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雷帝のメイド  作者: なこはる
六章-神様ロックオン-
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人類の忘れ物

 シルヴァとエンビィが去って、静寂だけが訪れた。


 サリアの魔力を探ってみれば、まだ六層の辺り。こちらからも合流に向かえば時間は短縮されるが、一人で考えさせてほしいと願ったシエル・マーキュリーを急かすような真似はできない。その誇りをナナキは知っている。だから好きにすると良い、ナナキもそうする。


 それにしても、まさかシルヴァが、と思わずには居られない。その外見は帝都の女性に高い人気を博し、五帝の頭目という偉大な肩書きは優秀な雄であることの証明。群がる女性はそれこそ山のようで、それでも揺るぐことのなかった不動の朴念仁。そんな彼にも遂に春が訪れたようだった。


 美しいと、そう小さく呟いた時のシルヴァの表情は今までに見たこともない変顔だった。元の顔が整っているだけに、変ににやけたその面は見ていて気持ちが悪かった。無論、すぐに引き締まってエンビィと共に去っていったのだけど。


「ナナキ様……一つだけ聞いても良いですか」

「なんなりと」


 ふと、問いかけられたそれに即答で返した。静寂を切り裂いたシエル・マーキュリーに顔を向ければ、綺麗なエメラルドの瞳と目が合った。そこに在るのは恐れではなく、一つの敵意。それだけの覚悟を持っているのなら一つと言わずに幾らでも尋ねると良い、ナナキは逃げも隠れもしない。その必要が無い。


「どうして……殺すのですか……」


 何を言うのかと思えば、くだらない。


「それを聞いても何も変わらないでしょう、貴女は」

「それでも聞きたいのです」

「先ほど貴女が言った、ズレているからで良いのでは」

「それを理解したいのです……!」


 綺麗が過ぎるというのも考え物だね、友よ。何不自由なく生きてきた彼女がナナキの何を理解できると言うのだろう。食事に困ったこともなく、外敵に出会ったこともない彼女がナナキの何を理解したいと。確かにその心は美しい、それでも踏み込みが過ぎればそれは滑稽だ。


 殺したこともなく、殺されそうになったこともない平和な世界で生きてきた彼女に何を言えばいい。どう言えば理解される。ありえないんだよ、そんなことは。もう十分にわかってる、狂おしいまでにズレていることは。それでも歪んでいるのはこの世界の方だ。


 本当はもううんざりなんだ、弱者の戯言は。


 強者が弱者を食い殺して何が悪い、誰が悪い。平等を謳って、安全になった気で群れている誇りの無い虫共を見ていると反吐が出る。確かにこのナナキは特別な存在だ、それでも恐怖は在った、痛みは在った、悲しみが在った、苦しみが在った、それでも勇気を振り絞った。


 母親が亡くなった悲しみを知っているか、一人ぼっちで生きていく辛さを知っているか、神様と戦う恐ろしさを知っているか。何も知らないだろう、お前たちは逃げてばかりだ。その癖、言いたいことだけは声を荒げ、それが通らなければすぐに悪態をつく。そのどうしようもない口で平等を叫ぶ。


 彼女は戦う勇気を示した、その誇りを否定はしない。


 それでも、踏み込み過ぎればその輝きは陰る。だからその眼で見れば良い、何故ナナキが殺すのか。目前の醜い顔に背を向けた。


「―――――やはり逆賊ナナキ! 戻って来たというのは本当だったのかッ!」

「どの面下げて再び帝都に足を踏み入れているッ‼ この裏切者があッ‼」

「友の仇、ここで討たせてもらうッ‼」


 聞こえてくる声。数は二十三、いずれも天才と謳われこの帝都を守るために剣を振るう天下の帝国騎士。帝国を、同胞を愛する彼らにとってナナキは逆賊、そうだ、それで良い。信じるものが在るのなら、それを貫き通せば良い。


「しかし、五帝の許可なく戦闘は……せめてエンビィ様にはご連絡を入れた方が……」

「あの御方はナナキ派だ! どいつもこいつも裏切られてなおその力に縋ろうとするなど……!」

「どうして皇帝陛下を疑い、この裏切者の追放を嘆くのかッ!」


 そういえば前にミーア様が言っていた気がする。帝都ではナナキの追放を嘆いてくれる人たちも多いと。それならこの二十と三人はナナキのことが嫌いな人たちなのだろう。向けられた殺意、抜かれた剣、彼らはその意味がわからない程に間抜けではない。


 五帝には届かなくとも、その実力は本物と呼べるもの。それが二十三、そのどれもに油断は無かった。


「参るッ‼」


 雄々しく堂々と――――最後の一人(・・・・・)は叫んだ。


「えっ……ひッ……‼」


 せっかくの凛々しさはどこへやら、一転して最後の一人は怯えを見せた。断たれ、焼け焦げた二十二の死体の異臭が漂い始めた頃、ようやく彼は自分しか生きていないことに気付いた。ナナキに剣を向けた以上、その覚悟は在った筈なのに。彼は怯え、涙を流しながらそれを呟いた。


「助け――――」


 首を刎ねた。


 最早語るまでもない、虫はナナキの前に立つな。踏みつぶされたくないのなら虫らしく隅に身を隠していれば良い。


「ど、どうして殺したのです!?」


 シエル・マーキュリーの震えた声が聞こえた。前は血を見ただけで卒倒していたというのに、大した成長ぶりだった。けれど、その問いの言葉を聞いては思わずには居られない。


「――――滅びゆく筈だ」


 だって、そうだろう。こんな簡単で、当たり前なことを多くの人間に問われるのだから。それならこの衰退は神様のせいだけではなく、人のせいでもある。人が滅びるのは存外に、運命なのかもしれない。


「生きるためですよ」


 ナナキが生きていくため、それ以外に何が在る。襲われた、命を狙われた、それを殺して何が悪い。文明の中で集団で生きるということはそこまで愚かしくなることなのか。そんな大切なことも忘れてしまうのか。


「ナ、ナナキ様の力なら殺さずともどうにでもできたでしょうッ!?」

「敵は殺す、でないとこっちが殺される」

「極端が過ぎます! 私たちには言葉があるッ!」

「正に、彼らは言っていたでしょう――――私の”敵“だと」


 別に貴女のそれに何かを言おうとは思わない。そんな綺麗な世界で生きてきたのならそれを信じるのは好きにしたら良い。けれど、それに主を巻き込むのは止めろ。主が進もうとしているその道は、そんな綺麗な世界じゃない。その愚かしいまでの甘さは、どれだけ美しかろうが主を殺す。


 それはナナキが許さない。


「敵は殺すのですか、ナナキ様」

「殺します」

「では……もしゼアン様がナナキ様の敵になった時はどうするのですか?」


 もし、主がその誇りを失い、虫へと成り下がり、ナナキの敵となったのなら。


「――――殺します」

「……ッ‼」


 無論、そんな真似はナナキが許さない。主が間違った道を進んだのならそれを正すのが従者の役目だ。それでも、もし万が一にでもそんなことが起こったのなら。ナナキは殺すだろう。だってナナキは自分の生き方を知っている、その生き様に迷いはない。ブレればお母様を否定することになる、それだけは許されない。


「……私は帰ります」

「良いのですね」

「……はい、一刻も惜しいのです」


 警告はした。誰を相手にしているのかをよく考えろと、ナナキはそう言った。


 今更になって彼女がこのナナキから逃げ出すことはないだろう。帝都の滞在、すなわち主との時間を捨ててでも優先する何かが今できたのだろう。それなら行くと良い、次に会うのはフレイラインだろうか。帝都への滞在を蹴ったのは貴女、これでもう互いに遠慮はなしだ。


「ではお送りしましょう」

「要りません」


 今までにない、強い口調でシエル・マーキュリーは否定した。


 なんとなく、こうなることはわかっていた。どちらにも譲れないものが在った、それでいて、どちらも自身こそが正しいと信じて疑わないのだ。正しく人間、自分勝手の極み。けれどそれで良い、だって私たちは人間なのだから。同じ男を好きになった女と女、きっとこの在り方こそが正しいのだろう。


「ゼアン様は殺させない……!」


 そう言って去っていく彼女の背中を見送った。


「……今日も空は綺麗だね」


 ねえ、友よ。

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