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雷帝のメイド  作者: なこはる
六章-神様ロックオン-
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ナナキの名を言ってみろ

「ありがとうございました。エンビィ」

「……まあ、これくらいは構わないけどね」


 エンビィはそう言ってシエル様に視線を向けた。その視線には色々な意味合いがあるのだろう。まず一つにシエル・マーキュリー、彼女の体形はこの帝都ではありえない。ここは才能が集う人類の聖域、その怠惰を形にした身体を帝都で見ることはない。単に物珍しいという意味合い。


 そして一つに、ナナキとの関係だろう。


「あの、ナナさん……?」


 第三層のペンタゴン、人通りの少ないその暗がりの路地で彼女と向かい合った。その大きすぎる身体を揺らしながら、不安そうに首を傾げる彼女にナナキは何を言おう。決まっている、全てだ。今ここに居るナナキはマスターメイドナナキではなく、ただ一人としてのナナキ。


 だから、誇りを持ってこの名を告げた。


「――――ナナキ」

「え?」

「私の本当の名はナナキ。少し前まで雷帝と呼ばれていたナナキです」

「ら、雷帝ナナキ……様? え……あの……これは……?」


 混乱は長かった。でもそれは仕方がないこと、彼女は貴族ではあるけれどただの人なのだから。何の訓練も受けていない、才能の程を計ったことはないがその片鱗は見えていない。ただ裕福に、害されることなく生き続けてきた幸福な人間。だからその長い混乱の間、ナナキはひたすらに待った。


「どうして……雷帝ナナキ様がゼアン様のメイドを……」


 どれくらいの時間だったろう。長い沈黙が終わるまでに要したのは五分か、或いは十分か。


「少し前、帝都で何があったかはご存じですか」

「……はい」


 恐れか、或いは同情なのか。この帝都を離れた日の話をすれば、シエル・マーキュリーは少し悲しそうに顔を落とした。それを優しさと決め付けるのは早計だけれど、こと彼女に限ってはそうであると思ってしまう。だって、彼女は誰よりも綺麗な心を持っているから。


「その後、私は主……いや、ゼアン・アルフレイドに出会いました。ただの偶然、それは間違いありません。ただそれが、私にとっての最良の出会いでした」


 あの日からと考えれば、遠くに来たような錯覚を覚える。時間にしてみればまだ半年も経っていないというのに。目まぐるしい日々のおかげで決して退屈はしなかった。世界の真実を知り、五帝と戦ったり、恋を知ってみたり。特別の意味を知って、予言の正体を知った。


 それらは全て、彼と共に歩いてきた道だった。


 最初は似ていると、そう思っていた。都合も良かった。けれど次第にズレているそれが、ナナキを否定しないそれが、とても嬉しくて、愛しく思えた。彼は褒めてくれる。人を殺すナナキを、ズレていると、歪だと言われ続けたナナキを褒めてくれる。強者を認めてくれる。理由はそれだけで十分だった。


 だって、ずっと褒められたかったから。劇的な運命も、大層な理由も要らない。


 だから。


「私はゼアン・アルフレイドが好きです」

 

 口にするのに一切の迷いはなかった。これはナナキの想い、それを恥じる必要がどこに在る。やはり想いを口にするのは気持ちの良いものだね友よ。ナナキは友が好き、エンビィが好き、お母様が好き、そして主が大好き。堂々と胸を張れば良い、これはナナキの人生なのだから。


「はぁッ!?」


 当人のいないところで明かした告白に、真っ先に反応したのは心の姉だった。それまではこの薄暗い路地の壁に寄りかかり成り行きを見守っていたというのに、途端に大きな声を上げて近寄ってくる。大切な姉を蔑ろにしたくはないが、今は大事な話をしているから後にしてほしい。ハウス。


「ちょ、ちょっと待ったナナキ! 好きって……だってナナキ、弱い奴は嫌いって……ええ!? いやいやいや! ナナキにはまだちょっと早……くはないけど! いやだってナナキが好きって……ナナキが? ええッ!?」


 エンビィちょっとうるさい。


 動揺する姉を軽く睨んだ。ナナキとエンビィの付き合いもそれなりに長い、目で訴えればそれは必ず彼女に伝わる。ナナキが文明に馴染めるようにと、苦労をしてくれた姉に言葉は不要、ナナキとエンビィの絆は本物で在るのだから。届けナナキの意志、親愛なる姉に送るナナキアイ。エンビィ、ハウス。


「ちょっと、聞いてるのナナキ!?」

「エンビィうるさい」


 届かなナキ。


 やはり友のようにはいかない。人と人は真に心で繋がることはできないのかもしれない、悲しい。その点、ナナキと友は全てを明け透けに心と心で繋がっている。お互いに何を思っているかわかるし、声なんてなくても会話ができる。だから友が今のこの状況に下衆の笑みを浮かべているのがよくわかる。


 後でお仕置きだこの野郎。


「さて、どうしますか。シエル・マーキュリー」

「どう……とは……?」

「真実を知って尚、元五帝が一人、雷帝ナナキに挑みますか」


 敢えて大層な言い方をした。でもこれは、意地の悪い言葉ではなくて、必要な言葉。立場に逃げるなと言ったその口で、彼女は何を語るのか。出会ってからの時間も必然として短く、機会もそうはなかった。それでも、彼女のことは良く知っている。だからこれは確認だ。今一度、誰が敵なのかをしっかりと見定めなければいけない。


 ナナキとして。


「挑み……ますよ……挑みます!」


 震えた声が語った勇気に称賛を。けれどもう一歩、見せてもらおう。それは誰のためのもので、誰に向けた宣戦なのかを。互いに想いは口にした、最早誤魔化すことはできない完全なる敵対。それなら思っていることは吐き出した方が良い。お互いに、ね。


「勝てると思っているのですか、このナナキに。天上に手が届くと、そう言うのですか」

「勝たなければいけないのです……私のために……ゼアン様のためにも!」

「主のためにも、ですか」

「ええ。だってナナさん……ナナキさんはすごいから、きっと御二人だけだとどこまでも行ってしまう……。ゼアン様はナナキさんと違って普通の人なんです。いつか貴女の大きすぎる才能に殺されてしまうかもしれない」

「その程度の判断が主にはできないと御思いですか」

「ゼアン様はズレています……そしてナナキさん、貴女も。貴女が私の知るナナさんではなくて、ナナキさんだと言うのなら私は絶対に勝たなければいけません」

「理由をお聞きしましょう」

「貴女の帝都での行いを知っています。何かしらの事情が在ったのだと思います、少なくともナナさんはそんなことをする人だとは思えない。だけど、それでもその行いを正義とは言えません! そんなことをする人に好きな人を任せられません……!」

「――――バカッ‼ 死にたいのかッ‼」


 焦ったエンビィの声が聞こえた。それはそうだ、エンビィはナナキを良く知っているから。シエル・マーキュリーは今、ナナキの誇りに触れた。正義でない人間はあの場で死ねば良かったと、そういうことだろうか。それはナナキの誇りを、お母様の教えを否定する言葉だ。


 が。


「覚悟は受け取りました。シエル・マーキュリー、貴女の帝都滞在はこのナナキが保証しましょう」

「え?」

「なッ!?」


 見事、とそう思ったからではない。これは借りを返しただけ。本来であれば、婚約者という立場を振りかざして一方的に勝てていたのだ、彼女は。従者であるナナキは主の婚約者に何かを言われれば、立場上引き下がるしかない。主従の契約をしてしまったが故の弊害が発生していた筈なのだ。


 それを立場に逃げるななど、誰に向かって言っているのかも知らないで貫き通された高潔。そのおかげで自由に戦えている、つまりナナキは慈悲を受けている。それは弱者がもらうものだ、強者であるナナキがもらうものではない。それでは納得がいかない。


 何故ナナキがハンデをもらわなければいけない。ふざけるなよ、私はナナキだ、特別な存在だ。


「もうすぐ主も来られます、好きなだけこの帝都で過ごしなさい。私は従者として過ごしましょう」

「そ、それは……?」

「貴女は知らなくて良い。これは私の誇りの問題、大人しく受け取っておきなさい。誰を相手にしているのか、よく考えることです。シエル・マーキュリー」


 これで良い。どれだけのハンデがあろうとそれを覆すのがナナキだ、覆してこそのナナキだ。誇りのない勝利になど意味はない、ナナキはただ過程も結果も最良を出せばいいだけのこと。造作もない、このナナキを誰と心得る。


 誇り高きナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキの名を言ってみろ。


「いや、あのナナキ? 帝都滞在の許可って……それ誰が取るのさ」


 エンビィ。

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