑みで、パンパンに膨らんだ袋を背負った。

 総重量は相当なはずだが、火事場の馬鹿力ならぬ、銭場の馬鹿力である。


『うむ。……悪くない』


 ヴォルグは綺麗になった床を見て、満足げに頷いた。

 これで帰ればいいものを、フタバの商魂はここで終わらなかった。

 彼女は、懐から「魔法の写し絵機」を取り出した。


「竜王様、記念に一枚、その勇姿を収めさせていただきたいのですが」


『写し絵だと? 我を撮るのか?』


「はい! この『威厳』を、地上の愚かな人間たちにも見せつけてやるべきかと!」


『……ふむ。愚民どもに、我が恐怖を刻み込むのも一興か』


 ヴォルグは、まんざらでもない顔で顎を引いた。


「あ、もう少し右を向いていただけますか? そう、翼を広げて……あーっ、かっこいい! 最高です! 目線くださーい!」


 写し絵機が光を放つたび、ヴォルグは角度を調整し、顔を作り直した。


『こうか? この角度か?』


 ヴォルグがキメ顔を作る。


『我の炎も撮るがよい』


 小規模なブレスを吐いて演出まで加える。


 ――何をやっているんだ、こいつらは。


 吾輩は、天井から砂を落としてやりたい衝動に駆られた。

 ここは「恐怖の迷宮」の最深部だぞ。

 なんでグラビア撮影会が行われているんだ。

 フタバは十分に撮影した後、今度は空き瓶を取り出した。


「竜王様、喉が渇いておられませんか? よろしければ、ここに息を吹きかけていただけますか?」


『? こうか? ハァー』


 彼女は瓶に蓋をした。


『竜の吐息ドラゴンブレス』の採取完了である。錬金術の素材として、馬鹿みたいな値段がつくやつだ。


「ありがとうございます! いやー、竜王様は本当にお心が広い!」


 フタバは揉み手をしながら、リュックを担ぎ直した。


「では、私はこれで失礼いたします。……あ、これ、つまらないものですが」


 彼女は帰り際に、大きな肉の塊(高級ハムの原木)を置いていった。

 先行投資というやつだ。


『うむ。苦しゅうない。……また来て、掃除をするがよい』


 ヴォルグはハムを齧りながら、上機嫌で尻尾を振った。


 フタバは、深々と一礼し、重量オーバーの荷物を背負って、よろめきながらも脱兎のごとく去っていった。

 その背中からは、「勝った」「大勝利」「家が建つ」という邪悪なオーラが立ち昇っていた。


 嵐が去った後。

 ピカピカになった床と、ハムを食うドラゴンが残された。


 ――……おい、ヴォルグ。


 吾輩は、思わず念を送った。


 ――お前、それでいいのか。威厳とか、プライドとか。


『ん? 何がだ』


 ヴォルグは口の周りを舐めながら答えた。


『崇拝者が貢物を持ってきて、寝床を掃除していった。王として当然の扱いではないか』


 ……ダメだこいつ。

 幸せな奴だ。

 自分が「体よく利用された」ことに気づいていない。



 数日後。

 街の市場では、奇妙な商品が出回ったという噂が、風の便り(冒険者の会話)で届いた。


「おい、見たか? 『竜王様のブロマイド』だってよ」

「『魔除けになる』って売り文句らしいぞ。一枚、銀貨五枚もするのに飛ぶように売れてるって」

「あと、『竜王の聖なる垢(鱗)』を煎じて飲むと精力がつくとか……」


 吾輩のダンジョンの中で、勝手にアイドルビジネスを展開するな。

 しかも、収益ロイヤリティが吾輩には一銭も入らないのが腹立たしい。


 だが、まあ……。

 最奥部の床が綺麗になったことだけは、認めてやろう。

 


 吾輩はダンジョンである。


 「カネの亡者」というのは、時に魔物よりもタチが悪く、そして時に、魔物よりも役に立つ生き物らしい。

 次に彼女が来た時は、せめてテナント料として、肉をもう少し置いていかせようと思う。

 

 ……あ、ヴォルグ。

 そのハムの包み紙、食うな。腹を壊すぞ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ