ナナキ三日会わざれば括目して見よ
――――拝啓、お母様。
ようやく、墓前へと訪れることが適いました。
敬愛なるお母様におかれましては、夏が過ぎ秋の訪れが彩るこの季節をいかがお過ごしでしょうか。時が過ぎるのは早いもので、少し前までは暑くて敵わなかったというのに、今では吹き抜ける風が心地の良い冷たさを運び始めました。御無沙汰しております、お母様の娘、ナナキです。
これまでの親不孝をどうかお許しください。それから、世界を追われたあの日から、目まぐるしく過ごしてきたこの日々のことをお母様に御話させてください。報告したいことは山のようにあります。けれど生憎と時間の方に余裕がないのです。ですから、先ずは一つだけを。
変革が在りました。
それは、或いはナナキの弱さだったのかもしれません。当然のように在るその存在たちについて、これまでに疑問を抱くようなことはなかったのです。ただそれが当然で、牙を向けられない限りは互いに不干渉であれば良いと、ナナキはそう思っていました。
人間はかくも脆く、弱く、儚い。
だから人は神様に支配されているのでしょう。対抗するために手にした魔法という呪い、これに侵されながら人類はやがて滅びる道筋だったのかもしれません。弱肉強食、それがナナキの知る世界。故にそれは仕方のないことだとナナキは思います。弱き者は淘汰される。ナナキもそうして生きてきた。
だから――――気に入らないのです。
何故ナナキが支配されねばならないのでしょう。何故ナナキが滅ぼされなければならないのでしょう。この特別なナナキが、お母様の娘であるナナキが、何故見下されなければならないのでしょう。それは人間だからでしょうか、人類だからでしょうか、或いは――――ナナキだからでしょうか。
そうであるのなら。そうであってしまったのなら。
それはナナキへの侮蔑だ。
この激情は、この憤怒は、この殺意は。その侮蔑を、その愚かさを、その憐憫を絶対に許さない。それはナナキの誇りを、絶対的強者であるこのナナキの誇りを汚すものだ。それを許すわけにはいかない、それはお母様とナナキの絆だ。違うことが在ってはならない約束だ。
認めたくはなかったのです。心のどこかでナナキもまた、世界に蔓延る弱者の群れたちがそうであるように、神様を特別な存在なのだと認識していたことを。愚かな人間、愚かな娘、愚かなナナキ。そうじゃない、そうじゃなかったのです。そんなのはナナキではない。抱く誇りは無二のもの、それならば。
――――特別なのはナナキだけで良い。
そうでしょう、お母様。
いつかの約束を覚えていますか、お母様。ナナキは特別だから、だから多くの人の役に立てと、そうお母様は仰りました。ナナキは約束を果たします。あの日帝都を追われ、その約束を違ってしまったのだと思っていました。そうじゃなかった、まだ間に合うのだと。
競うべきは人ではなかったのです。ですからどうか、お母様に立ち会って頂きたいのです。ご心配には及びません、たったの一言で良いのです。それも、姉から教わった品位を保ったものです。本当に我儘ばかりの娘で申し訳ありません。またいつか叱って頂ければと思います。
ナナキより、高慢なる世界の支配者たちへ。
”ご機嫌よう“、ナナキです。
◇
目覚めはいつも良い、今日も瞼は軽い。覚醒してまず飛び込んでくるのは綺麗な赤毛、燃え盛るような赤、それでいて静かな赤、総論として素敵な赤。そう、ナナキの姉のものだ。未だすやすやと眠るお寝坊さんの頬を突く。ふふん、未熟者め。ここがナナキの育った森であればエンビィはもう食べられている。
グッドモーニングナナキ。世界の皆さま、おはようございます。ナナキです。
睡眠、それは必然として情報を遮断される。ならば真っ先に行うことは状況の確認である。素敵な朝の中で自己確認。昨日は五帝会議、その後にお母様の御墓へと向かって、ご挨拶をした後に素早く帰宅、そのまま就寝。つまりここは帝都、天下のフロスト帝国、おっけー? おっけー。確認終わり。
朝一から思考はクール、だからナズグルをコール。おはよう友よ、良い朝だね。ナナキが寝ている間に何かあっただろうか。異常なし? それは上々だ、新しい日々の幸先は良いと見える。幸運さえをも引き寄せるナナキはさすがと言えるだろう。むしろ言え。
「さて」
何はともあれ、ナナキがすることは一つ。
メイドとは時も場所も選ばない。必要とされるのならそれで良い、これがナナキの見解である。すなわち、ここが帝都であろうが、フレイラインであろうが、ナナキのすることは変わらないということ。というわけで雷速のフォームチェンジナナキ。
エンビィから借りたぶかぶかの寝間着をパージ、すかさずに取り出したるは我が主から頂い給仕服。アルフレイドのメイドたるこのナナキを象徴する誇り高き衣装。一泊することに決まり、昨晩のうちに一切の汚れに妥協せずに洗っておいたのである。褒めてどうぞ。
給仕服に袖を通し、姿見鏡の前で身だしなみチェック。従者の恥は主の恥、その心がけを胸に今日も一日務めるために朝から厳しくチェック。髪良し、服良し、笑顔良し。今日も完璧なナナキだ。あとはカチューシャを付けて一回転。
早朝のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
今日もナナキは凛々しく美しい。さすがはナナキ、お母様の娘。これならば主の恥となることはないだろう。まだ時間に余裕はあるけれど、帝都のナナキの家に泊まっている主たちの下へ向かおうと思う。ああいや、その前にエンビィを起こした方が良いかな。
「朝ですよ、エンビィ」
「あー……」
相変わらずの寝起き、よろしくナナキ。エンビィは朝が弱い。自分も御日様の癖に、御日様が昇ると沈んでいく。天下の炎帝たるもの、もっと凛として頂きたいものである。いや、させれば良いのだ。それも妹の役目と言えるだろう。善は急げ、オペレーションナナキ。
「起きてください」
「……あと五分」
「良いでしょう」
ではその間に準備に入るとする。神速で移動できるこの身に掛かれば道具の調達など造作もない。エンビィに許した追加の睡眠時間五分、最初に魔法でさっとお湯を沸かしてからティーカップなどの調達。それが終われば砂糖やミルク、そして最後に爽やかな早朝を彩るサクラの花びらを一枚。
ナナキは知っている。エンビィは甘いものが大好きだ。よって入れる砂糖の数は多め。相手の好みを把握しておく、これもまたメイドとして大切なことである。どうだろう友よ、ナナキは帝都でも立派なメイドだろう。
「五分経ちましたよ、さあ起きてください」
「……おはよう」
「おはようございます」
まったく、ナナキの姉ともあろう方がだらしない。
「朝の紅茶をご用意しました」
「…………これ、ナナキが準備したの?」
「はい」
他に誰が。
エンビィは眠気が吹っ飛んだような顔をしてナナキの淹れた紅茶を見ていた。そうだろうとも、貴女ならそういう反応をすると思っていた。ナナキの成長ぶりにむせび泣くと良い。どうか誇ってほしいのだ。エンビィ、貴女もまたこのナナキを育てた一人なのだから。
「……」
カップに口を付けた姉の表情はとても嬉しそ――――あれ?
「ナナキ、これ飲んでご覧よ」
うーん、デジャヴ。
けれどご心配には及ばない。エンビィが何に不満を抱いたのかはわからないけれど、以前のようにこのナナキが火傷することはない。証明して見せよう。
エンビィから受け取ったカップを一気にあおる。
「あ、こらそんな一気に飲んだら」
思った通り、まるで熱くない。どころか適温、素晴らしい。ただ、エンビィが何に対して不満を抱いたのかは理解した。これはそうだね、ナナキが悪いと言えるだろう。
「オエェ……」
塩っ。




