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第60話 狼男


「! 知ってるのか、マイカ」


「ええ、アタシたち獣人族の間ではよく知られた話だもの。月の出ている夜に、突如として狼に変貌する人間の逸話……。それは獣人族とは全く別種の存在で、生まれや血統はあくまで普通の人間らしいわ」


 マイカは話を続ける。


 だがその目は、少し恐怖しているようだった。


「強靭な肉体と分厚い毛皮で覆われた巨体を持ち、その強さは並の冒険者なんて簡単に喰い殺してしまうほどの強さ……。凶暴で血に飢え、見境なく生き物を殺す殺戮者(バーサーカー)――1度でも狼男になって血の味を覚えた人間は、殺しを止められなくなるそうよ」


「お、おいおい待ってくれ。どうして人間がいきなり狼に化けるんだ? 理屈がさっぱりわからないぞ」


「詳しくは知らないけど、大昔の呪術師(シャーマン)が使った呪術だとか、吸血鬼が眷属を作ろうとしたとか、かつて流行った奇病が原因とか……いろんな風説があるみたい。ただ共通して言われているのは――〝月〟と〝強烈な負の感情〟が、発現に大きく関係するんですって」


 強烈な負の感情……

 怒り、憎しみ、恨み、妬み、嫉み――


「まさか……」


「そうです、狼男の因子を持つ冒険者――いや、追放者が事件の犯人である可能性があるのです」


 なんてことだ――


 もし低ステータスの追放者に狼男の因子があったとすれば、追放という出来事が引き金になってしまった可能性は高い。


 その結果、自分を追放して嘲笑った上位ランク冒険者たちに激しい恨みを持ち、狼男となって復讐を続けている――ということになる。


 筋書きとしてはあり得るが……そんなの、悲劇でしかない。


 確かに、追放された弱者の気持ちは察するに余りある。


 ステータスなんていう上辺の数字だけを見られて、無価値のレッテルを貼られた怒りはどれほどのものか。


 しかし憎しみに身を任せて復讐することが、果たして正しいのか?

 報復して血を流せば、追放者たちの立場が変わるだろうか?


 俺はそうは思わない。むしろ……


 追放者の価値を知らしめたいと考えている俺としては、依頼ということを抜きにしても放っておけない。

 早急になんとかせねば。


 グレノンさんは深くため息を吐き、


「この街で実力のあるパーティは、その多くが失踪してしまいました。おそらく……生存は絶望的でしょう。上位ランク冒険者を容易くさらう狼男の力など、もはや想像もできませんが――アクア・ヒュドラを討伐し、恐るべき太古の竜(エンシェント・ドラゴン)すらも倒したあなた方なら、きっとなんとかできるはずだ。……頼まれてはくれませんか?」


「上位冒険者殺しの狼男、か……。わかりました、グレノンさん。俺たち『追放者ギルド』が、そいつをなんとかしてみせます。任せてください」


「おお! ありがとうございます! どうか皆様に女神ニベルのご加護がありますように……」


 安堵した様子で、祈りを捧げるグレノンさん。


 事態がわかったのなら、後は善は急げだ。


「それじゃあ、俺たちはさっそく聞き込みにでも行ってきます。少しでも情報が欲しいですから」


 皆行こう、とヴィリーネたちに声をかけ、俺たちは部屋を後にした。



   ◇ ◇ ◇



 再び街へ出た俺たちは、冒険者ギルドへと向かう。


 とにかく、そこで一旦情報を集めてみようということになったのだ。


「それにしても、狼男ですかぁ……。なんだかちょっと怖いです……」


「あら、意外ね。アクア・ヒュドラや太古の竜(エンシェント・ドラゴン)と渡り合ったヴィリーネ先輩に、もう怖いモノなんてなにもないと思ってたわ」


「そ、それとこれとは話が違います! 私にだって苦手なモノくらいありますよ! マイカちゃんってば、からかわないでください!」


「アハハ! でも、なんかカッコいいじゃないっスか、狼男って! ウチ、ワクワクしてきたっスよ!」


「もう、コレットさんまで……!」


 三者三様のトークを交わす女性陣。


 なんというか、それぞれの性格が出てるというか……賑やかだなぁ……


「おいおい、頼むから気を引き締めてくれよ? 実際に犠牲者が出てるんだから」


「勿論、わかってるわよ。それより結局、マスターは狼男をどうするつもりでいるの?」


 マイカが聞いてくる。


 それを受け、俺は小首を傾げた。


「どうする、とは?」


「さっきの枢機卿の話には、狼男の生死に関して話題が出なかった。つまりニベル教会からすれば、排除さえしてくれればそれでいいって感覚なんでしょ。とはいえ手強い相手になりそうだし、場合によっては――」


「当然、捕まえる(・・・・)


 マイカが言い終えるよりも早く、俺は断言した。


「狼男が追放者だったなら、心の中に抱えている憎しみは相当なモノだろう。でも、それを理由に復讐が許されるワケじゃない。罪を犯したというのなら――生きてそれを償うべきだ」


「……殺すつもりはないのね?」


「ああ、悪いな。苦労をかける」


 相手が強力であればあるほど、殺して倒すより生かして捕まえる方が難しい。


 狼男がどれほど強いのかは未知数だが、彼女たちならばできると信じる。


 少なくとも……俺は彼女たちに、同じ苦しみを味わった仲間を手に掛けてほしくない。


 俺の返事を聞いたマイカはクスッと笑い、


「――安心したわ。それでこそアタシたちのマスターね」


「はい! やっぱりアイゼン様はお優しいです!」


「大丈夫っスよ! ガッツがあればできないことはないっス! 狼男なんて、ウチがとっ捕まえてあげるまスよ!」


 3人共、俺に同意してくれる。


 ……やっぱり、俺は本当にいい仲間に恵まれたな。


 けれどマイカだけは微妙に考える素振りを見せ、


「それにしても、なんか腑に落ちないわよねぇ」


「? 腑に落ちないって、なにが?」


「狼男の目的が復讐なら、どうしてその場で冒険者を殺さないで誘拐なんてしてるのかしら。そもそも、誘拐の目的って……?」


「そんなの本人にしかわからないだろ。捕まえた後で直接聞くしか――っと、それよりここが最初の冒険者ギルドだ」


 と、俺が言いかけて冒険者ギルドの前で立ち止まった――その時、



「な、なにぃ!? オイラを追放するぅ!? ハンっ、おもしれえや! そういうのは、この拳神の虎と呼ばれたオイラに喧嘩で勝ってから――ふぎゃあ!」



 ――そんな声が聞こえたかと思うと、ギルドの扉から若い男が吹っ飛んできた。


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