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雷帝のメイド  作者: なこはる
五章-夏の終わりと尊き教え-
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それが証明になる

「シエルは変わったな」


 商会へと向かう馬車の中で、主の口から恋敵の名を聞いた。


 馬車の窓から外を眺めながらそう呟いた主の表情は、いつもの無表情。流れていく景色をその蒼星石の瞳で追いながら。窓から差し込む日光が車内を照らせば、窓に肘を立てて寄りかかる主の姿は絵になっていた。元より顔立ちは整っている御方、それらしいポーズを取れば良く映える。


「あんなに強かったかな。ましてや、自分から婚約破棄をしてくるなんて」

「気付きにくい強さというものもあります」


 知らなかっただけ、そんな一言で終わってしまう話だった。人間なんて本当はそんなものだ。お互いの心を真に理解し合うことなんてできない。どれもが憶測であり、そうであればいいなと願っているだけだ。彼女は辞めただけ。主にとっての都合の良い女性を。


 アルフレイドの没落を阻止するための婚約。それを知った上でシエル・マーキュリーは主の力になることを選んだ。これ以上にない、とても都合の良い女性だったのだと思う。あの誇り高き女性がそのことに気付かない筈はなく、彼女はその事実すらも受け入れていたのだろう。


 だから許せないのだろう、戦わずにして勝つことが。


 だって彼女は素敵だから。主のために都合の良い女性で在り続けた。一つの文句も言わずに、妹君であるミーア様に突っかかられても彼女は主に尽くした。だからナナキと戦うのだろう。自分はこんなにも主に相応しいと。ナナキと同様、彼女に敗北の念はない。


「今回の婚約破棄でシエルが狙われることはなくなった」

「必然として、守る必要もなくなりますね」

「そういうことになるな」


 悪びれもせずに、主は返した。


 元よりナナキはこれを悪と謳うつもりはないと言うのに。相手は帝国、余計な面倒は少ない方が良いに決まっている。ナナキは強く、特別な存在。それでも帝都と言う才能の都は敵としては強大。滅ぼされるくらいなら見捨てるべきだ。それが生きる覚悟というものだ。


「俺は卑怯かな」

「逃げるのであれば、そうなるのかもしれません」


 言葉の足りない問いかけには同じように返した。主人を甘やかさないのも従者の務め、彼が欲しがっているであろう言葉をそのままくれてやるつもりはないのである。シエル様に、選んで欲しいとそう告げられたのは貴方なのだから。


「ハハ……ナナキはシエルのことが好きなんだな」

「私は誇りを尊びます。確かなそれが在れば、輝いているのなら、私はそれを美しいと思う」


 それは敬愛なるお母様の教え。人が人で在るためには、それが必要なのだとナナキは知っている。


「……初めてじゃないか? ナナキが自分のことを話すのは」


 見れば窓の外ではなくナナキに顔を向けて固まっている主の姿が在った。そんなに驚いた顔をしなくてもよろしいのでは。間の抜けた顔はそれなりに可愛いとは思うけれど。ラブリー主。


「今では話しても良いと思うようになりました」

「ならこれからは知らないナナキが見れるのかもしれないな」

「はい。ただ……」

「ただ?」


 結構すごいのが出てくるから覚悟はしておいた方がよろしいですよ、我が主。


「いいえ、何でもありません」


 そう遠くないうちにわかりますよ。


 今までは従者として慎ましく在るために、自分のことは余り話してはこなかった。雷帝ナナキ、その立場のことだけを示して後は口を閉じていた。お母様のことも、エンビィのことも、予言のことも。でも、こから先はそれでは進めない気がしたから。


 だから努力をすることにした。彼を知る努力、彼に知ってもらう努力。


「そうか。ならせいぜい楽しみにしておこう」

「はい」


 揺れる馬車の中で語った、いつかの話。これは約束になるのだろうか。そうであるなら嬉しい、そう思いながら腰を上げた。


「ナナキ?」

「来客のようです。このままでお待ちください」


 相手は一人。減速、やがて制止する馬車から降りた。主からの声がなかったのは信頼の証と受け取った。ナナキはこれに応えよう。私たち主従の大切な絆であるのだから。


「逆賊ナナキッ……!」


 怒りの瞳だった。それを見て悟った。


「私怨ですか」


 馬車の前に立ち塞がる甲冑を着込んだ男性。鎧に刻まれたフロスト帝国の紋章が全てを雄弁に語っていた。周囲に魔力の気配はなく、行き交う馬車もこちらを気にする素振りも見せない。このナナキを相手に単身、それは私怨の証となる。貴重な才能をむやみに捨てるほど、帝国はバカではないのだから。


「場所を変えますか。それともこの場で。私はどちらでも構いません」


 彼はいつまで経っても喋らなかった。ただ怒りを浮かべながら睨んでくる、それだけだった。戦うというのであれば応じる。だから場所を選ばせてあげることにした。多くの人が行き交うこの場所で戦うのでも、人のいない場所にするのでも、ナナキはどちらでも良かったから。


 眼前に立つこの男は弱い。


 主を巻き込む魔法を使う必要はない。だからどちらでも良い。戦いの果てに何人が巻き込まれて死のうが、それはナナキの知ったことではない。ナナキはもう帝国の騎士ではなくなった。五帝でもなくなった。だから彼らの謳う善悪はどうでも良い。選ぶと良い、死に場所を。


「――――俺の妹は貴女を止めるために死んだッ‼」


 声を聴いた。涙も見た。


「なんで殺されなきゃならないッ‼ なんで信じてた貴女に殺されなきゃならないッ!?」

「貴方の妹が弱かったからです」

「…………アンタは、アンタって奴はああああッ‼」


 それから、だからどうしたと言ってやった。


「この悪魔がああああッ‼」


 抜き放たれた剣。迫る足並みは一流、狭き門を潜り抜けて帝国騎士となった彼の全力は幼稚な言葉に反して、絶技と呼ばれるに相応しいものだった。それでもナナキは知っている。天才なんてどこにでもいて、その誰もがナナキには届かない。正しいだけのつまらない剣を指で挟んだ。


「どうして誇ってやれないのです。死んでいった妹を」


 その愚かさに、口を出した。


「兵士が戦いで死ぬことは何よりの栄誉。兄である貴方が何故それを誇れない」


 ましてや、誇り高きその死に様を嘆くなど。それは貴方が愛していた妹への最大の侮辱に他ならない。悲しむことは許そう、ナナキもそれを知っている。弱かったから奪われたことがある。それでも、嘆くことだけはあってはならない。命を賭してナナキと戦った妹の正義を兄が否定してはならない。


「殺したアンタが妹を語るなああああッ‼」

「お前が履き違えているからだよ、愚か者」


 押し付けたいだけだろう、その怒りを。可哀そうな自分に酔うのはそんなにも楽しいか。そのために妹の誇りすらも汚すというのなら、お前はもう人じゃない。ナナキは人の言葉しかわからない。だから虫に残された手はもう一つだけだ。たったの一つだけ。認めさせたいのならと。


「アンタが悪いのにッ! なんでッなんでアンタが悪いのにッ‼ 誰がどう見てもッ‼ アンタがあッ‼」


 無様。技術は一流であっても心がない。人じゃないから、誇りがないから。ただただ繰り出される幼稚の攻撃。


「――――勘違いするなよ、俗物」

「あぐッ!?」


 いい加減にくだらない。そう思ったからその首を掴んだ。


「誰がじゃない。皆じゃない。世界じゃないんだよ」


 こんな言葉遣い、エンビィが聞いたら怒りそうだ。それでも、ナナキは間違っていないよ。この相手に敬語は必要ない。エンビィが教えたことだ。だから間違っていない。


「私と、お前なんだよ。私たち二人の間でどちらが正しいかなんだよ」


 そしてそれを決めるのが力なんだよ。周りだの世界だのと、そんなことはどうでも良い。証明しなければならないのはナナキとこの男。お前たち弱者はそうやって勘違いをして強者を攻撃する。こんな楽な生活でのうのうと生きてきたから、当たり前のことも知らないんだ。


「弱者は強者を否定できない」


 それがこの世界で在った筈だ。


 否定するだけの力がないから。だから言っているのだろう。誰が、皆が、世界がと。一人では否定できないから徒党を組むのだろう。だから生きていけないんだ、そんなことだから誇りを持つことができない。


 今一度問おう。私とお前で、正しさを。


「どちらが正しくて、どちらが間違っている」

「アンタが……ッ‼ アンタが間違ってるッ‼」

「そう」


 そのまま首を折った。びくりと不自然に身体が跳ねたのを確認してから捨て置いた。否定されてしまえば証明が必要になる。だから証明した、彼が望んだことだ。


「私事でした。お手間を取らせてしまい、申訳ございません」

「すごいな、ナナキは。本当にブレない」

「私は私の生き方を知っています。だからそれを貫く。それが私の誇りだから」


 これが世界中から否定される生き方なのだとしても。受け入れる覚悟はできている、そんな世界でも肯定する覚悟はできている。来ると良い、戦おう。そのために得た力、そのために頂いた教えだから。それが間違っているというのなら、それが悪だと言うのなら。


 ナナキを殺してほしい。

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