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雷帝のメイド  作者: なこはる
六章-神様ロックオン-
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君に願いを

 しばらくの間は空を見ていた。


 感傷ではなく観賞、今日もお母様の空は美しい。彼女との決別の後にふと見上げた空に見惚れてしまったのだ。お母様の愛した色がどこまでも広がっているこの景色に目を奪われてしまうのは当然のこと。何せあのお母様を虜にしたのだから、ナナキも見惚れてしまうというもの。蒼空とは偉大なり。


 ふと友が問いかけてきた。


 まったく、君は人間が嫌いな癖にナナキのこととなるとすぐに口を出す。君の悪いところで在って、君の優しいところだね。心配をしてくれてどうもありがとう、ナナキは大丈夫。確かに彼女をナナキは好ましく思う、それは今でも変わらない。だけどね友よ、ナナキはナナキだ。


 シエル・マーキュリーには悪いけれど、別段とこの決別に対して思うことはそうはない。彼女は彼女の意志を貫けば良い、元よりナナキが口を出すようなことではないのだ。そちら側では美しい彼女の誇りが、こちら側では主を殺す毒となり得ると。そう思ったのならナナキが守れば良いだけのこと。


 変わらないよ、ナナキは。変わってはいけない、これだけは。


 強者生存、これまで通りにナナキは踏み潰す。兄妹であろうと、皇帝であろうと、恋敵であろうと。信じる道を征く、あの日に正しくナナキが決めたこと。そして誓った、立ち塞がる全てを振り払うと。否定は結構、好きにすると良い。ただし心することだ、このナナキを否定するのなら。


 末路は目の前に転がっている。


 焼け焦げた二十一、首の無い一。いつだって証明は簡単だった。肯定、否定、できるものならやれば良い。生存、競争、闘争、その全てに打ち勝ってきたのがナナキだ。だから今ここで生きている。この二十二が何よりも物語っているだろう。死ねば肯定も否定もない、弱者にはその選択すら許されないのが生きるということだ。


 さて、今度はナナキが質問だ友よ。


「――――誰が私を否定できる」


 これを君の優しさへの解答としよう。例えそれが彼女で在っても、ナナキは変わらない。変わる必要が無い。だってナナキは特別な存在なんだから。誰もそれを否定できないから。


 結論を述べれば友は満足そうに頷いた。ご納得頂けたようで何より、それでは主と合流するとしよう。シエル・マーキュリーが居ない今、ここで待っている理由は何もない。転がる死体はこのままでいいだろう。アイバスの部下たちとは違って彼らには弔ってくれる人間が居る。


「むっ」


 ふと聞こえた水音に下を見れば赤。


 すかさず取り出したるは愛用している手鏡。手鏡の所持は従者の基本、みっともない恰好をお見せして主に恥を欠かせてはならないのだ。ありえないとは思うけれど、首を刎ねた時にどこかに血が付いているとも限らない。慢心は危険、チェック入ります。


 折り畳み式のコンパクトサイズな手鏡を色々な角度で持って確認。髪良し、顔良し、マジ天使。手鏡に向かって天使のナナキスマイル、映る笑顔は会心の出来。さぞ天界も沸いたことだろう。天界の皆さま、ナナキです。


 いけない間違えた。軌道修正、取り舵ナナキ。


 粛々と再会するべし、アイマムナナキ。チェック再開、髪と顔を見たのなら次は服、良し、靴は少々跳ねてしまったからしっかりと拭いておこう。それが終われば一通りのチェックは完了、異常は無し。


 というわけで。


「ただいま戻りました、主」

「ああ」

「従者としてあるまじき行為をお詫び致します」


 最速で主人の下へと戻れば、大して驚いた様子もなくお返事を頂いた。まずは頭を下げた、ナナキの都合で御傍を離れたことに対してお詫びしなければいけない。必要ならこの頭を大地に付けることも厭わない。主に対する無礼、これに頭を下げるのは恥ではない。許されるまで何度でも、どれだけの努力もしよう。


 誇りを忘れないので在れば、相応の行動が必要だ。己の外聞のために下げれない頭に誇りはない、切り飛ばしてしまえ。ということで久しぶりに大地にヘッドバッ――――


「許す」


 感謝、深々と。


 主が許してくださるのなら必要以上に頭は下げない。卑屈になり過ぎては主に失礼というもの。彼に許されたのならナナキは堂々と在るべきだ。胸を張ってその後ろに続くこととしよう。信頼と実績、その末に手に入れたお咎め無ナキ。然るべく、ナナキはここに。


「お兄様? ナナキに甘過ぎよ、叱るところは叱らないと」


 叱るべく。


「俺にはナナキが必要だからな」


 その言葉に主を見た。黄金の髪、蒼い瞳、整ったその顔立ちがナナキを見ていた。無論、嬉しくは思う。けれどそうじゃない、その言葉にナナキは確信が在った。そうであるのなら、行動は迅速に。


「ともあれサリア、主たちの案内を引き受けてくれてありがとうございました」

「こういうのは押し付けられたと言うのよナナキ。エンビィの教育もまだまだね」

「ここからは私が引き継ぎます。どうぞ、天帝のお仕事に戻ってください」


 感謝の言葉を送れば、サリアはとある方角を見た。それは先ほどまでナナキが居た方向。さすがは天帝サリア、先ほどの一件などはとうに気付いているようだった。


「……今は休戦中。わかってるわね、ナナキ」

「ええ」


 目を合わせてしっかりとお返事をした。まるで猛禽類のような鋭い眼、例え帝国騎士の上位に位置する男であっても竦んでしまうことだろう。けれどナナキにそんなものは通じないよ、サリア。猛禽類も等しくナナキのご飯だ、余り睨んでくると食べちゃうぞ。


「…………頼むわよ」


 想いが通じたのか、サリアは最後に一言だけを残して空へと消えていった。


「だはあ……! 息が詰まったぜったく!」


 真っ先に声を上げたのはやはりヴィルモット・アルカーン。まあこればかりは仕方がないと言えるだろう。如何にフレイラインでの上流貴族だからと言って、彼の天帝サリアに帝都を案内されるような身分じゃない。良く耐えた方だ、ここは素直に労おう。心の中で。


「ヴィルモット様、どちらへ行かれるつもりですか」

「せっかく帝都に来たんだ、もっと見て回るんだよ! 誰かに合わせて歩くなんてうんざりだ、貴族の俺がすることじゃねえ!」


 君もなかなかにブレないな。


 アキハの問いかけに悪態を付きながら勝手に歩いていくヴィルモット・アルカーン。アキハは露骨にため息をついてからナナキを見た。アキハには申し訳ないけれど、今はヴィルモット・アルカーンの勝手がこちらにとっては好都合。そちらはお任せしますよ、アキハ。


 アキハからのアイコンタクトに頷けば、彼女は軽く片手をあげて応えたあとヴィルモット・アルカーンの背中を追った。


「なら私たちも回りましょう、お兄様。せっかくだから私が案内してあげるわ」

「いや、俺は少しナナキと話がある」


 少しばかり意外。


 先程の主の言葉、ナナキはそれに覚悟を感じた。だからサリアをこの場から離したのだけど、どうやら主はナナキと二人での対話をご所望の様子。しかし、ミーア様を相手にその伝え方は悪手であると言わざるを得ない。下手をすればナナキがこの後ひどい目に遭う。


「それはどうい――――」


 ミーア様の表情ががらりと変わった、その瞬間。


「さ、さあミーア様! 帝都の観光に参りましょう!」

「そ、そうですよミーア様! 執事長を案内してあげましょう!」

「ちょ、ちょっとあなた達!?」


 ナナキ程ではないにしろ、リドルフ執事長、フィオさんは素早く行動に移した。問答無用でミーア様の言葉を圧殺し、二人がかりで無理やりにミーア様を歩かせるその様は熟練の影が見える。アルフレイド従者部隊の鮮やかな連携を見た。ちょっとだけナナキも混ざりたかった。


 かくして、主の望み通りの舞台は整った。


「――――殺せるか、神々を」


 大した間もおかず、これ以上にない程に簡潔に。正しく単刀直入。その結論に至った理由を問う必要はない、簡潔はナナキも望むところだ。これ以上なく簡単に、簡潔に、ありのままを告げれば良いだけだ。飾る必要もなく、遠慮をする必要もない。この人は、それらを好まない。


「三大神に限ってはまず間違いなく。世界全ての神は恐らく不可能でしょう、時間が足りません」

「それでも、人類の脅威を取り除くことくらいはできる。そうだな」


 三大神のうちの一神、イグレイ=アライラーは既に屠った。残るはアルマギア=エルダーンとフロウム=ディーノ。その他に強大な力を持つ神と言えば、ナナキの友イルヴェング=ナズグルくらいのもの。友がナナキの味方である以上、抑えるべきはあと二神。


 簡単ではないだろうが、決して不可能ではない。


「お望みと在らば」

「ナナキは言ったよな、俺の利益になる方を取れば良いと」

「正に」


 帝国が隠していた真実を知った今、主にとってのわかりやすい英雄への条件は失われた。この人の求めるものは名声であり、立場だ。どこまでも人間らしく、貪欲に英雄の地位を渇望している。だからこそ、帝国を討つという発想は彼の中からは失われた。


「あの皇帝と組むことになってもか」


 必然として残るのは、帝国との共同戦線。神との戦争。


「構いませんが、主の名声が高まるのですか? 帝国と組む以上、私は雷帝ナナキとして復帰することになると思いますが」

「俺が活躍するのは戦争が終わった後だ。金しかないからな」

「なるほど」


 わからん。とりあえずは頷いておいた。


「一つだけ聞いて良いか、ナナキ」

「なんなりと」

「ここまでの話になると、さすがに従者の域は超える」


 真面目な顔で何を言うのかと思えば、くだらない。従者としては好ましくはないが、これも主のため。少々の無礼はお許し頂こうと思う。


「今更ですね」


 逆にびっくりしたよ。


「……ざっくり来たな」

「軟弱なことを言うからです」


 本当に、何を今更になって言っているのか。ナナキも貴方もズレている、それはもう間違いない。ここまで踏み込んで真っ当な人間の振りとは、幾ら主でもそれは無様と言うより他にない。確かに事は大きい、それでもこの期に及んで臆するとは何事だろう。


 貴方には成し遂げたいことが在って、そのためにナナキを使う勇気が在った。今更になってこんなことを言いだした大方の理由はわかっている。このナナキの身が心配になったのだろう、何せ相手は三大神だ。どうやらまだ完全な信用は頂けない様子、遺憾の意。プンスコナナキ。


 良いだろう、怖くなったのならナナキが安心をさせてあげよう。


「では見返りを求めましょう。それならば安心して私を使えるでしょう、主」

「見返りか」

「はい、一つだけ私の願いを叶えて頂きます」

「……それは?」


 当然のように聞き返されたそれに答えるつもりはなかった。


「言えません」

「恐ろしいことを言うな……」


 ナナキの口からこれ以上を語るつもりはない。それは主のためにはならない、決断は彼が下さなければならないのだから。今回に限ってはこのナナキで在っても簡単ではない、それくらいの器量を求めても罰は当たらないだろう。


 何を要求されるかもわからない、それでも彼はナナキを使うだろう。それを知っていてもナナキは問う。シエル・マーキュリーにはもう告げてある。これ以上はナナキも遠慮はしないと。だからナナキは、私は彼と新しい契約を結ぶ。


「…………わかった、腹を括るよ」

「よろしいのですね」

「ああ」


 欲しいものを手に入れるために。


 

六章-完-

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