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雷帝のメイド  作者: なこはる
Fire Memories Ⅱ
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「誰が教えた」

「雪辱を果たす」


 衝撃的な敗北を喫した剣帝は、それはもう熱り立った。


 本来ならば敗北の事実を受け入れるだけの器量はあるのだが、相手が十二歳の小娘という点が頂けなかった。天下の五帝、世界の守護者、その頭目に座った彼の剣帝が小娘一人にボコボコにされた。その事実を受け入れるにはシルヴァのプライドは高すぎたらしい。


 結果としてシルヴァがたどり着いたのは再戦という道。


 失った尊厳のために再びナナキと戦う道を選ぶ辺りはさすがと言えた。それでも、私にはシルヴァに勝ち目がないようにしか思えなかった。ナナキという少女と私たちでは生きてきた世界が違う。私はそれを知っていたから。


「ナナキには勉強があるんだから邪魔しないでくれ」


 だから口を挟むことにしたんだ。まあ、余り意味はなかったのだけどね。


「このままで終われるか。才能も実力も十分に理解した。次に勝つのは俺だ」

「子供相手に何を熱くなって……」

「子供だと? あれがそんな可愛らしいものに見えるか? 連れている神を見たか、あれは俺たちが服従させた神とは別次元の怪物だぞ」

「知ってるよ、イルヴェング=ナズグルでしょ。ナナキにも勝てないのに、どうやってあの神様に勝つのさ」

「顕現する前にナナキを倒せば良い。どうやら常にナナキの傍に居るようではないらしいからな」

「ナナキが言ってたけど、イルヴェング=ナズグルは単独で顕現するらしいよ」

「服従した神が命令なしに動くはずがあるか!」

「友達なんだって」


 信じがたいことだけど、ナナキとイルヴェング=ナズグルは友人関係にあるらしい。果たして、人と神の間に友情が成立するのだろうか。ナナキはともかくとして、その相手は神界戦争時代に同族である多くの神を殺し続けた怪物。


 神すらをも殺し尽くした神様が、彼らから見れば虫のような存在である私たち人類に友情を持つのだろうか。もしそうで在るのなら、特別なのはどちらなのだろう。


 ナナキか、イルヴェング=ナズグルか。


「フン、今に見ていろエンビィ。剣帝の威光を見せつけてやろう」

「楽しみにしてるよ」


 結局、シルヴァの説得は途中で放棄した。私としては無駄だと思っていても、当の本人であるシルヴァが次に戦えば勝てると信じているのだ。彼は頭が良いし、戦闘力も高い。だからこそ五帝の頭目としての地位を与えられている。だから、何か策があるのだろうと私は口を閉じたんだ。


「ご容赦ください!」

「――――ゴフゥッ!?」


 結論から言えば、無策だった。


「ご容赦ください! ご容赦ください! ご容赦くれさい!」

「やめッ――――があッ!?」


 いや、正確に言うのなら何かしらの策はあったのだろうけど、その前にナナキに捕まった。それはもう、戦闘が開始された直後にシルヴァはナナキにマウントを取られていた。こうなってしまってはもうどうしようもない。神速の拳がシルヴァの顔面をドンドコ叩き尽くすだけだ。


 教えたばかりの敬語を誤用しながらシルヴァの上でナナキが暴れる。徐々に敬語を覚え始めた頃だった。まあ、正しく使えているかは置いておく。実に楽しそうな表情で拳を落としていくナナキの表情は笑顔、何よりも恐ろしいのは正確無比に人体の弱点しか叩かないところだろうか。


「申し訳ありませんでした! このクソ野郎!」

「こら、今のは要らない」

「あい」


 それでも時折飛び出てくる品のない言葉には頭を悩まされたものだ。最終的にはとても綺麗な言葉遣いになるのだけど、それでも興奮状態になると地が出てくる。やはり人間そうそうに変われはしないのかもしれない。


「た、助けろエンビィ!」


 大した剣帝の威光だった。



「はい、それじゃあ今日も勉強を始めます」

「あい」

「返事はしっかりはい」

「はい!」

「良い返事」


 シルヴァのおかげでナナキの実力が帝都の上層部に浸透し始め、急務となるのは必然としてナナキの品格の形成。最優先なのはやはり言葉遣い。ナナキは見た目が綺麗だから言葉遣い以外、つまりは立ち居振る舞いは少し直せば何とかなる。美人というのは色々と特だと思う。別のところに目が行くからね。


 ナナキの外見は帝都でも珍しい部類。見たこともない黒い髪に、綺麗に整った、けれどあまり見かけない不思議な顔立ちをしている。この子は美人になる、当時からそれだけは確信していた。だから最優先はやはり言葉遣い、それさえ直せれば勝機はあった。


「人にお礼を言う時は」

「ありがとうございました」

「謝る時は」

「申し訳ありませんでした」


 順調、そう、ナナキはやればできる子だ。興味が向けば覚えるのは非常に早い。現に読書のために教えた読み書きはすぐに覚えた。書く方は課題有りと言えるが、それでも読める字は書けるようになった。後はひたすら反復させるだけだ。


「人に尋ねる時」

「失礼、少しよろしいですかな」

「か、ね。なは要らない」

「よろしいですか」

「よろしいですよ」


 読書の影響が出ていたが、まあ及第点と言えるだろう。


「それじゃあ応用だ。この間シルヴァに怪我させちゃったよね。それを謝ってみよう」

「ふふん、簡単だな!」

「さてどうかな、あまり大口を叩かない方がいいぞ」


 たまに叱らないとすぐに調子に乗る。まあそこが可愛いところでもあるのだけど、本人のために適度に口を出す必要がある。


「シルヴァさん」


 スタートは上々だったのだ。敬称までしっかりと付いていた。これは期待できるかと、そう思った矢先だったよ。


「ナナキが強くて申し訳ありませんでした」

「すっごい嫌味ったらしいね」

「事実ですので」


 やはり言葉遣いだけでなく、常識も大事なのだと知った。どちらかではダメ、どちらも覚えさせなければいけないらしいと、明確な道筋を得た瞬間だった。まあ結果だけ言うのなら無理だったのだけどね。ナナキは自分の中にある誇りを曲げない。


 強者である自分こそが正しい、それを否定するのなら自分に勝てと、そう思っている。強者としての自分、それがナナキの誇るものだ。ナナキの誇りを否定する、そんなことができる人間は残念ながら見当も付かない。


 或いは、ナナキの母親、彼女ならば……それはできたのだろうか。


 あのナナキが強者として称える、見たこともない、名も知らない彼女ならば。


「サリアの本を破いちゃった時」

「本が弱くて申し訳ありませんでした」

「ライコウに腕相撲で勝った時」

「弱っちいですね」

「私が変な顔をした時」

「んふふ、ブサイク」

「おいこら」


 色々な思いはあったけど、ナナキに一つずつ教えていった。徐々にナナキが品格を形成していくに連れて、私は迷い始めたんだ。もうすぐ、イヴァール様が殺されてしまうと。もう確信していた。イヴァール様は、いいや、他の誰で在ってもナナキには勝てない。この子は”特別な存在“だ。


 ナナキに覚えた確かな愛情と、帝都の英雄への恩義に挟まれて苦しんだ。


「シルヴァをやっつける時」

「Fuck you!!」

「うおおおおおおおおおおおおいッ!?」

Fire Memories Ⅱ 完

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