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雷帝のメイド  作者: なこはる
五章-夏の終わりと尊き教え-
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甘ったれブレイク

「多くの命を奪いました」


 まるで懺悔のように、彼女は静かに語り出した。


「従者として、主をお守りするために切り伏せました。だけどあれは、ヴィルモット・アルカーンから仕掛けた戦いだった。殺す時に言い訳をしたんです。守らなければならないと、命令だからと、従者である立場に逃げてしまった。それからです、心に靄が掛かりました」


 虚空を見つめたままでそう語る彼女と木を挟んで背中合わせで聞いていた。それは六大貴族との戦いを経て感じた彼女の想い。ヴィルモット・アルカーンのプライドに従事した彼女は、他人の意志で人を殺した。それが棘であるらしかった。


「殺す覚悟もなく帝国騎士になりたいなどと……私は今まで何をしてきたのでしょう」


 怒っているのではない。嘆いているのでもない。帝都で雷帝として生きていた頃に、幾度か見た光景だった。くだらない、そう一蹴しても良い。その脆弱な精神はナナキの好むところではない。それでも、ナナキは友だ。大きな歪みを感じても口は挟まない。


 予てより弱肉強食。なのに、たくさんの人が歪んでいる。


 茜の色も幾分と変わった空を見上げてみた。薄く架かる地平線の紫を、ナナキは美しいと思った。対してその歪みは醜かった。惰弱な発想、殺害に対する理由を求め、言い訳を求めるその無様。ナナキにはそれは醜く見える。それが生存に必要なものであると、認めるつもりはない。


「――――剣を持ちなさい、アキハ・シノハラ」


 彼女は運が良い。


「……ナナさん?」

「赦されたいのでしょう」

「――――ッ」


 そう、彼女はどうしてか赦されたい。それはナナキにとっては必要のないものだったけれど、多くの者が必要としている様を見てきた。誰もが一様にして赦しを請う。彼女に限ってはそのふざけた光景と同様の行為はナナキが友として許さない。その口から謝罪の言葉は出させない。


 謝るくらいなら貴女が殺されれば良い。それは殺す覚悟がないのではない、生きる覚悟がないだけだ。そんなふざけた生き方をするくらいなら死ねば良い。ナナキはそう思う。でも彼女はそうは思えないらしい。だから友として、ナナキがお母様からもらったものの、ほんの一握りをお見せしよう。


 このままでは、彼女はいつか殺されてしまうから。


「私が貴女を殺します。アキハ・シノハラ」

「な、何を……」

「貴女の主も、家族も、貴女が大事にする全てを壊しましょう」

「ナナさんッ!?」


 一閃、彼女は躱した。


「いきなり何を――――」

「全力で来なさい、そうでなければ死にますよ」

「――――なッ!?」


 動揺する彼女に一歩で詰めて、手を伸ばした。彼女の得意とするエンシェントアーツ、初動から最速で相手を断つ失われた剣技もナナキには通じない。柄を抑え込んでからの近接戦、ナナキを相手に抜刀が適うとは思うな。


 一度たりとも抜刀をさせず、同じ間合いを保って圧殺していく。彼女の瞳に怒りが宿ってからは遠慮がなくなり多少はマシになった。それでも地力の差は圧倒、彼女がナナキに勝てる道理はない。ナナキは素手で十分だった。それで良い、わかりやすい。


「あぐッ!?」

「――――貴女は弱い」

「……ッ」


 投げ飛ばした彼女を足蹴にして抑え込んだ。そうだね、友よ。でもこれは彼女のためだから。彼女が生き残るためならば、ナナキは嫌われても良いよ。それが正しい友人の在り方だと思うから。きっとお母様はこの何倍もの苦しみに耐えながら、ナナキにくれたんだ。


「だから私に殺される」

「ひッ――――」


 その瞳に恐怖が映ったのを確認してから、そっと彼女の上からどいた。これでアキハ・シノハラの歪みは正されただろう。ズレているのはきっとナナキだ。それでも、歪んでいるのは彼女だった。それを理解させるための証明は成った。


「赦される」

「……えっ?」


 死の恐怖から解放されたアキハさんは恐る恐ると言った風で聞き返してきた。いつも落ち着いていて、知性的な彼女にしては察しが悪い。それだけの恐怖を与えてしまったのだろうか。だとすると、もう仲良くはできないのかな。少しだけ寂しい。


「――――強ければ赦される」


 どんなことでも、何があっても。


「今の非道に抗えましたか。声では止まらない、道徳では止まらない、心では止まらない。ただ一つなんですアキハさん。力だけなんです。正しかろうが、間違っていようが、強者は全てが赦される」


 子供を殺しても、老人を殺しても、世界中から非難される全ての悪行を行ってもナナキは赦される。糾弾されようと、憎まれようと、それでナナキを止めることはできない。止めたければ戦うしかない、殺されたくないのならナナキを殺すしかない。これが世界の在り方だ。


「そんなことが……」

「私は正しい、私が正しい」


 そう、ナナキが正しい、ナナキは正しい。


 この身は証明を続けてきた。異を唱える者なんて数えきれない程に居た。それらの全てを払ってナナキはここに居る。彼らはナナキに証明できなかった。だからナナキが正しい。否定したいのなら、正したいのなら。どうぞナナキの前に立つと良い。


 その命を以て否定してみせろ、このナナキを。


「どうしてそんなに……疑わないのですか、これからを……ッ! この先を……ッ!」


 愚問。ナナキの友にしてはつまらない質問であった。


「自分を誇れない生き方はしてこなかったのです」


 ならば、その未来に不安を思うことはない。誇れる自分である限り、ナナキは負けない。世界中から集められた呪いでも、つまらない予言でも、時代遅れの神様にだって。敬愛なるお母様から受け継いだもの、生きていく強さを忘れない限りナナキは死なない。


 自分を誇れないのは、肯定できないのは、脆弱であるからだ。


「強くなりなさい、アキハ・シノハラ。自分を誇れるように」


 それがナナキが友に送る答えだ。


 やがて降りてきた夜の帳。夕は完全に沈み、闇が訪れる。そんな闇の中で、待っていた。彼女はどうするのだろうと、どうしたいのだろうと。沈黙だけが響く闇の中で、それは聞こえた。


「……ありがとう」


 果たして、本当に届いたのかはわからない。この言葉の真実を証明する力をナナキは持たない。これで疎遠になるのならば仕方がない。大切だと思うから、そのために傷を負う。それはきっと誇り高い行為である筈だから。


「……本当に殺されるのかと思いましたよ」

「謝りますよ。何度でも」

「いいえ、結構です」


 そう言いながらゆっくりと立ち上がって、アキハさんは笑った。その笑顔がナナキの知っている笑顔だったから、心の中が温かくなった。やあ、存外に早く傷は癒えるようだよ、友よ。


「強くなってから仕返ししますから、覚えておいてくださいね」

「怖いので嫌です」

「ナナさんに怖いものがあるので?」

「もちろん、ありますよ」


 強者で在る、特別で在る、そんなナナキにだって怖いものはある。


「それは?」

「禁数」


 動かないの。怖い。

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