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雷帝のメイド  作者: なこはる
Fire Memories Ⅱ
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天才と天災

「なーエンビィ、このヒコウキってなんだ?」


 ナナキの面倒を見始めてからおよそ一ヵ月ほど経った頃だった。


 帝都に越してきてすぐははしゃぎ回っていたナナキだけど、それもようやく落ち着きが見え始めていた。一月でナナキに優先的に教え込んだのは文字の読み書きだった。幸いにもナナキは記憶力と理解力が高いおかげで苦労は”だいぶ“で済んだと言えるだろう。なに、死ぬほど苦労するよりはマシだったよ。


 帝都での常識や文字の読み書き、乱暴な言葉遣いの矯正、課題は山積みだったけれど手間の掛かる子ほど可愛いと言うのか、放ってはおけなくてずっと掛かり切りになってしまった。幾ら同期のシルヴァが優秀だからと言っても、さすがに一月も仕事を丸投げするのは良くなかったと今でも思ってる。


 けれどナナキを一人にしておくのは非常に不安だった。


 だから一つ試してみたんだ。するとそれが大当たり、ナナキはただただ私の部屋で過ごすようになった。私としてはダメ元だったんだけれどね、意外なことにナナキと読書は相性が良かった。どころか、本を読むために文字の勉強も進んでやるようになった。


 ようやくナナキから目を離す時間ができたというわけ。その代わりと言ってはあれなのだけど、ナナキの知らないものに対してはこうして質問が飛んでくるようになった。時にはこの世界の、帝都の真実にも触れる質問が出てくるものだから誤魔化したりもした。


「飛行機っていうのは空を飛ぶ機械、科学だよ。今でもあるにはあるよ、フレイライン辺りの貴族なら持ってる。骨董品が好きだからね、貴族っていうのは」


 まあ、あれは魔力で無理やり飛ばすだけのものだけどね。いや、浮かすというのが正しいのかな。魔法を使えば死が近づく世界に生きているというのに、見栄のためだけに金で雇った他者の魔力であんなものを飛ばすのだから、貴族というものは救えない。


「センタッキーもあるな? 科学と魔法の違いは何で動くかなのか?」

「洗濯機ね。……まあ、簡単なものは技術がなくても魔法でなんとかなるからね。あれは回すだけだし」


 嘘を付いた。


 でもそれは仕方がないことだった。私には嘘を付く義務があったから。技術は生きていて、動力を魔法に変えているだけの小さくて、大きな嘘。それでも私たちは生きていかなければならない。それが世界の決断だった。だから嘘を付いて、犠牲を見送り続ける。


 私は世界の守護者、世界のために最善を尽くすのが仕事。


「それより、今日は何の本を読んでるのさ」


 露骨ではあるけれど、ナナキなら気にはしないのを知っているから話題を強引に変えた。いつかナナキが真実を知る日が来る。その日まで、できるだけナナキに嘘を付きたくはなかったから。そう、世界の守護者とさっきは格好を付けたけど、その実私は甘い。わかってる。


「サリアの~」

「サリアの?」


 ごろごろと転がりながら本を読む姿は多少はしたなくもあるけれど、それくらいは見逃してあげることにしていた。全てを叱ってはいつナナキが爆発するかわからない。縛りすぎてもダメなのだ。ある程度の自由も必要、ナナキを通して私も成長していた。


「どんな内容なの?」

「なんか女同士で抱き合ってる」

「ちょっと待とうか」

「あー! まだ読んでるのに!」


 日々を共に過ごすに当たり、私への警戒が甘くなっているナナキから本を奪うのは容易かった。


「返せ返せ! まだナナキ読んでるって言っただろー!」

「どうどう」


 左手で突撃してくるナナキの頭を撫でながら本を見てみれば、女性同士の恋愛を謳った本なのだということを理解した。不健全、ナナキの教育には不要なものだった。


「こっちの本にしな、ナナキ。面白いよこれ」

「なんでだ!? ナナキそっちまだ読み終わってないぞ!?」

「ナナキじゃなくて私。いい加減に覚えなさい」

「そんなことどうでもいい! 返せ!」

「ウサギとヘビが戦う物語だよそれ」

「勝つのはヘビだ! 返せ!」

「いや、勝つのはカエルさんだよ」

「どういうことッ!?」


 興味を持たせてやればあとはちょろいもので、ナナキはすぐに読書を始めた。


「ちょっと出かけてくるね、ナナキ」

「あい~」


 その日、サリアの部屋にあるほとんどの本を捨てた。



 ナナキが読書に耽るようになったおかげで仕事ができる時間を確保できた私は当然ナナキから目を離す。これまで大変な思いをさせてしまったシルヴァに報いるために仕事に没頭した。結論から言えば、早計であったとしか言えない。私は間違えた。


「ナナキ?」


 仕事に没頭したとはいえ、やはりナナキが心配なことには代わりがなくて、せめて昼ご飯くらいは一緒に取ろうと部屋へ戻った時のことだった。見渡す室内にナナキの姿はなく、つい最近までナナキが読んでいた本が栞を挟まずに置かれていた。


 新しい本を探しに行ったか、或いはついに読書に飽きたか。どちらにせよ、穏やかでは居られない状況だった。帝都での常識や人との接し方は教えてきたけれど、まだまだ完璧にはほど遠い。何より、何かの拍子で誰かがナナキと敵対するようなことになったら最悪だ。それだけは避けなければいけなかった。


 まず向かったのはサリアの部屋だった。


「……居ない」


 つまりは読書じゃない。最悪だった。


 思いつく限りに足を運んだ。それでもナナキの姿は見当たらなくて、まさか外に出て行ったのではと血の気が引き始めたところでシルヴァを見つけた。


「あっ! 悪いシルヴァ! ナナキを見なかった?」

「何を言っている。今日は五帝候補の実力調査の日だぞ。あいつなら訓練場に連れて行った」

「な……ッ!? なんで!? ナナキはまだ五帝としての品格がないからまずは勉強だって言っただろう!」

「そもそもの実力がなければ話にならないだろう」

「イヴァール様が自ら選ばれた後継者だぞ!」

「だとしても俺たちは実力を見ていない」

「……後悔するぞ、シルヴァ」

「なに?」


 そう、理解できているのは私とイヴァール様だけだったのを忘れていたんだ。シルヴァやライコウ、サリアは知らない。ナナキの力を、ナナキが連れている神を知らない。どういうわけかは私にもわからないけれど、あの日からイルヴェング=ナズグルの姿を見ない。だからシルヴァたちは誤認する。


 確かにこの帝都には天才が集められる。シルヴァやライコウ、サリアや私、もれなく天才だと言える。五帝候補に選ばれた者たちだって帝都でなかったらどこの国でも重宝されるだろう。それでも、それでもダメなんだ。


 あの子は才能でどうにかできる存在じゃない。


「今日の実力調査は誰が取り仕切ってる?」

「ライコウだが?」

「最悪ライコウが殺されてるぞ……」

「何を馬鹿な」


 五帝候補なんて癖の強い連中の前にナナキを放り出せばどうなるかなんて考えるまでもない。候補の彼らは自分たちに自信を持っている。五帝に選ばれるかもしれない、特別な存在だという自負が在る。そんな彼らの前に自分たち同様の五帝候補の子供が現れたらどうなるか。


 少なくとも接触はあるだろう。良くも悪くも。ナナキが相手ではそれが致命的になりかねない。


「来いシルヴァ。お前が責任を取れよ!」

「お、おい何の話だ」

「いいから来な!」


 私は祈った。


 五帝候補くらいの力ではナナキの敵に成り得ない、その可能性にかけた。万が一にでも敵と認められてしまえばその候補生は死ぬ。殺される。色々と教えてきたけれど、その根底だけは変えられないでいる。だからせめて、候補生たちが善良な心を持っているか、或いはナナキが相手にもしないくらいに弱いことを祈った。


 状況を飲み込めないままのシルヴァを連れて、候補生たちの実力調査を行う訓練場までを全力で駆けた。事は急を要する、ハイエント=ヘリオスの魔力を使って高速での移動を行った。時間にしておよそ三分、現場に到着した私とシルヴァは正にその瞬間を目撃した。


「ムキイイイィィィィッ‼」

「ぬあああああああ――――もがッ!?」


 ライコウが頭から大地に刺さった。

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