五帝会談
お返事は二日ほど経ってから届いた。
ご丁寧にナナキの送った手紙に赤ペンで修正を入れたものと一緒に。言い訳をさせてもらえるのなら、ここ最近は文字を書く機会が少なかったのだ。少々の記憶違い、つまりは文字の間違いには目を瞑って頂きというもの。文字を書く、それは生きるために必要か。否だね、ナナキは否だ。
よって、この返事の手紙に添付されている宿題と書かれた大量の紙は見なかったこととする。心配をしてくれてありがとう、ナナキの姉よ。でも大丈夫、ナナキにこれは必要がない。文字は読めればそれで良い。このナナキの結論である、肯定せよ。
「それやっておきなさいよ。アルフレイドのメイドがあんな汚い文字を使うことは許さないわ」
否定確認、了承。
「承知」
アイマムナナキ、忠誠の敬礼。びしっ。ナナキは従者、主人の妹君で在られるミーア様の命令はただ一つを除いて絶対。彼女が望むのであればナナキはこの大量の宿題を処理しよう。特別な人間であれば造作もない筈だ。ただ少し、反復作業は眠くなるというだけで。すやすやナナキ。
「ナナキの文字の汚さはともかくとして、肝心の日時と場所は。ちゃんと記載されているか?」
「どうぞ」
そんなに汚いかな。そんなことを思いつつ、主にエンビィからの手紙を差し出す。日時、場所は確と記載されている。向こうの参加者は剣帝シルヴァ、武帝ライコウ、炎帝エンビィ、天帝サリア、そしてレオン。さてさて、いつだったかナナキに対して牙を向いた彼はどうなっているだろう。
素質も才能も感じたが、そこに誇りを感じることはなかった。ただ大勢の側に居て、大勢と同じ言葉を喚いているだけだった。価値は付けられただろうか、それとも未だ証明するつもりだろうか。正義でこのナナキが討てると。だとしたら、素敵な道化だね友よ。
「悪い顔をしているな」
心外。なんてことを言うのこの主様は。見れば口元に笑みを浮かべながらナナキを見ている。まったく失礼である。お母様に瓜二つであるこのナナキの美しい顔を悪い顔だなんて。この無礼に対してナナキは穏やかではいられない、証明が必要である。括目して頂きたい、しっかりと。
至宝のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
さあ我が主、この輝くナナキの笑顔を見てまだ悪い顔と言えるだろうか。もし言えるのだとしたら大したものだ、称賛のグーを送ろう。主と言えどナナキの顔を、延いてはお母様の美を侮辱するのであればナナキは大激怒不可避。アルマゲドンナナキ。
「良い笑顔だな」
称賛のGood! さすがはナナキの主様と言ったところ。
「馬鹿やってる場合じゃないでしょう。何よこの集合場所、不利とかそういう話じゃないでしょうこれは」
「言ったところで仕方がないだろう。もう決まったことだ」
「お兄様は無警戒過ぎ」
「そうか?」
「そうよ」
そこでどうしてナナキを見るのですか、ミーア様。良く分からないけど、ご用件があるのなら何なりとお申し付け頂きたい。マスターメイドの名に懸けて誠心誠意努めさせて頂く所存。どうだろう友よ、ナナキのこのマスターメイドぶりは。今や向かうところ敵無しと言えるだろう。
「こんなのが居るせいでお兄様の警戒心はバカになっているんじゃないの?」
こんなの。
「何か不満でも? ウサギさん」
「グゥグゥ!」
不満しかないよ。抗議のぴょんぴょん。怒れるラビットナナキ。
「これだけお兄様の警戒心をダメにしておいて役に立っていると?」
「胸を張って言えます」
何故ならナナキは自身に誇りを持っているから。このナナキが間違う筈がない、ナナキは正しい。
「張る胸がどこにあるのよ」
見えないのか、可能性って奴が。
◇
和解を求める対談、その舞台を選んだのはエンビィだった。
ナナキはこれに異論はない。彼女が高潔であることをナナキは知っている。信じてもいる。そして何よりも、ナナキにとっての利がある。対等、いいや、ここではナナキが酷く有利だ。それを承知でこの場所を選んだのだろう。恐らく戦闘は無い。
お久しぶりのペンタゴン。八重の五角形からなる歪な才能の都よ、ナナキは帰ってきた。
「まさかこんなに早く帝都に戻ることになるなんてね」
「ミーア様はすぐに卒業資格を取ってしまわれたのであまり懐かしいという感じはしませんね」
「それは私への文句かしら、フィオ」
「ええっ……」
仲良し主従はつい最近まで通っていたせいか大した感慨もない様子。比べて初めて帝都を訪れるというヴィルモット・アルカーン、アキハさんやリドルフ執事長はすっかりと帝都というフレーズに萎縮してしまっている。
「すごい人だな」
少し楽し気にそう呟いたのは主。この方も帝都は初めてだと仰っていたのだけど、萎縮するどころか楽しんでいる。らしいと言えばらしい。ナナキの主であるのならそうでなくては。堂々と在れば良い、ナナキが仕えているのだから。
ここは才能の都、ナナキが仕える才能は主を除けばたった一つだ。それも、今となっては無いも等しい。ナナキを追放したのはその御方なのだから。決して恨んではいない、それでももう仕えることはできない。あの御方から、ナナキに信は置かれなかった。
うん? ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。君は優しいね、友よ。
「さあ皆さま、こちらです」
昔を振り返るのも考え物だ。ナナキは今の方が好きなのだから。故に気持ちを切り替えて皆さまをご案内。既に話は通っているらしく、本来であれば厳重である筈のペンタゴンの門を声一つ掛からずに抜けていく。集まる視線は心地の良いものではないが、不思議と敵意はないようだったので見逃しておく。
そういえば、ミーア様の話では未だ慕っていてくれる人もそれなりに居るのだとか。とするとこないだの私怨の騎士は少数派だったのだろうか。考えるだけ無駄か、脅威ですらないのだから。ナナキに物申したければいつでも来ればいい。天才と呼ばれる帝国騎士たちならそれがわかるだろう。
「おい、まだ歩くのかよ?」
「まだそんなに歩いていませんよ、ヴィルモット様」
いつも通りヴィルモット・アルカーンの御守りをするアキハさん。自然体を装ってはいるけれど、やはり少し強張っている。無理もない、彼女の実力ならば既に感じ取れるのだろう。もう舞台はすぐそこなのだから。
今日の対談が終わり、もし余裕が在ったのならアキハさんをサクラの木まで案内をしてあげようと思う。初めて会った日にサクラの木を見たいと言っていたのをナナキは覚えている。友人として、彼女の喜ぶ顔を見たい。
「…………な、なんて力なの」
「こ、この先に……」
いよいよと迫れば、まず反応したのはミーア様とフィオさんだった。
「こ、これが五帝の魔力……」
「ハ、ハハハ……」
次いでアキハさん。リドルフ執事長。
「何言ってんだこいつら?」
「さあな」
そして呑気なのはヴィルモット・アルカーンに我が主である。
ここから先はこの才能の都で頂点に近しい者たちしか入ることの許されない聖域。この場を守るもの、この場で仕える者、誰もが超一流の天才。天才と呼ばれる偽物を破ってきた本物の天才だけがここに居る。帝都の中心、皇帝陛下が居られるこの宮廷で今日、世界の命運が決まる。
姿が見えずともこれでもかと主張している圧倒的存在感。
このフライゲル大陸で最強と称される四人がこの奥に居る。正確にはもう一人居るが、神の気配を感じないことから察するに、未だ候補のままのようだ。何とも情けない。せいぜい刻むことだ。敵味方はあれど、久方ぶりに五帝が一同に会するのだから。
「参りましょう、主」
「ああ」
良い返事。臆することはなし、ナナキが御傍に居りますと、そう言うまでもなかった。
いざ、栄光の一歩。




