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雷帝のメイド  作者: なこはる
四章-平穏とプライド-
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肉食系女子

 透き通る水の世界は存外に恐怖を煽るものなのだと知った。


 湖の底は深く、薄暗い青が広がっている。まるで飲み込まれてしまうような錯覚を覚える。人は水中で息ができない、これも恐怖を煽る一因。慣れないこの腕と足で水を切った。教わった通りに手足を動かして水中を進む。進み過ぎる。およそ時速三十キロメートルと言ったところ。


「ぷはッ!」


 美味しい酸素にこんにちは。ナナキです。当たり前にあるものに感謝する日が来た。水中を恐れ、陸上だけで生きていったのならば気付かないもの。ありがとうありがとう、おかげ様でナナキは生きていられます。心の中で感謝。


「あっという間に泳げるようになったわね……」

「どころか人の出せる速度を超えたぞ」


 水泳の師、アルフレイドの兄妹にも感謝をしなければならない。指導時間はおよそ五分、その五分がなければナナキはいつまでも泳げないままだったろう。ありがとうございます、我が主。ミーア様。おかげ様でナナキは泳げるようになりました。


 やはりナナキは特別で在ったのだと再認識。まだ水中に対する恐怖もあるし、それを忘れることはないだろうけど、それでも水中に適応したと言える。ご覧頂きたい、このナナキの泳ぎを。些か見た目は不器用に見えるかもしれないが、この速度で泳げる人類がナナキ以外に存在するだろうか。


 他人とは有する才能の質が違う、その証明は成った。


「競争を致しましょう、ミーア様」


 覚えたものはすぐに試してみたくなるもの。図々しくもナナキから提案させて頂いた。


「半魚人と競う程バカじゃないの」


 水泳の師にはあっさりと振られてしまった。勝手ながら免許皆伝と受け取ろう。競争ができないのは残念だけれど、ウサギよりは人に近づけた気がするので良しとする。半魚人はどうやって鳴くのだろう。後日調べておこう。


「おめでとうございますナナさん、これで一緒に泳げますね!」

「ありがとうございます、シエル様」


 ナナキが泳ぎを教わっている間、応援していてくれたシエル様に礼を尽くす。邪魔にならないようにと控えめな応援を頂いた。シエル様の優しさは止まることを知らない。これだけ心の美しい女性に出会えたことはナナキにとって幸運と言える。接していて清々しい気分になれるのだ。


 だからこそ、そのお肉溢れる体形の改善を求めたい。


 心の美しさはシエル様を知らなければ理解し辛いものであり、となればやはり外見的美しさが真っ先に求められるのは道理。何よりも不摂生は健康面でも身体を害する。ナナキの知識が正しいのであれば、シエル様の健康状態は恐らくかなり危ない。


 シエル様の御家の方々も警告は行っているとは思うのだけど、やはり改善されている様子は見られない。このまま放置していればいつか取返しのつかないことになる可能性も大いにあり得る。他家のメイドが口を出すようなことではないが、友人であれば許されたのだろうか。


 あの日、ナナキはシエル様に友人になろうと言って頂けたのに。


 人間とはどう在っても後悔をしてしまう生き物だと思う。正しく在ろうと、悪しく在ろうと。いつかお母様にそう申し上げた。それでもやはり、後悔はしたくないと思ってしまうのが人間なのだ。ナナキは間違えたのだろうか。答えはきっとその日までわからない。


 水面を漂いながらふと見上げてみれば、お天道様は高い。太陽が教えてくれる時刻、すなわちそれは彼女にとっての至福の時間。


「さあ皆さん、そろそろ食事に致しましょう。バーベキューの準備をさせておきましたの!」


 満面の笑顔、その大きなお顔がニチャァァアと輝いた。



 はい、では焼いていきます。


 大自然での生活では炎は必須。幼い頃より火の番を任されていたこのナナキは火加減には少々うるさい。串に刺されたお肉や野菜、とても美味しそう。今からナナキがもっと美味しくしてあげるからね。


「ナナさんが焼く必要はないのですよ?」

「いいえ、どうかお任せ頂きたく」


 譲れない戦いがここに在るのだ。


「よくわからないところで燃えるのよね、うちのメイド」

「譲れないものがあるんだろう」


 主従の以心伝心、よろしいと思います。


 人数はナナキを含めて五人、そのうちの一人はあのシエル様だ。一度に焼く量は多めが良いだろう。金網の温度良し、火加減よろし。投入、投入、これでもかと投入。ナナキの速度と反射神経があればどれだけの量であろうと焦がす恐れはない。最高の焼き加減をご提供、ナナキです。


 とても上質なお肉なのだろう。香ばしく焼ける臭いに擽られて涎が垂れそうになる。もちろんそんなはしたない真似はしないのだけど。そろそろ焼き上がる具合、最高のタイミングでお皿に移す。焼き加減は完璧、次々に焼き上がった串を移す。


「まあ、とても美味しいっ!」


 歓喜の声にナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


 このバカンスが終わったのなら、ぜひリドルフ執事長にこの話をしようと思う。そして改めて頂くのだ。ナナキの厨房入りへの道筋が着実とその形を成している。いいぞ、この調子で頑張れナナキ。頑張るナナキ。引き続き特別である様を見せつけていくのだ。


「もっと野菜も焼いて頂戴」

「かしこまりました」


 バーベキューマスターナナキにお任せ。ミーア様の要望を叶えるべくすかさず野菜を焼いていく。お肉ばかりではなく野菜も摂取する。さすがは美しい容姿を持つミーア様、良くわかっていると言えるだろう。野菜は人間に必要なものなのだ。大自然の中には美味しい野菜がいっぱいだ。


「ああ、そうだ。ニンジンもあるわよ、ほら」


 金網の上をコロコロと転がるキャロット。敢えて口には出さないけれど、どうしてあるの? と思わざるを得ないというのが本音。もっとも、ナナキは立派なメイド故に余計な口は開かない。せっかくの差し入れ、ナナキが美味しく頂こうと思う。


「ミーアは偉いな、兄として誇らしいよ」


 そう言いながら野菜を避けてお肉ばかりを食べる男児が一人。男性は肉食であるべきだとお母様は良く言っていたけれど、だからと言って野菜を食べないのはよろしくナナキ。従者の誇りに懸けて主のお皿に野菜を投入。好き嫌いはいけません。


「……実は俺は野菜があまり好きではないんだ」

「では多めにどうぞ。健康になれますよ」


 正直に言うところは好感が持てる。でも残念、許さナナキ。ご自身の健康のためにもしっかりと食べて頂かなければ。どうだろう友よ、ナナキは立派なメイドだろう。この様をリドルフ執事長にどうにかしてお見せしたいのだけど、いつもタイミングが悪く彼が居ないのだ。


「いや、つまりだな。俺は野菜は少しでいい」

「どうぞ、大盛です」


 ベジタブル笑顔、ナナキです。


「……従者が言うことを聞かない」

「主を思えばこそです。次はお肉を焼きますのでしっかりと食べてくださいね」


 野菜が苦手であるならば克服してしまえば良い。美味しいし、身体にも良い。良いこと尽くめのお野菜様を嫌うのは実によろしくないことなのである。この機会に野菜の美味しさを知ってもらえれば幸いだ。バランス良く食べましょう。


 大丈夫、お肉はまだまだ――――


「あら大変、もうすぐお肉がなくなってしまいますわ……」

「少し食べ過ぎたかしらね」

「美味しかったです」


 申し訳ありません、我が主。即座に反省。主に野菜ばかり食べさせていたらいつの間にかお肉がなくなっていた。美味しいと言って頂けたのでうれしくはあるのだけど、一つだけ良いだろうか。


 ナナキまだ食べてない。

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