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雷帝のメイド  作者: なこはる
四章-平穏とプライド-
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怪物は起こすな

「ミーアさ――――」

「正座」

「あの――――」

「言葉」

「ですが――――」

「解雇が良いかしら?」

「ギィギィ!」


 天下無双の雇用主、その妹君だった。


 まずは喜ぶべきだった。願い、罰は然るべく下されることが確約されたと言えるだろう。悠然と砂浜を蹴ってこちらへと歩んでくるその御姿は正に審判を下す者。美しい容姿に棘のある言葉遣い、その堂々とした立ち居振る舞いは赤の他人ですら飲み込んでしまう雰囲気を醸し出す。


 その証左、ナナキと対峙していた彼女は何事かとミーア様を見つめている。


「それでウサギさん、どうしてこんなことになっているのかしら?」

「グゥグゥ!」

「人の言葉で話しなさい」


 人生で最大の理不尽を見た。


 湖の砂浜で正座するナナキに巨大な理不尽が降ってくる、正に罰であった。顔を上げれば鋭い眼がナナキを睨んでいる。怒りというよりは呆れに近いものを感じる。届くだろうか、ナナキスマイル。届かせてみせる、ナナキスマイル。お許しくださいミーア様。にっこり。


「あいだッ!?」


 お許さない。制裁のキャロット。


 水着姿でも常備していると言うのだろうか。いったいどこに、何のために。ミーア様の謎はナナキには計り知れなかった。


「貴様、そこの女の関係者だなッ!」


 対峙していた彼女は激昂の声を上げた。ミーア様のゴミを見るような瞳が彼女へと向く。それと同時に控えていたフィオさんがミーア様の前へと出た。ナナキが言うのも何だけれど、物騒な真似はよしてほしい。ナナキに、ではなくミーア様に、となると話は変わってしまうから。


「この惨状を見ろッ! 全部そこの女がやったことだぞ!」

「……それよりもそこの二人、出してあげたら?」

「えっ? あ、ああッ坊ちゃま方!? すみません、今お助けしますッ!」


 愉快な人かもしれない。


「それで、ウサギさん?」

「グゥグゥグゥグゥ! グゥグゥ!」


 彼女がナナキが埋めた二人を掘り返している間に必死に身振り手振り。ジェスチャーナナキ。言語が封じられても人間にはコミュニケーションを取る方法がある。雷の速度で動いて残像を作りながら現場を再現。命名、ナナキ身分身の術。


「……ナンパされて……胸? ああ、バカにされたってことかしら……それで……埋めたら……戦いに?」


 恐るべきはナナキの表現力と言ったところだろう。特別なナナキは言語を封じられた程度では動じないのだと証明した。身振り手振りだけで現状の説明を終える。感想としてはただ一つ、それでもナナキは人で在りたい。


「あの、ミーア様……普通に話して頂いた方が早いんじゃ……」

「グゥグゥ!」


 少しだけ遠慮しながら仰るフィオさんにもっと言ってもっと言ってと、同調のぴょんぴょん。けれども残念、返事がないところを見ると聞く耳ナナキと言ったところ。今回もまた人にはなれなかったよ。いつまで経っても不思議な国からは抜け出せない。童話って怖い。


「だいたいは理解したわ。そうね、ウサギさんはお兄様のところへ行って世話でもしていなさい。ここは私が納めてあげる、感謝しなさい」

「……ほ?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。決してバカにしているわけではないけれど、気は確かだろうか。まさかこの暑さに脳がやられてしまったのでは。さすがに冗談では済まないので正座を解きミーア様の瞳を覗き込んだ。ゴミを見る目。良かった、正常だ。


「おい待て! 何を勝手に決めている!? こっちの話はまだ済んでいないぞッ!」


 砂浜に埋まっていた二人を掘り起こしながらもしっかりと耳を立てていたらしい。ウサギの適正があるね、ナナキのお墨付き。彼女はその手を休めずに抗議の声を上げてきた。大変に申し訳ないけれど、少しだけシュールだった。


「貴女のために言ってるのよ。何も知らない、名も知らない貴女のために、ね」

「何を……ッ‼」

「――――コレは”怪物“。関わらないでさっさとお逃げなさい」


 警告だった。真を明かしてはいないけれど、恐らくは効果的な警告だったのだろう。その声音に少しでも不穏を感じ取ったのならば、ミーア様が続けるのを待つしかない。たったの一言で場を制してしまうミーア様は大したものだと思った。でもコレ扱いは酷い。ぷんすこ。


「何をわけのわからないことをッ!」

「そう、ほらね。貴女は知らないでしょう? 私は知っているの。と言ってもついこないだに知ったのだけどね、コレは”敵を殺す“の。そこに強さだとか大きさだとか余計なものはなくてね、どうやら等しく”殺すもの“としか見ていないようなの。怖いと思わない?」


 もしかすると、アイナ・アイナの件だろうか。


「ここに居るウサギさんはね、途方もない狂気を持っているの。私たち”普通の人間“じゃ理解できないもの。怪物っていうのはね、強さじゃないの、力でもないの。心の在り方なのよ。コレは殺すの。自分の中にある他人から見たら理解できないソレに従ってね。だから怪物なのよ」

「何が言いたいッ!?」

「止めておきなさいと言っているの。コレみたいな枠の外で生きているのに関わるのはね。それでもやると言うのなら勝手にしなさい。私はもう二度と止めない。貴女が一歩でもコレが引いている境界に足を踏み入れればその瞬間に死ぬことになる。それでも良いのならね」


 なんだかとても難しい言い回しをするね、ミーア様は。友よ、君は理解できただろうか。本当に? すごいな君は。ナナキは多分半分くらいしか理解できていないよ。つまりミーア様が言いたいのはナナキは特別だからやめておけ、ということじゃないかな。違う?


「……ッ」


 とても雰囲気のある言い回しに、対峙していた彼女は完全に飲まれてしまっていた。萎縮。ナナキを見るその瞳には怯えが見える。食べちゃうぞ、ガオー。


「コレの狂気を覗いてみる? 最後の忠告だけれど、このウサギさんのブレーキは壊れてる。それでも動かしてみたい?」


 急かすようにして追い込んで、最後にミーア様は止めを刺した。


「ねえ、どうするの?」



「ご迷惑をお掛けしました」

「本当にね」


 せっかくのバカンスにとんだケチを付けてしまった。迅速に誠意ある謝罪が必要だった。


 平伏叩頭、砂浜でヘッドバットナナキ――――アッヅイッ!?


 飛び跳ねた。さながらウサギのようにぴょんぴょんと。


「以降は気を付けなさい。しつこいようだったら逃げてしまいなさい、ナナキなら簡単でしょう」

「はい、次からはそうします」


 結局、今回の件はミーア様の口八丁により事なきを得ることができた。どちらに非があるのかと問えば、ナナキは向こうだと答えるけれどね。ともあれ、ミーア様の力によって主のバカンスは守られた。この御恩は倍返しにしなければならない。お楽しみに。


「それにしても、見事な弁舌でしたね」

「そうかしら」

「ああいう納め方もあるのだと勉強になりました。ありがとうございます、ミーア様」


 力ではなく、言葉で争いを納める。それは簡単なことではない。もし機会があればナナキも挑戦してみようと思う。もっとも、ナナキの戦う相手って神様とかそんなのばかりだけどね。言葉が通じると良いけど。いや、通じたとしてもああもすらすらと言葉が出てくるかは保証できない。


 そういえば、色々と酷いことを言われていたのを思い出した。怪物だとかなんだとか、あの場を切り抜けるための言い回しだと気付いたから口を挟まなかったけれど、ああいうのはよろしくないと思うのだ。


「別に、思っていることを言っただけよ」

「……えっ」


 よろしくないと、思うのだ。

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