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雷帝のメイド  作者: なこはる
六章-神様ロックオン-
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朝食パニック

 追い詰められた獣の手強さは知っていた。


 生を受けたからには決して生存を諦めず、例え相手がナナキであっても最後の最後となれば抵抗をする。これが考えることのできる人間であれば、立ちすくみ、絶望に震えるのだろう。けれど獣はそうじゃない。最後の時が訪れるまで生きようともがく。逃げきれないと察した熊はその巨体を二本の足で支えて立ち上がった。


 その唸り声には確かな生への執念が在った。獣は獣、されど誇りの無い人間より余程に立派な生き様で在った。その鋭利な爪を掲げ、人の肉など容易く切り裂くその牙を剥いた。熊とは基本四足で移動するが、人間のように二足で動くこともできる。二本足で起立した熊の大きさと来たら、幼少時代は恐ろしくも見えたものだ。


 けれど、もうその牙も爪もナナキには届かない。引き裂かれたその爪も、嚙み砕かれたその牙も、もう怖くはない。


 ナナキは知っているのだ。


 そう、ナナキはこの森で育ったから知っている。怯えていては生きてはいけない、恐ろしくても戦わなければ生き残れない。最愛の母を失ったあの日から、ナナキは生き残ってきた。だから知っている、大きかろうが小さかろうが、男だろうが女だろうが、何もかも関係がない。


 弱者は食われる、それが変わることのない生存の掟。それが不変である限り、このナナキが生存の道から外れることはない。即ち天地長久、御天道様に続く御ナナキ様である。そろそろ祭られても良い頃合い、御ナナキ様の御加護があるよ。


「がおーッ‼」


 熊に吠えた。いただきますと。



「リドルフ……リドルフ……ッ‼」

「申し訳ありませんゼアン様……ッ‼ その、上手く寝付けず……ッ‼」


 どうしてかリドルフ執事長が二度も名前を呼ばれ、謝っていた。咳払いをして我が主をたしなめる。何についての叱責かは存じ上げないが、その行いは爽やかな早朝に相応しいものではないからして。リドルフ執事長も慣れない帝都、それもいきなりセントラルの邸宅での睡眠では疲れも取れなかったのだろう。


 そのおかげで夢にまで見たナナキの作った朝食が食卓に並ぶ光景が現実のものとなった。


 御覧なさい友よ、実に美味しそうな熊肉だろう。文明生活の長い皆さまに配慮して、止めを刺してから早急に処理を行ったから臭いも気にならない筈だ。熊肉は殺してから時間が経つとすぐに臭くなってしまうからね。その巨体の重さもあって血抜きも楽ではないし。


 ところがだ、このナナキであれば血抜きも解体もお手の物。ナナキの森から帝都まで秒で産地直送、新鮮なお肉をお届け。それに加えてシエル様に招待された避暑地で見せたバーベキューの腕前、当然ながら焼き加減はばっちりだ。さあ、もう言わなくてもわかるだろう。


 マスターメイドナナキ、ここに君臨す。


「朝から肉……それも肉だけ……」

「お肉を食べれば眠気が吹っ飛びますよ、ミーア様。ジャストミート、なんて……チラッ」

「朝から死にたい?」


 生きたい。


 殺意の波動を纏うミーア様に高速で首を振った。神様に連れ去られた間抜けな兄よりも余程生命の危機を感じるあたり、ミーア様の才能はもしかするととんでもないものかもしれない。


「……私はダイエット中だからお兄様にあげるわ」


 初耳だった。それでも口は挟まない、ナナキは立派なメイドです。お母様。


「実の兄を犠牲にするのか?」

「可愛い妹のためなら呪いだって受け入れてみせなさい、お兄様」


 何それ恰好良い。でもそろそろ傷付くよ。


「ささ、アキハさんも!」


 こういう時はナナキの友人である彼女に期待しよう。最初こそは同じ人種というだけで気にかけてくれていたけど、今ではすっかりと仲良しなお友達。ニッポンジン特有らしい亜麻色の瞳と目が合った。すかさず友情のナナキスマイル。召し上がれ。


「で、では……」


 友情の灯ったフォークがナナキの焼いた熊肉に刺さり、アキハさんの小さな口へと運ばれた。ねえ友よ、知ってた? 友情って目にも見えるんだね。アキハさん大好き。


「ん……ぁ……ナ、ナナさん、その、味付けは……」


 森にそんなものはない。


「その美味しいのですが、その……肉の味……というよりも臭いが……うぐっ……」

「……俺の分やるよアキハ」

「満腹になりましたので結構です、ヴィルモット様」

「いいから食えよ」


 お前が食えよ。


「ぐむぅ……ッ!?」


 ヴィルモット・アルカーンのその口にナナキの故郷の味をぶち込んだ。今朝取ってきたばかりの最高鮮度のお肉だ、美味しくない筈がないのである。文明の人間には好き嫌いがあると聞くけれど、それナナキの森でも同じこと言えるの? 食わないと死ぬんだよ食えオラ。

 

「~~~~ッ!?」


 思わず悶絶してしまう程美味だったのだろう、ヴィルモット・アルカーンは数回の咀嚼した後に唸り声をあげた。気持ちはわかる。ナナキも初めて文明の料理を食べた時は思わず唸り声をあげてしまったものだ。


「ナ、ナナキさん……」

「いかがなさいました、リドルフ執事長」

「これは何の肉ですが……」

「熊です」

「オエエエッ‼」


 ナナキの家があッ!?


 ヴィルモット・アルカーンが撒き散らした吐瀉物を即座に処理しなければ。朝食の席でなんて真似を、それでも貴族か貴方は。せっかくナナキが手料理を振舞ったというのに、文明人の好き嫌いの激しさには驚愕を禁じ得ない。ちょっと臭いがするくらいで食べれないなんて、それで生きて行けるのだろうか。


 雷帝ナナキであれば汚物で手を汚すことなんてありえない。けれど私はマスターメイドナナキ、手なんて後でいくらでも洗えば良い。即座に布を拝借して掃除を開始、完了。すかさず手を洗う、何度も。次に必要なのは換気だ。この臭いはいけない、熊肉よりよっぽど臭い。


「……ナナキ?」


 ふと、それまで静かに傍観していたハーミィが呟くのを見た。ナナキと対峙した時にも揺るぐことのなかったその表情が少しだけ崩れた。彼女の心情は気にするだけ無駄だ。だからナナキは祈ろう。ナナキという名前に折れてしまわないように、彼女が彼女の誇りを貫けるように。


「この忙しい時に……ッ‼ 今度は何の騒ぎだナナキッ‼」

「うるせえ肉食え」

「もがあッ!?」


 やってきたシルヴァにもご馳走してあげた。恐らくはハーミィの部下が呼んだのだろう。シルヴァは喋ると長いので有無を言わせない方が良いのだ。さすがナナキ、ぬかりなし。


「おーいナナキ? 今の口調なにさ?」


 あー!?


 エンビィも居た。ハーミィの変化に気を取られていたせいで索敵が甘かったのだ。不覚、その代償は一目で凍てついた。見れば、そこには目の笑っていない笑顔があったのだ。為す術もなくただ頭を下げる、きっとナナキが悪かったのだ。その瞳が言っていた。怖い。


「臭ッ!? な、なんだこの肉はッ!?」

「クマさんだ!」

「人にゴミを食わせるな貴様ッ!?」

「クマThunder!」

「アガガガガガガガッ!?」


 余った分はナナキがしっかりと食べた。御馳走様でした。



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