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雷帝のメイド  作者: なこはる
Fire Memories Ⅰ
65/143

五帝候補ナナキちゃん

 それからの日々は、とても騒々しいものとなった。


「おいエンビィ! 起きろください! 飯!」

「…………まだ四時じゃないか」


 大自然で生まれ育った野生児に生活を乱される日々が始まったのだ。ナナキを帝都に連れていくにあたって幾つもの面倒があった。一番の面倒はナナキがイヴァール様への敵意を納めないこと。私はこの呪いを解くつもりでいた。でもそれを止めたのは、他でもないイヴァール様だったんだ。


『この娘は良い守護者になるとは思わないか』


 私は呆れた。彼は受け入れるつもりでいたのだ。


『ようやく後継を見つけることができた。色々教えてやれ、エンビィ。ジジイの頼みだ』


 言われなくてもそうするつもりだった。私がナナキを人間に戻す、そう決意していた。でも、その時はまだ時間が足りなかった。当時のナナキには一度でも敵と認識した事実を改める方法がなかった。だからイヴァール様はそれを利用した。


 五帝と呼ばれる超越者の称号、それは決闘によって継承する。


『ずっと思っていたのだ。五帝の席を退いた後に何が待っているのか。安寧とした世界でただ枯れていく、そんな様がずっと戦い続けてきたワシの最期の様なのかと。知りたくはなくてな、いつまでも居座った。だがそれもようやく終わるようだ。ジジイの役目は終わりだエンビィ』


 彼は、死を受け入れていた。


『そうだ、退くとはそういうことよ。ようやくそれができる者に出会うことができた。ハッハッハ! 恵まれておるわ、最期まで!』


 決闘の日が定まるまでの間、ナナキは五帝候補として帝都への在住を許可された。シルヴァ、サリアにライコウ、誰もが一様にして驚いた表情を浮かべていたのを覚えている。何せあのイヴァール様が自らの後継を連れてきたのだから。それも子供、女の子。


「飯いいいいぃいぃぃぃ!」

「やっかましいな! 起きたら挨拶! なんて言うんだっけ?」

「おはようございます、このクソ野郎!」

「女の子はクソとか言わない、やり直し」

「おはようございます、この野郎!」

「こっちがこの野郎だよ」


 ただまあ、その子供の口が余りにも汚いものだから五帝に相応しくないとひと悶着があるのは当然で、私はナナキの教育係として奔走することになった。イヴァール様との決闘もナナキが五帝としての品格を身に着けてからということになった。


 これは私にとっては大きなチャンスだった。少しばかりの猶予ができたと言えるのだから。それでも焦ることなく、一つ一つを丁寧に、大事に教えていった。ナナキは決してバカではない。やればできる子なのだ。


「はーい、じゃあ今日はナナキちゃんにお金というものを教えます」

「わーわー」

「これが帝都のお金。これがないと何も買えないの。こら投げんなッ!」

「だってこれ食えない」

「食うな」


 でも、たまにバカだと思うこともあった。


 言葉遣いもそうだけど、物の価値を教えるというのもなかなかどうして、大変であった。金銭の必要のない大自然の中で生まれ育ってきたナナキにそれの価値を説くのは難しい。欲しければ取ればいいじゃないかと然も平然として言うナナキに法というものを教える苦労が少しでも伝わるだろうか。


 文明から離れて逞しく生きてきた少女にとって、私たち文明の人間が作ったものの多くは煩わしいようだった。自由、という言い方も少し変なのかもしれないが、ナナキから見た私たちは酷く不自由に見えるそうだ。


「ナナキはここに住む。ここはナナキが守ろうと思いました」

「ナナキじゃなくて、私。自分のことは私って呼ぶの」

「ワタキ」

「惜しいんだよなあ……」


 そんな文明人を見下しまくりのナナキを容易く陥落させたのは、人類の生み出した英知、お風呂である。大自然の中でお湯に出会える確率はとても低い。最初は温かい水だ何だと騒いで警戒していたが、今では浴場から追い出すのに二時間は掛かる始末である。放っておけばずっとここに居るのだ。


「毎日毎日、大変ねエンビィ」

「ああ、サリアか。お疲れ様。ほらナナキ、挨拶」

「だう~」

「せめて人の言葉を喋りなさいな」

「別にいいわよ、エンビィ」


 大浴場で何度も顔を合わせているおかげでサリアからは有り難い言葉が幾度も飛んできた。彼女は私の苦労を知ってくれている数少ない理解者だった。まあ、八重のペンタゴンの最深部であるその宮殿の大浴場で出会う女性なんてサリアくらいしかいないのだけどね。


「こんにちは、ナナキ」

「おう、こんにちな!」


 そうやって、ナナキへの対話に参加してくれるサリアは私にとって大事な友だった。


「どうして男前な返事になってしまうんだ……」

「まあ、ずっと使ってきた言葉はそう簡単には直らないものよね」

「だなあ。あとこんにちな、じゃなくてこんにちは」

「こんにちなナキ!」


 サリアと一緒に噴き出したのも良い思い出だ。



「ナナキの言う誇りって何?」


 その日の夜に、私は突いてみた。とても汚い言葉遣いを繰り出すその口が時折に出す高潔な言葉。それが何かも知らないで、寝具の中で身を温めながら聞いた。


「――――ナナキがここで生きてることだ!」


 誇らし気に、ナナキは笑った。


「これはとてもすごいことだぞ。褒められていいのに、なかなか褒めてくれる奴がいない。お母さんが居たら絶対に褒めてくれたのに」


 腕を組んでうんうんと自画自賛を始めるナナキを覚えている。悲しい思い出だ。だって、私には強がっているように見えたから。ナナキはずっと褒めてくれる誰かを探していたんじゃないかって思えるから。


「ナナキは生きてる、それがナナキの誇りだ! お母さんからもらったんだ!」


 ――――強い筈だった。


 神界戦争だなんて災厄が突然に降りかかり、人類の数が大幅に減ったところで人はなあなあに生きている。壊れてしまった世界の中で、最後の瞬間がいつ来るのかと怯えて生きている。五帝と呼ばれている私たちが守っている世界は、そんな悲しい世界だ。


 そんな中でナナキは笑ったんだ。


 生きているという誇り。人間であるなら誰もが持っていなければならないものを、私たちはいつの間にか忘れていった。そんな忘れてしまったものを誇る少女が居た。ナナキの強さの根幹は、生きるための強さ。生物としての当然の想いを極限までに研ぎ澄ませた存在。ナナキはこの世界での”生き方“を知っていた。


 私たちとは違う、当然違うんだ。


 ナナキは生きたいのだ。誰よりも、何を殺してでも。だから強い、単純な話だったんだよそれは。誰よりも必死に生きようとしているナナキと、世界の常識に沿って生きようとしている私たち。生きていることを誇ったことがあったかい。私はこの日まで、それを聞くまで、誇ったことはなかった。


 殺されそうになったから生きたいと思うのではなく、死にそうだから生きたいと思うのでなく。


 誇りを抱いてナナキは毎日を必死に生きてきた。あんなに小さな子供が母親と死別して尚、必死に生き抜いてきた。出会った神をも下し、ナナキは生き残り続けた。生存を続けてきた自身への絶対の信頼、それがナナキの誇るもの。


 その時に確信をしたんだ。


 ――――私は氷帝を救えない。

Fire Memories Ⅰ-完-

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