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雷帝のメイド  作者: なこはる
Fire Memories Ⅱ
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猛人(神)注意

 酷い光景だった。


 五帝の中でもイヴァール様の次に古株であるあのライコウと、五帝候補として険しい試練を超えてきた選抜たちが蹂躙されていた。あの武帝ライコウは頭から大地に刺さり、五帝候補生たちは発生する蒼雷に阻まれてナナキに近づくことすらできない。


 さながら大嵐、そこには天災だけが在った。


「なんだこれは、酷い有様だな」

「……約束通り、シルヴァが止めてきなよ」

「良いだろう。ライコウめ、子供だからと油断したな」


 シルヴァに語らなかったのは、意味がないと思ったんだ。


 彼は頭は良いが、その実常識というものを重視している。それでは理解できない。シルヴァにとってナナキという存在はイヴァール様が連れてきた子供。その実力も脅威も、その身で感じなければ認めない。だから私は何も語らなかった。二度とこういった事態を起こさないためにはナナキへの理解が必要だったから。


「派手に暴れたな、ナナキ」

「お?」


 五帝のまとめ役の実力は伊達ではなく、奔る雷を容易く躱してナナキへと肉薄したシルヴァはナナキへと拳を繰り出した。恐らくは五帝候補に剣など要らないと、そう慢心したのだろう。タイミングも良かった、その一撃は五帝であっても避けられないかもしれなかった。


 それでも、ナナキには届かない。


「ムキャーッ!」

「――――」


 ナナキがシルヴァのその拳を攻撃と認識した瞬間、シルヴァの整った顔にナナキの拳が突き刺さった。さぞや不思議だったことだろう。確実に先手を取った筈が、気付けば自分が殴り飛ばされているのだから。綺麗に殴り飛ばされたシルヴァはちょうど私のところに飛んできて、無様に打ち転がった。


「生きてるか?」

「…………何が起こった」

「殴られただけだよ」

「いつだ」

「おかしなことを言うけど、シルヴァが攻撃した”後“」

「何を馬鹿な……」


 気持ちは良く分かった。それでも事実なのだから、私は否定しなかった。それよりも安心したのは、ナナキがシルヴァを敵として認識していないことだった。ナナキが帝都に来ると同時に教え込んだのは帝都の人間はナナキの敵ではないということ。どうやら理解はしてくれているらしい。


 それでもイヴァール様への敵対心が消えないのは、やっぱりあの墓が引き金だったのだろう。そうであるのなら、もうナナキを止める術はない。あれだけはナナキにとって、絶対のものだから。


「なるほど、さすがはイヴァール様が自ら連れてきた五帝候補。見縊っていたようだ」


 立ち上がりながらナナキの実力を半分は理解したシルヴァは不敵に笑っていた。帝都の御婦人に大人気のその顔を腫らし、鼻血を垂らしながら再びナナキへと向かう姿は正に勇士と言えた。けれど私は知っている。あれはナナキの全力ではない。


「来いッ――――アルシャ=ジオッ!」

「大人気なッ」


 いや、シルヴァのこの時の判断は正しいのだけど、思わず言ってしまったのを覚えている。後出しなのに先に当てるナナキの神速を相手に生身で戦うのは厳しい。であれば神の力を借りて戦う、実に合理的だった。だけどシルヴァはナナキを知らない。だから、あの凶悪な存在も知らない。


 ナナキが帝都に来て以来、その姿は見えなかった。


 人間には常識が在る。だからそれに当て嵌める。私のハイエント=ヘリオスやシルヴァのアルシャ=ジオは私たちの傍を離れないし、いつでもその姿を視認できる。けれど、神界戦争時代に多くの神を屠ったその怪物は私たちが連れている神とは次元が違った。


「……黒い雷?」


 シルヴァが神を顕現させた瞬間、訓練場に漆黒の雷が奔り始めた。それはナナキの蒼雷とは違う、別の存在の雷。蒼と黒の雷が訓練場を駆け巡るその光景は、まるで世界の終わりのようだった。


 ナナキの後ろの空間に、闇が在った。


 その闇から巨大な黒騎が這いずり出てくると共に荒れ狂う魔力の奔流と黒き雷が世界を震撼させる。


「…………なッ……なんッ……」

「おお? なんだ出てきたのか? あいつ? あの神様? 良いよやっちゃえ!」


 あの時に呆然と、立ち尽くすシルヴァは何を思っていたのだろう。恐らくは絶望に近い感情だったことだろう。それでもシルヴァが降伏することはなく、必然として訪れる凄惨な光景に、途中で私は目を逸らした。


 アルシャ=ジオはイルヴェング=ナズグルに、シルヴァはナナキに一瞬で捕まりマウントを取られた。そこから先は本当に酷いものだ。男前なシルヴァの顔にナナキの容赦のない拳が何度も振り下ろされた。アルシャ=ジオに至っては早急に止めなければ殺されてしまう。神同士は互いに殺し合えるのだから。


 つまりは、頃合いだった。


「ナナキ」

「お? おーエンビィ、こんにちな」

「こんにちは、ね」


 ライコウもシルヴァも最早戦える状態ではない。この痛ましい事件によって二人はナナキの力を正しく認識した。イヴァール様が自ら選ばれた後継の実力はこの日に示された。


「そろそろ終わり、新しい本買ってあげるから帰るよ」

「もう練習は良いのか?」


 一応、実力調査ということは伝わっていたようで、ナナキも本当に少しは気を遣ったらしい。そうでなければ隅で震えている五帝候補たちは無事ではなかったろう。やはりナナキの課題は五帝としての品格と最低限の常識なのだと実感した。五帝としての実力だけを見れば、恐らくは歴代最強なのだから。


「良いよ。ナナキの勝ち」

「ふふん、手加減するのが大変でした。褒めるとよろしく思いました」

「色々間違っているけどまあいいか。良くできました」


 甘いのだろうとわかっていても、ね。



「あらエンビィ、久しぶりね」

「ああ、お帰りサリア。どうだった?」

「いつも通り、ちょっと相手をしたら逃げて行ったわ」

「お疲れさん」


 真実を知っているのか、或いは知らずとも気に食わないのか、帝国を敵視する連中は定期的に現れる。現存する人口を考えれば人間同士で争っている場合ではないというのに、それでも人は争う。そんな愚か者たちの討伐は基本的に五帝が行う。今回はサリアの担当だった。


「暇なら久しぶりにどう?」

「ふーむ、ナナキももう寝たし良いよ。飲もうか」

「すっかりお姉ちゃんね」

「まあ、イヴァール様に頼まれているからね」


 それだけか、と言われれば少し苦しいけれど。


 そんなこんなでサリアからのお誘いを受け、久方ぶりに二人で飲むことにしたんだ。ただ、その日は色々とありすぎて、予めに報告し忘れていたのは良くなかったと思う。


「な……」

「あ、そうだった。ナナキの教育に悪い本は捨てておいたから」

「はぁッ!?」


 自室で放心するサリアは割と新鮮だった。


「なん……わ、私の宝物が……」

「そんなに大事な本だったの?」


 どれもこれも女性同士の恋愛を謳った本ばかりだった。中には濡れ場もあり、ナナキの教育に悪影響を及ぼす可能性が高かった。よってこれを全て排除、サリアには金銭的補償をするつもりだった。


 けれど、どうしてかサリアは笑いだして私の申し出を断ったんだ。


「ふ、ふふ……まあ良いわ……それだけナナキが大事なのね」

「んー、まあね。しっかり教えていかないと後々大変だし」

「濃厚なエン×ナナが見れるなら別にそれで良いわ……」

「エンナ? なにそれ」

「何でもないわ」


 結局、今になってもそのエンナなる言葉の意味はわかっていない。


 

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