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雷帝のメイド  作者: なこはる
五章-夏の終わりと尊き教え-
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お前の家の天井低くね?

 蒼の瞳が見下ろしていた。


 とても綺麗な筈のその宝石の瞳はドス黒く濁っている。全ては不慮の事故であったのだと、そう説明したところで鬼神と化した彼女には伝わらないのだろう。簀巻きにされて転がされているナナキにできることは、さながら陸に打ち上げられた魚のように跳ねることだけ。ぴちぴち。


「私は貴女の雇用主の親族、この意味が分かるわね」

「グゥ」

「貴女がアルフレイドに必要な人材なのは理解しているわ。だから大人しく私の言うことに従いなさい」

「グゥ」

「貴女は何も見なかった、いいわね」

「グゥ」

「よろしい」


 応答はラビット言語が好ましい。今の彼女に対して人語を介するのは自殺行為、余計な口は開くなと御怒りを頂くことだろう。仕える主人の、その妹君に恥をかかせてしまうとはマスターメイドが聞いて呆れるというもの。すぐにでも失態を償わなければいけない。


 差し当たってはミーア様の要求に素直に頷いておく。いつでも凛々しく在られるその姿が飛んで跳ねて笑って猛っていたあの光景はトップシークレット。ナナキの誇りに懸けて口外はしない。それにしても、やはりミーア様の兄妹愛は少しばかり過剰と言える。これはナナキも他人事ではないのでは。


「他言無用、破れば解雇よ」

「グゥ」


 承知。


 元より今回の件はナナキの不注意による事故。マスターメイドたるナナキが主人の妹君に不敬を働く筈がないのである。ただ、今のミーア様にそう言ったところで信じてはもらえないのだろう。ならば行動で示すのみ。マスターメイドナナキ、推して参る。


「ギィギィ!」


 だからこの縄解いて。ぴちぴち。


「ギィギ――――」

「フゥーッ!」


 奇声に掻き消された。おかしい、頭の良い彼女がこの短時間で同じ過ちを繰り返すだろうか。けれど今の奇声はミーア様が去っていった方向から聞こえた。お兄様の婚約解消がそんなに嬉しかったのですか、ミーア様。


 結果として、簀巻きのまま置き去りにされた。


 この誇り高きナナキが縄にぐるぐると巻かれて床に転がっている。なんという様、これでは特別である様を見せつけることはできない。この醜態はナナキに相応しくない、よってこれよりナナキはこの状況からの脱出を図る。


 ということで、ヘルプミーマイフレンド。


 特別とは何か、その証明を成すのはナナキの友だ。特別な人間でなければ神様と友達になんてなれないだろう。こうして身動きの取れないまま放置されても、特別な人間であるナナキは脱出できる。凡夫たるものよ、括目して見よ。これが特別ということ――――友よ何を笑ってるんだ君は。


 友はナナキを指差してゲラゲラと笑っていた。酷い裏切りを見た。


 なんたること、長年を共に過ごした友からの裏切り。神話の雷イルヴェング=ナズグルよ、ナナキの友よ。友人が助けを求めて飛び跳ねているのにどうして君は笑っているんだ。事と次第によっては許さナナキ。


 なに? 言葉遣いがなっちゃいない? 言うじゃないか、友よ。


 英雄豪傑、このナナキを前にしてよくも吠えたな。簀巻きで捨て置かれたこの身なれど、君の相手くらいはできるぞ。私はナナキ、天下無双のマスターメイド。来いよナズグル、怖いのか。高みの見物なんか止めてかかって来い。


 簀巻きのまま跳ねて威嚇、飛び跳ねるナナキの構え。ぴちぴち。


 なんだその呆れたような眼差しは。さてはナナキを恐れているな。神界戦争で大暴れした彼の神話の雷が小娘一人を恐れるなんてなんと情けない。ヘイヘイ、神話の雷ビビってるぅッ! おや、挑発に乗ってきたね。


 迫る稲妻のようなパンチ、まずは見事。けれどナナキがこの程度を避けられないとでも思ったか。このナナキが無駄にぴちぴちと跳ねていたとでも。ぴちぴちと跳ねていたのはこの状態でどこまで動けるのかを確認していたのだよ。


 そんなへなちょこパンチは飛び越えてやる。神話の雷破れたり。


「あいだッ!?」


 天井にヘッドバット。下へ参ります。あっ――――


「――――どぅッ!?」


 死ぬ。



「お呼びですか、主」

「ああ、少し頼みたいことが……どうしたんだ?」

「お構いなく」

「そ、そうか……?」


 呼び鈴が鳴ればナナキが参る、これはこのお屋敷での絶対の掟だ。お待たせする時間は遅くても数秒でなければならない。特別で在るという様を見せつけるためにはそれくらいはやってのけなければ。だからナナキは参る。例え足がぷるぷると震えていようとも。


 率直に言って死ぬかと思った。


 友とじゃれ合うのもそれなりに命懸けだなと痛感。おかげ様で主にこんな無様を晒してしまった。次に殴られる時はしっかりと衝撃を逸らそう。恐ろしいボディだった。


「それで、要件の方は」

「ああ。どうも商会の周りを探っている連中が居るらしいんだが、アイバスたちでは捕えられないらしくてな。ナナキに任せたいと思ってる」


 アイバスやその仲間が捕まえられないのであれば、それなりに腕は立つということ。帝国騎士に比べれば差は歴然であるけれど、そこいらの地方騎士に後れを取るような腕ではない。であればナナキに任せるのが適任と言える。さすが我が主、良き采配。忠義を以てお答えする。


「お任せください」

「即答か、頼もしいな」


 当然の返答だと言える。ナナキは元五帝、どこぞのどなた様かは存じ上げないがナナキの相手になるとは思えない。ナナキの力は唯我独尊にまで至る。孤軍最強、四面楚歌などナナキは食い破る。これを誇らずにしてお母様に顔向けができるものか。驕りかどうかは試してみれば良い、ナナキはただ在るのみ。


 天上のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


「なら早速向かうか。今日も来るかはわからないけどな」

「ご同行頂けるのですか」

「その方が良いだろう?」

「正に」


 一緒に居られる時間が増える、とか恥ずかしいことは思ってないよ。この同行はごく自然なものであるのだから。


「実際のところ、帝都は俺をどう認識しているんだろうな」

「恐らくは科学のことも含めて敵と認識されているかと」


 主の姿はシルヴァに見られている。いや、衛星を通して他の五帝の皆さまにも知られていると思って良い。ナナキと主の関係も既に露見している以上、帝都も主のことは調べているだろう。科学の存在をこれまで通り隠し通すというのであれば、恐らく帝都側は主の命を狙う。


 させるものか、そんなことは。


「ご安心ください、ナナキが御傍に居ります」

「ああ。知ってるよ」


 これ以上にない、ご信頼の御言葉と受け取った。


 この信頼には応えなければいけない。あの日に誓った、この方の剣となることを。決して、盾などは要らないのだ。守りの一手は不要、降りかかる全てを攻め殺す。天地不動、ナナキの信念もまたそれに同じ。敵は殺せばいい、彼が生きるためにナナキは何人でも殺そう。


 殺したければ殺せ、お母様はナナキにそう教えてくださった。


 それはこの世の真理だ。何よりも尊い教えだ。だからナナキは生きてこれた。これからも、それを貫いていく。差し当たっては次に来る帝都の刺客にご体験頂くことにしよう。それでダメなら理解して頂くまで何度でも。単騎での国崩しも成ると。


「それでは参りましょう。御手を引きますか?」

「よしてくれ、照れちゃうだろ」

「左様ですか」


 うん、この主はナナキの好きな主だ。


 この間の彼を好ましくないと思ったことについて引っ掛かっていた。そうか、簡単なことなんだ。好きだからと言って、全部好きなわけじゃないのだと思う。きっと、好きになれないことだって色々と出てくる。同じだと、そう思った。全部同じなんだ。


 ナナキは世界を嫌い、世界に嫌われた。それでも主と出会って再び世界を肯定する努力をしてみた。その過程で得たもの。良いと思うことも、嫌だと思うことも、受け入れること。それがどうしたって笑い飛ばすことができれば、世界は輝き出す。


 嫌いなことを受け入れて、それでも好きだと言えるのがきっと本物なのだと思う。


 ゆっくり知っていこう、彼のことを。良いところも、嫌いなところも。


「そうだ。そろそろ屋敷を改築しようと思うんだが、何か要望はあるか?」

「天井が低いです」

「……そうか?」

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