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雷帝のメイド  作者: なこはる
五章-夏の終わりと尊き教え-
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人の罪

「お久しぶりです、ゼアン様」

「ああ。少し痩せたか?」

「さあ、どうでしょう?」


 もうすぐ夏が終わる。


 それでもまだまだ日差しは強く、頑張るお天道様に恨み言を零す人々もいる。夏の盛りの頃よりは気温もだいぶ落ち着いたとは言え、まだまだ暑い。そんな気温の中で汗を滴らせながらも愛しい人に会いに来る女性が居る。美しい心を持つナナキの素敵な恋敵。シエル・マーキュリー。


 顔を合わせるのはあの日以来、主の傍で控えながら定めさせて頂いた。


「最近は少し運動をしていますの」


 良い表情、花丸。


 婚約者ではなく、シエル・マーキュリーとして彼女は戦い始めた。誇り高い選択、それはナナキの好むものだ。決した覚悟はその外見の改善に努めだしたようで、心なしか以前よりも少しだけ彼女を小さく感じた。何よりも好きな食事を制限したのか、或いは苦手な運動か。どちらにせよ、素敵な恋敵に称賛を。


 うん? 邪魔をしないのかって?


 不思議なことを言うね、友よ。あの日からずっと一緒に過ごしてきたというのに、まだまだナナキに対しての理解が足りないようだね。友よ、君の友人の名前を言ってみろ。ああ、そうだとも。私はナナキだ。いつだって自分を誇る、自分を信じる、それがナナキだ。


 確かに彼女は強敵だ。恋に目覚めたばかりのナナキとは違ってずっとその想いを育ててきた。邪魔をしなければ、彼女を殺さないのであれば、不利なのはナナキかもしれない。


 ――――それでも勝つのはナナキだ。


 誇るとはこういうことだ。信じるとはこういうことだ。根拠? そんなものは一言で十分だ。私がナナキだからだよ、それで良いだろう。ご理解頂けたかな、我が友イルヴェング=ナズグル。不要なんだよ、妨害だとかそういう不純なものは。


 負けたことがないんだよ。そうでなければ、こうして生きていない。だから誇れる。だから信じられる。ほら見てほしい、ナナキは特別だろう? だからもっと褒めて良いよ。称えて良いよ。謙遜をしないナナキは格好が良いでしょう。


「まあ上がってくれ、今日は仕事を投げ出そうと思っていたんだ」

「まあ、ゼアン様ったら」


 さて、友にご理解頂けたところでナナキもメイドとしての務めを果たそう。


「こんにちは、ナナさん」

「はい」


 余所余所しくもなく、親しくもなく、であればこれがベストだろう。互いの顔を合わせてみれば、なんてことはない、いつものナナキとシエル・マーキュリーだ。不敵な笑み、決して好戦的なものではないそれに対してナナキも笑った。きっと今は綺麗に笑えていると思うのだ。


 相対のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


 挨拶は済んだ。すぐにお茶の支度をしよう。最近では火傷をすることなくお茶を淹れられるようになった。リドルフ執事長におかれましては是非にあの頃のナナキと比べてみて頂きたい。きっと今とは違う答えが出るのではないだろうかと、ナナキはそう思うのであります。


「ということでご覧ください。リドルフ執事長」

「すみません、さっぱり状況がわかりませんが……」


 不覚。


 雷光のナナキムーブで厨房に参ればリドルフ執事長に遭遇。エンカウントナナキ。ところで、突然に現れてもまるで驚かなくなりましたね。さすがです、リスペクト。でもすぐにナナキが超えます。疾風怒濤の下克上ナナキ。


「シエル様にお出しするお茶の準備に参りました」

「それを私に見ろと……?」

「正に。リドルフ執事長にはその義務があると思うのです」


 見て頂かないことには始まらないのですよ。悲願とも呼べるナナキの厨房入りにはこの行程が必要なのです。ナナキは好きな人に料理を振舞いたい。シエル・マーキュリーが外見の改善に努め始めたように、ナナキもまた自身を磨く必要があるのだ。


「ナナキさんの仕事に疑いは持ちませんが……」


 ご信頼、恐悦至極。なれどナナキは言うぞ、そうであるならばと。


「ならば料理の当番に加えて頂きた――――」

「それより早くお茶をお出ししないといけませんよ。見ておきますから」


 ちょっと苦しくないでしょうかリドルフ執事長。でも正論なので従う。


 魔法で火を起こしてお湯を沸かす。ナナキの魔力にかかれば火力は並みではない、すぐに沸かすことができる。その間にティーカップやティーワゴンの準備。いつもしっかりと洗っているけれど、使用前にはもう一度磨く。衛生面もそうだけれど、こういったものが汚い家は誰だって嫌だろう。


「いつ見てもすごい速さで動きますね……それはやはり魔法なのですか?」


 お湯が沸くまでの間、他愛のない雑談。ナナキは主、リドルフ執事長は屋敷と言った具合に分担されているため、彼と会話する時間は実は貴重なものでもある。従者としての立ち居振る舞いは見事、彼からは多くを学べると思う。だからもっと御話しましょう、料理とか。


「そうですね。魔法を使わない状態だとせいぜい速いくらいです」

「すごく速いと速いの差はわかりませんが……」

「目で追えるくらいです」

「なるほど」


 人間という生物の構造上、魔法なしではそんなものだ。


「――――そんなに魔法を使って平気なのですか?」


 だから、科学は在った方が良い。


「五帝は基本的に従える神の魔力を使いますから。それに私、実は第四世代なので耐性がとても高いそうです」

「なるほど、神の魔力を……」


 感心したように頷くリドルフ執事長、彼の魔力は平均。それでも一日に行使する魔法の回数は常人に比べれば多い方だろう。


 この世界で弱者を象徴する者たち、それは魔法を使わない者たちだ。


 人の生活から魔法を取り除けばそれはそれは大変なことになる。、魔法がなければ遠くとの連絡は取れない。お風呂は沸かせないし、シャワーも動かない。建築は酷く鈍重になるだろうし、夜を照らす灯りすらなくなってしまう。


 だから必然的に、人間は魔法を使うことを強いられる。


 この世界での弱者は魔力の総量で決まるのではなく、魔法を問題なく使えるか、使えないかだ。生活に必要なだけの魔法を使う者と、使わない者。前者は何不自由のない、もしかしたら神界戦争前よりも暮らしやすい生活を送れるのかもしれない。それに対して、後者は地獄でしかない。


「私は第三世代なのでそこまで怯えなくても良いのですが……やはり死んでしまうかもしれないと思うと色々と気にしてしまいますね。魔法を使う仕事だから高給を頂いているというのに」

「死ぬのは誰だって怖いものです」


 そう、ナナキだってそれは怖い。一番恐れるものだ。それで正しい。だからナナキはいつだってお母様に感謝しているのだ。ナナキを強くしてくれた、愛してくれた。何よりも、何不自由なく魔法を使える身体に産んでくれた。お母様のおかげで、ナナキは特別な存在になれた。


「主人の代わりに多くの魔法を使うこの業界だと、魔法壊死もよく聞く話ですからね」


 使わなければ死なないけれど、使わなければ死ぬより辛い。人類が魔法を手にした代償、万能だと思われていたその力の致命的な欠陥。きっと、神様たちが使う力に人が手を出してしまったから、人類は呪いを受けた。


 魔法壊死という呪いを。

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